第二十九話:エイミーは今でも鮮明に覚えている

 僕に出来ることをする。

 そう宣言したルークに出来ることと言えば簡単だ。


(えーと二人とも、試練の様にテンション上がってるところ悪いんだけど位置を変えよう)


 念話で繋がっていたルークは、二人にそう提案する。ルークが天才と呼ばれる理由は重力魔法だけが理由ではない。

 こちらはむしろ、今となって使える人も魔物も案外多くいる。しかし発表した当初こそ大発見として騒がれていたものの、制御の難しさの割にはそこまで強くないという理由で使う人は減りつつある。


 ルークを天才足らしめている魔法は、むしろこちらの方だ。


(僕が東、エレナが西、先生が北になる様に入れ替えるから、先生も抵抗しないで下さいね)


 そう、任意の物体の位置の入れ替えをもこなせる空間魔法。

 ルークは空間を跨ぐ。

 肉眼で見えてさえいれば300m程であれば、一歩踏み出すだけで移動することが出来る特殊な魔法使いだ。

 基本的には自分専用の移動方法なのだが、抵抗されない場合に限っては遠くの物を自分の場に引き寄せることも出来る。

 そしてその更に発展。少しの時間はかかるものの、二人の場所を探知で把握している今であれば問題なく入れ替わることすら可能である。

 つまり、苦手な相手と戦う位なら相性を合わせていけば良い。


 それが今、ルークに出来る最善だ。

 有象無象の大群てあればわざわざ一番強い自分がやる必要は無い。エレナでもエイミーでも問題が無い。ヴァンパイア相手にならエレナは上手く噛み合うだろう。そしてゴーレムは自分なら瞬時に本体を叩ける。瞬時に叩いてヴァンパイアの元に駆け付ける余裕すらあるだろう。そして最後に、エイミーが抑えている有象無象を三人で叩けば簡単にことが済む。


((断るわ))


 そんな計画を立てていた所、二人から同時に同じ言葉が発せられる。


 流石に、今までのパターンからして理解している。最早説得は通用しない。

 この二人は本気で決めたらテコでも動かない。


 その瞬間、ルークは目の前の有象無象を瞬時に叩き潰すことに全力を尽くすことに決めたのだった。

 そしてその理由も、今回に限りなんとなく理解は出来る。だからこそ、ルークは瞬時に切り替える。


 エレナは一度もエリーに勝てないことが悔しくて、エイミーは人間と同等の知能を持っている魔物が許せないのだ。

 つまり、エリーは得意の幻術が効かない相手に勝ちたくて、エイミーは人並みの知能を持つ魔物が必ず魔王を信仰していると信じて疑わない。

 どれだけ危ないからと言った所で、こうなった二人は絶対に聞かない。

 それだけは、ルークも長い付き合いで理解している。


(二人とも、直ぐに駆けつけることだけは許してくれよ)


 それだけを言ってルークは山に登る。

 最も早く倒す為に、最も視界の広い場所に進む。

 最も早く倒す為に、最もマナの濃い場所に進む。

 そしてルークは、一つの魔法を発動した。


「ふう、一発でどれだけ倒せるか……。次元の狭間斬り」


 かつての英雄から発想を得た魔法の、その奥義を発現した。


 ――。


 エレナは格闘戦の構えを取る。

 どんな状況でも冷静になれる様に、最初から接近を許すところまでをも織り込み済みでの戦闘スタイル。

 もちろん殴る蹴るを中心にして戦うわけではないが、それを相手が知るはずもない。

 かつてある英雄から少しだけ習っていた近接戦闘の基本を改めて思い出す。

 エレナの運動神経なら、鈍重なストーンゴーレムの攻撃程度は見切ることが出来る。

 そう、思わせる所までが作戦だ。


(ルー君、終わったら先生の方に先に行ってね)


 エイミーには聞こえないようにそう伝えて、エレナは一歩目を踏み出した。

 毎日、欠かさず続けているトレーニングの中身には、魔人式護衛術がある。グレーズ王都では時雨流と呼ばれる近接戦闘技術。

 それは凄まじく、様になっていた。


 ――。


 エイミーの現在の思考の根本は、聖女に報いることだ。

 別に彼女自身は夢の中で聖女に「まだこっちに来るな」と言われただけで、直接救ったわけでは全くない。

 それでも、彼女は彼女なりに信仰とは別の部分でも聖女を高く評価していた。


 聖女が現れる前、魔法使いは世間的には所謂勇者の失敗作の様な扱いを受けていた。

 大体の勇者や魔法使いがその素質に目覚め始める5歳前後の頃、簡単な魔法を発動して見せた時の両親の、喜びながらもがっかりした様な表情を忘れたことはない。

 そして成長するにつれて、その理由をまざまざと見せ付けられることになる。


 勇者がばっさばっさと魔物をなぎ倒していくのに比べて、優秀な魔法使いと呼ばれる自分が出来るのは、精々そのサポート程度のことだった。

 平均の勇者よりは自分は強い。しかし、上位の勇者となればどう足掻いても勝つことが出来ない程の圧倒的な差がある。そんな現実を突きつけられて、両親のがっかりした顔にも納得したものだった。


 彼女の生まれた国ベラトゥーラ共和国は、魔法使いが世界のどこよりも多い。

 その代わり勇者は少なく、しかしそれでも、同年代の魔法使いでトップであった彼女は同年代の勇者十人に一人は勝つことが出来ない程に弱い。

 つまり、軍事力で言えばかなりの低ランクにある国だった。

 幸いにも、大陸でもう一つの大国である南の国は優しかった。自分の子どもが政治利用されて争うことが無いようにと、基本的には一人の子どもしか作らない様な甘い国だ。

 もしも南にあるグレーズ王国が軍事国家であるならば直ぐさま制圧されて終わりだったことだろう。

 しかし奇妙な事実として、甘い国が南で密かに支えてくれていたおかげでベラトゥーラの魔法技術は世界で最も進んでいたのだった。


 さて、そんなグレーズ王国には一つの噂があった。

『王妃の前護衛は魔法使いである。名前はリーゼ・プリズムハート』

 普通なら有り得ない噂に当時ベラトゥーラの魔法使いは大いに沸き立ったのを、エイミーは今でも鮮明に覚えている。 

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