第二十一話:魔物が拒む村と書いて拒魔の村
『死の山』
グレーズ王国内には、そう呼ばれる場所がある。
世界で最も危険な地域、と言われている場所だ。
数え切れない程の強力な魔物、ドレイクやデーモンが闊歩し、優秀な勇者であっても一人で立ち入ることすら許されない。
そんな山の中に、一つの村がある。
『狛の村』と呼ばれる70名程が暮らすその村はそんな山の中にあって平然と日々を送っている。
通称、人外の村。
そして二人の師匠であるレインの故郷。
勇者とはまた別のメカニズムによって強い力を持ったその村の住人は基本的に明るく、物怖じしない。誰とでも対等に接するのが礼儀であり、国の王ですらその流儀に則って相手をするべきだとされる。
そんな村には、一時期妊婦が押しかけここで子どもを産むのが流行ったことがある。
『聖女の魔法書』によって、この村で生まれた子どもは無条件にこの強力な力を持つことになる。と知られた為だ。
しかし、それもすぐに禁止された。
生まれた子どもはその殆どが謎の暴力性を示し、また村へ向かう妊婦やその夫も無事に辿り着ける可能性が高くない。それが流行った時には狛の村の住人がエスコートをしていたのだが、村での受け入れ人数などの関係もありそれも無料と言うわけにはいかず、無謀な入山者も増えてしまった為だ。
暴力性を示した理由はすぐに解明された。
いや、最初から『聖女の魔法書』にはその危険性が記されていたのだ。それの都合の良い部分だけを読み取った人々が、狛の村人が大丈夫なのだから自分の子どもも大丈夫に決まっていると、そう勘違いしたに過ぎないのだ。
これを行なった人の誰もが、聖女自身がその影響で暴力的になってしまった過去の話など、読んではいなかった。
つまるところ、狛の村の人々は、魔物を構成するものと同じものを体内に取り込んでいる為に、強いのである。
――。
「お、久しぶりじゃないか、オリヴィア姫にエリー」
死の山の中を難なく進み、狛の村に到着した二人は、丁度農作業をしていた村長リシンに声をかけられる。
「お久しぶりですわ。お変わりないかしら」
「こんにちはー。この村は相変わらず魔物の脅威なんて関係なさそうね」
二人も慣れたもの、相変わらず呑気そうにしているリシンに向かってそう挨拶を交わす。
すると、いつもの様にぞろぞろと村人が集まってくる。
「おお、守護神の弟子達じゃないか。ほら、良い胡瓜が出来たんだ。食え」やら、
「後で一試合しようじゃないか。俺も少しは強くなったぞ」やら、
「最近なんか少しデーモンの数増えてるけどなんかあったのか?」やら、
「おーい、トマト投げるからちゃんと受け取れよー」やら言ってくる。
最後のはまずいとすっと構えると、竹で編んだ籠ごと豪快に放り投げてきて、エリーが上手くキャッチするものの結局下の方のものは押し潰されてべとべとになる。
「相変わらず元気ですわねこの村は。今は世界中で魔物大発生中ですわよ。ああ、このトマトどうしますの?」
エリーが受け取った籠の中から潰れていないトマトを一つ取って齧りながらオリヴィア。
「そうなのか。こないだデーモンが108匹攻めてきたからドラゴンかなんかに追われてるのかもとか思ってたよ。トマトは地面の栄養にでもなるだろ」
同じく潰れかけのトマトを齧りながらリシン。
「街が滅びるレベルの大事で呑気過ぎますわ……」
そんな二人の姿の何が面白いのか、わっはっはと笑い出す村人達に、大量の汁が滴るトマトの籠を持ちながら慌てるエリー。
最終的にはイラっとしたエリーがそのトマトを皆に投げつけ始めるまで、そんな笑い声は続くのだった。
――。
いや、妖怪トマト幼女が現れたと喜んで逃げ回る住人達に変わっただけであった。
――。
「そんなわけですので、これからも魔物の大量発生には注意して下さいませ。この山から強力な魔物が逃げ出してしまうと本当に街が滅びてしまいますので、宜しくお願いしますね」
一頻り騒いだ後、オリヴィアはリシンに向かってそう告げる。
狛の村の担当は魔王が生まれるまでは死の山のみ。40m級のドラゴンを瞬殺し、前回のデーモンロードを死者ゼロで討伐した彼らであれば、どんな脅威が出てきても大丈夫だろう。
そう信じて、端的に伝える。
「了解だ。魔物が拒む村と書いて拒魔の村。どんな魔物が出ようが敵じゃあない」
もちろん、返ってくるのはそんな軽く頼もしい言葉。
ここが師匠であるレインの故郷であると強く理解させられる程に、その自信は見覚えのあるものだ。
「さて、エリーさんは修行してますし、わたくし達も行きましょうか、リシンさん」
「そうだな」
外に出ると、エリーが盾を振り回し、ちょうど60人の倒れた村人の側に、最後の村人が吹っ飛んでいた。
立っているのは、何故か頭にトマトを貼り付けたエリー一人。
確かにお茶を出されたりして少しばかりのんびりと過ごしてしまったが……。
オリヴィアは村長リシンと顔を見合わせると、リシンは一人エリーへと向かっていった。
「何があったのかはともかく、まあ、彼女もあれでもここの守護神の一番弟子ですものね」
そう呟きながら、村長がぼこぼこにされて行くのを眺めていると、微かな懐かしさを感じるのだった。
そう、それはちょうど、自分達英雄候補がレインに稽古を付けてもらっていた時の光景に、少しばかり似ていた。
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