第三十六話:まだ師匠は早い!
「お疲れ様です父上」
訓練を終えて王城へと帰還した王とオリヴィアはすぐにそんな挨拶を受ける。
8歳になったばかりのオリヴィアの弟だ。
グレーズ王家で何故か続く赤色の髪と瞳を少しばかり輝かせながら出迎える。
後ろでは少しばかり侍女が慌てているが、いつもの光景だ。
「おう、今日は客も来てるぞ」
「やっほーアーツ」
そんな紹介に、エリーはいつもの様に軽くその名前を呼ぶ。
「ただいまアーツ。ちゃんとお勉強してるかしら?」
オリヴィアもここぞとばかりにお姉さんを発揮する。
「エリーさん、いらっしゃい!! 姉上お帰りなさい! 最近は先生にも褒められるんだよ!」
そんなアーツの言葉には、二人に対する心の底からの敬意の念が込められている。
毎日王からオリヴィアと、そしてさりげなく・・・・・エリーの武勇伝等を聞かされている彼は、今となっては国王である自分の父親よりも二人を尊敬していた。
もちろん、それだけではない。
熱狂的な聖女ファンである母親と姉、そして父親に囲まれて育ったアーツはまた、当然の様に聖女の大ファンだ。赤ちゃんの頃には抱いてもらったらしいことを覚えても居ないことを最近になって悔やんでいる。
とは言え、3歳頃までしか見たこともなく居なくなってしまったかつての英雄よりも、目の前にいる勇者達の方が幼い王子にとっては魅力的だ。
「今日からしばらくはウチに泊まって貰うからな。二人に稽古でも付けて貰うと良い。アーツも最近剣術を始めてな。これがなかなか面白いぞ」
【相当エリーのファンなんだろうな。いつも色々な武器を眺めては試している】
そんな声が聞こえてくる。相変わらず鬱陶しいとも思ってしまうが、同時にわーいと喜ぶアーツはやはり微笑ましい。
王子アーツは勇者ではなく、魔法使いでもない。
王妃と同じく完全な常人なので、どれだけ努力したところで二人に付いてくることなど出来はしない。
それでも「お願いします」と頭を下げられると、ああ、こんな可愛い子に現実を突きつけるのは確かに不可能だ、と師匠の気持ちを分かってしまうのだった。
「僕に時雨流を教えてください!」
「ははは、良いよー。でも時雨流は鬼の様に厳しいから覚悟するのよ。極めるのは王になるより大変だよ?」
「ふふ、こうしてお師匠様の剣も歴史に残っていくのですわ」
この国には、現在二つの剣術が騎士団に正式採用されている。
一つは王国式剣術。古くから続く伝統流派で、全員がデーモンを倒せることを最低条件と見てつくられた剣術だ。誰もが等しく強くなる。誰もが等しい鍛錬を行い、誰もが強敵であるデーモンに負けない様にする剣術流派。
極めればディエゴになれる。というものが王国式剣術。
もう一つは二年前にようやく正式採用されるに至った時雨流剣術。元々は鬼神レインの我流剣術で、その本質はシンプルだ。個人を最も強くするのを目的とした剣術。つまり、個々によって違う能力を最初から想定した、個々によって違う鍛錬を課す剣術。隙を見る力を持っていたレインが騎士団全員の弱点を次々に指摘していき、それを改善していった所彼らの力が大幅に伸びた為に正式採用に至った流派。
極めてもレインにはなれない。その代わり各々の能力に見合った最善の働きが期待できる流派だ。
つまり、王国式は形を持った剣術なのに対し、時雨流はそれを持たない。弱い者が考えなしに個々人でやっても伸びなど期待出来ないのが時雨流、個々人でやっても明確な強さを手に入れられるのが王国式。
どちらにも有用性があるということで、その二つが採用されている。
ディエゴは王国式9割、オリヴィアは時雨流7割、エリーは10割が時雨流と言うのがこのグレーズ最強軍団の使用割合である。
まあ、極論を言ってしまえば時雨流というのは個人に合った資質を求めるだけという剣に無理やり名前を付けただけのものだ。
圧倒的に強い者に優しく厳しくそれぞれに適した個人レッスンを受ける。それが時雨流と言い換えても良い。
そして弱い者ほどこの相乗効果は力を発揮する。
もちろん、現在はレインがいない為明確に隙を観察することは出来ない。これが時雨流が正式採用に至るのが遅れた理由だが、それは基本的に柔軟性を持って指導するという部分で対応している。
ディエゴの負担は多少増えたものの、定期的に訪れるオリヴィアとエリーから直接その部分は学べるということで、なんとか採用にこぎつけたのだ。
面白かったのは、時雨流の採用を最も望んだのがディエゴだったという点だろうか。
それはともかくとして。
「よし、それじゃあもうすぐ王都を魔物が襲撃するらしいからそれまでになっちゃうけど、明日早速私とオリ姉で今のアーツの力を見てあげよう」
「はい! 師匠!」
そういうと、王から【あれ?】という心の声が聞こえてくるが、それを無視して続ける。
「まだ師匠は早い! 私はまだアーツを弟子と認めてはいない!!」
「はい! すみません!」
「ふふ、エリーさんが師匠と呼ばれる日も近いですわね」
なんだか昔の自分の様に返事をするアーツが無性に可愛く思えてくるエリーと、なんだか微妙にお師匠様とは違うと楽しそうなオリヴィア。
そんな中、やはり王だけが、【あれ?】と首をかしげていた。
一連のやり取りを遠くから眺めていた王妃はとても嬉しそうににこにこしていたのを、やはり王だけが知らなかった。
後に賢王として知られるアーツは、こんな人々に囲まれて育っていく。
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