第四話:私達は勇者
勇者という存在は、元々異人と呼ばれていた。
高い身体能力と超常の特殊能力を持つ存在。
人類の天敵である魔物達と同等に戦う彼らを怒らせてしまえば、通常の人類は絶滅する。
確かに、通常の人類を守ってくれる存在ではある。
しかし、強い力を持つおかげで、その様に恐れられていた。
480年ほど前、世界に初めて魔王という存在が現れた。
巨大な緑色のドラゴンであるそれは自らそう名乗り、人類を絶滅させると宣言をした。
その宣言に人々は怯え上がり、立ち上がったのが異人達だった。
そして、世界中の異人達が集まり徹底抗戦した末、460年前、遂にそのドラゴンの魔王は討伐された。
その時、世界中の異人の2割が死に、実際に戦いに赴いた約700人の異人の中で生き残りは20名程。
彼らはその討伐の功績を認められ、勇者と呼ばれることになり、魔王討伐に参加した者達は英雄と呼ばれることになった。
それから350年程、魔王は現れては討伐されてを繰り返してきた。
その中でも、特に名前を残している英雄が七人居る。
多くの英雄達の中でも、一人で多大な貢献をしてきたとされる英雄達だ。
最初の英雄【白の女王エリーゼ】
恐怖の英雄【撲殺王ボブ】
英雄の王 【剣王ベルナール】
神速の英雄【韋駄天ヘルメス】
最弱の英雄【不屈のマルス】
最後の英雄【巨人の右腕ヴィクトリア】
最後の英雄【巨人の左腕フィリオナ】
彼らは一騎当千、文字通り、千の勇者と同等の強さを持つと言われ、彼らが関わった六の魔王戦では、民間勇者問わず、犠牲者が非常に少なかったと言われている。
そして歴史上では、ヴィクトリアとフィリオナが倒した黒の魔王を最後に、魔王は現れていない。
故に、勇者達の力は少しずつ衰退し、ドラゴンも討伐は出来ず追い返すに留まっている。
勇者という名前は残っているが、低級の魔物に殺される者が数多くいる。
それに不満を持つ者が、少なからず出てきていた。
その原因の一つとして、9年前の出来事が挙げられる。
超常現象を引き起こすことが出来るとは言え、肉体はただの人。戦闘では、そこまで大きな役割を持たない、魔法使いと呼ばれる人々が居た。正確には、今も居る。
彼らはイメージを超常現象に変えるものの、その出力は勇者身体能力よりも低く、継続戦闘も出来ない。ましてや、パニックにでも陥れば魔法も使えずただの人と変わらない、言わば勇者の出来損ないの様な存在だった。
そんなはずだった一人の魔法使いが、一人でドラゴンと相打ちになった。
それ以来、その人物が書いたとされる『聖女の魔法書』と呼ばれる物が発行されることになり、魔法使いの力は飛躍的に伸びていった。
才能ある魔法使いは戦闘において低級の勇者を超え、上級の勇者すら耐えられない一撃をたたき出す大砲の様な存在となった。
だから、魔法使いも勇者と呼ぶべきではないのか。
もしくは、勇者の名前を返上するべきではないのか。
そんな意見が世界中で出始めていた。
そんな中、一つの事実が世界中で発表された。
竜殺しの英雄【鬼神レイン】は、魔王を個人で二体討伐している。
有り得ない。
竜を個人で殺すということ自体が、そもそも有り得ないこと。
9年前の衝撃、鬼神レインと聖女サニィの二人以外は、個人でドラゴンを討伐した者など存在しない。
だからこそ、その人物は魔王討伐をしていないにも関わらず英雄と呼ばれていた。
しかし、その勇者はドラゴンだけに飽き足らず、魔王まで一人で討伐したというのだ。
当然ながら、国から発表されたとは言えそれを簡単に信じられる者はいなかった。
そもそも、鬼神レインも聖女サニィも9年前に突然現れ、4年前に姿を消した都市伝説の様な存在。
世界中のあらゆる国がその存在を認めるものの、その戦闘を見たと言う人も多いものの、世界中が集団催眠か何かで見てしまった夢だと言う声も大きい存在。
それが魔王を倒したと言われても、そして、魔王が再び生まれると言われても……。
どうせ今の勇者は魔法使いに追いつかれてしまって余り役に立たないし。
そういう声が、大きかった。
その二人が通った後を、別にして。
――。
サウザンソーサリスを離れ、少しだけ歩いたところ、キャンプをしていた行商人と護衛の冒険者一行が、巨大な蔦の魔物に襲われていた。
全身が全て筋肉の蛇の様な怪力に、多少切られた程度では全く怯みもしないその魔物は強く、冒険者の勇者も魔法使いも苦戦していた。
勇者のうちの一人は、魔物に締め上げられ身動きが取れなくなっていた、その顔は蒼白に染まり、骨の少しは砕けているだろう。
王女は当然、瞬時に踏み込んだ。羽の様に軽い宝剣のレイピアで、一気に勇者を捕まえている蔦を切り刻む。そして勇者を優しく受け止めると同時、7本の武器が蔦を粉々に粉砕する。
何をしているのか、その場の勇者にも魔法使いにも、殆ど見えてはいなかった。
「なんなんでしょうか。初めて見る魔物ですわね。デーモンよりも随分強い」
「ま、助かってよかったわねあなた達」
二人は何事もなかったかの様にあっさりとその魔物を倒してしまうと、行商人一行に歩み寄った。
その勇者は少し回復させてあげて。そんな風に魔法使いに言いながら。
「やっぱり、この手で誰かを救うってのは気分良いものよね」
「遊びじゃありませんのよ、エリーさん」
「まあ良いじゃない。メリハリをつけるのは大事って師匠も言ってたわよ」
「それを言ったのはわたくしですわ……」
そんな風に、雑談を始める。
しかも余りに熱心に修行するエリーさんに対して、少しは休みなさいって言った時の話でしょうに。
そんな親しげな会話を、続ける。
「あの、お礼をしたい。あんた達は誰なんだ?」
一行を代表して、行商人が二人に尋ねる。
そう聞かれた時に、二人が答えることは、実はここまでの道中で決めていたことだった。
センスの悪い王女に、エリーと呼ばれる娘は苦戦していたが……。
「良いのよ、【私達は勇者】、世界を救う王女と、鬼の娘。鬼神レインの弟子なのだから」
そんな二人が去っていった後に残ったのは、不思議な安心感だけだった。
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