第十四話:だから無駄なんだよ、豚野郎!
「……そう来るんですのね」
「いやらしいわね。でも落ち着いて、相手はただの雑魚よ」
二人がフィオーレの墓地を出ると、ちょうどそれらが森から姿を現した。
身長3m程の食人鬼の群れ。
かつて師匠が殲滅したと聞くオーガの集落が、どうやらこの機に乗じて復活しているのだろうか。森の中から灰褐色の肌をしたそれが、ぞろぞろとざっと2000以上。
二人にとってはただの木偶の坊に過ぎない食人鬼も、ここで相対するとなると意味合いが全く違ってくる。
「落ち着いてますわ。でも、もし先走ったら制してくださいませ」
「仕方ないわね、本当にこのお姉様大好きっ子は……」
ここで出会うオーガはオリヴィアにとって、ただの雑魚では終わらない。
かつて最愛のお姉様を幾度となく惨殺した怨敵。かつてサニィ本人に出会いの経緯を聞いた際、彼女が苦しそうな顔をしながらそれを語ったことを、決して忘れない。
あの時のお姉様の地獄を味わったかの様な苦しみの表情は、後にも先にもその時だけだった。
ドラゴンを相手に逃げ回った時ですら、それには及んでいなかった。
「思い出しなさいオリ姉。オーガの群れはこないだ倒したばかりよ」
エリーは冷静に諭す。
オーガは確かに二人にとってはただの雑魚だ。真剣に対処すれば負けることなど有り得ない。どれだけ相手が殴りつけてこようが、それが後ろからの首筋への不意打ちでもなければ、身体能力に特化したオリヴィアには大したダメージすら入らない。
しかし、今回は少しだけ違う。
冷静にならなければならない理由が、一つだけある。
明確な雑魚の中に、毛色の違う雑魚がいる。
「でも先に言っておくわ。私が許可するまでオリ姉は近づかないで」
「……分かりましたわ」
その群れの中には、身長5m程もある巨大な個体が、10程いる。
極々稀に発生する、オーガの変異個体。
人をただ殺して食すだけでなく、いたぶって楽しむ悪趣味な悪鬼。
かつて一度だけ、師匠に聞いたことがある要注意の魔物その1。
オーガロード。
「じゃ、ロードは私がやるからオリ姉は東側からお願い」
「了解。東から殲滅します」
凄まじく冷たい声音でオリヴィアがそう言うの同時、二人は別々にその群れへと突撃した。
この世界で、ドラゴンを差し置いて要注意の魔物その1、オーガロード。
その能力の全てを腕力に振ったかの様な豪腕の化け物。
油断していれば、ドラゴンの首すら一撃でへし折ると言われる存在。
その残虐性が有名なそれであるが、師匠であるレインはその腕には決して近づくなと言った。
鈍重な脂肪を纏ったその見た目通り鈍重なそれに、油断して近づいたものは予想外の一撃で、一瞬にして全てを失うという。
二人は知らない、後ろの今は墓地になっている町が陥落した直接の原因である魔物だ。
「俺ですら、盾を持っていたとしてもあれは受けられない」
師匠がそう言ったことが、エリーにとっては何事にも代え難い教訓であった。
エリーは武器を厳選する。背負った8つの武器の内、5つを次々と放り投げ、ついでとばかりに周囲のオーガを真っ二つになぎ倒していく。
そして残った三つの内の一本、槍のマルスをある地点で全力で投げつけた。
「まずは三匹」
呟くのと同時、その槍の通り道が真っ赤に染まる。
その槍の力は守るべきものが背にある時に力が増す。その思いが強い程に、その威力は増していく。
砂漠では見知らぬ民だったが、今回は後ろにあるものが二人の慰霊碑だ。申し分無い威力を発揮できる。
ちょうど慰霊碑と三体のオーガロードが直線上に並んだ瞬間を見計らって、エリーはそれを投擲した。
「あと八、頼むよ、レイン」
言って、エリーは残った武器の一つ、【長剣レイン】を構えた。
諸刃の剣、そんな言葉が相応しいエリーの愛剣の一つ。
その力を発揮すると刀身の消える剣。元々ロングソードとして作られていた為長剣と名が付くものの、長さも50cmから1m50cmまで自在に変えられる。代わりに、軸を外すと一切のダメージを与えられずすり抜けてしまう剣。
素早く振るえる1m50cmのこの剣が、今回は抜群に相性が良い。
「ふっ」
エリーは一番近いオーガロードに接敵する。道中のオーガを全てその刀身はすり抜け、最大限の速度で接敵し、相手が拳を振るう直前、急ブレーキをかける。
ブオォンと風を切る音がしながら横凪に振るう拳に、それに合わせたエリーの剣で大食人鬼の腕が舞う。
エリーには、全てが見えている。
オーガ程度の知能の魔物であれば、心を読む彼女にはその行動の全てが筒抜けだ。
冷静である限り、その拳の一切が当たることはない。
オリヴィアと違い、万が一当たってしまうことすら、有り得ない。
「だから無駄なんだよ、豚野郎!」
背後から、他のオーガをなぎ倒しながら迫ってきていたオーガロードの拳を、エリーは余裕を持って回避する。
決してその腕には近づくな。
そう言われたとおりその拳は地面を大きく割り、礫がエリーを攻撃するかに見えて、その全ては当たらない。
代わりに振り下ろされた腕は縦に避け、ぐしゃりと地面と相打ち。
驚く二匹のオーガロードのその頭と首を、残しておいた弓であっさりと射抜いて、次。
そう思ったところで、
「言葉が悪いですわよ、エリーさん」
そんな言葉が飛んできた。
「ちょっと、話聞いてた?」
残り6匹のオーガロードは、既に居ない。
その犯人は、一人しかいなかった。
「近づいてませんわ」
「何言ってるの……」
平気でそうは言うが、超正統派の剣士であるオリヴィアが、近づかずに敵を倒せるわけがない。
それにオリヴィアであれば、どんな強敵にも迷わず飛び込むはずだ。
だからこそエリーは、残ったオーガ達のど真ん中で呆れ返ってみせた。
するとオリヴィアも何を言っているのとばかりに首をかしげる。
「エリーさんがボロボロと武器を落とすものですから、それを使わせていただきましたわ」
「え、私の愛剣達を投げたの!?」
敵に集中していたエリーは、オリヴィアのやけに静かな感情には気づかなかった。
「苦肉の策ですわ」
「えーと……」
「全く必中とは便利な能力を持てて幸せです」
そんな風に、平然と言う。
戦いが始まるまでは確かに怒りに燃えていたはずだが、今のオリヴィアは完全に無感情だ。
「殴って良いかな?」
「それはオーガを殲滅してから話し合いましょう」
ロードは全ていなくなったとは言え、ここは未だ敵地のど真ん中。
流石に、喧嘩を始めるわけにはいかなかった。
そんな二人が全てを一層するまで、そんなに時間はかからない。
たまたまこの墓地に来ていた5名の人が二人の戦いを見て、どちらが鬼だと思ったことは、想像に難くはないだろう。
それほどに、二人は奇妙な笑いを讃えて戦いに望んでいたのだった。
もちろんその笑顔の理由は、二人しか知らない。
姉と慕う人物の復讐を遂げられた一国の姫君と、その姫君をどの様に痛めつけてやろうかと考える少女。
そんな二人が確かに鬼神の弟子だと広まるまで、そう長くはかからなかった。
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