第220話:聖女は今日も良い反応をする
火山には再び大量のイフリートが湧いている。
今回は以前よりも遥かに多く、1000匹程いるだろうか。
幸いにも、二人に反応して生まれたばかりといった様子。
二人が旅をすれば、目的地で魔物が活発化する。それはこれまでの経験上わかっていることなので、特に驚きはしない。驚きはしないが、数が多い。
「死の山が世界で一番危険な地域と言うのは昔の話になってしまったんだろうか……」
なんとなく納得のいかない顔でレインが言う。流石に目の前に広がる光景は死の山を軽々と超えている。
「圧巻とはこのことですね」
一体一体はデーモンよりも格下とはいえ、1000匹。炎の絨毯かとでも言うくらいにひしめいている。ここに素手で突撃するのは、流石のレインも少々面倒臭いと言うか、熱いと言うか、出来れば短剣でも良いから武器が欲しい。そんな気分になる。
「そんな嫌そうな顔しなくて良いですよ、レインさん。私が全部やりますから」
なんでも良いからと首都で適当に武器を買おうとした所、それをサニィは止めていた。どうしても守りたいから買わなくて良いと。
レインも戦いたいんだと主張したものの、サニィは次の都市までで良いからと聞かなかった。
「よし、お前が自分で決めたことだ、制限時間は10分。それを超えたら俺も戦うぞ。火傷させたくなければ守って見せよ」
「ええ、見せよってなんでそんな上からなんですかー。って、この数を10分は無理じゃないで――」
「いーち、に――」
「わああああ、蔦! じゃ燃えちゃう、氷、と、あ、いや、前みたいに蔦を濡らせばそれでいけるかな? ってちょっと待って下さいレインさん、ああイフリートもきたぁ!」
慌てて戦い始めるサニィを、レインは微笑ましい顔で見守る。
20分後、ゆっくり600まで数えたレインが「それじゃ参戦するか」と言った所で、イフリートの掃討は完了する。
「ふう、なんとか10分で倒せたみたいですね」
「そうだな。20分でこの数を倒せれば上出来だろう」
「え?」
満足げにうんうんと頷くレインにサニィはぽかんとした顔をする。
「20分でこれなら上出来だ」
「え、レインさん600って」
まだ分からないといった顔。
「ゆっくり数えたからな」
「えええ、そんなぁ、焦っちゃいましたよ……」
レインのいたずらと温情でそうなったと気づき、絶望的な顔に変化する。
相変わらず弄りがいのあるヤツだと微笑ましく思う。
「魔法使いは焦るほど弱い。それでこれならゆったり戦えば本当に10分行けたかもな」
「……私魔法使いじゃないですから、リベンジを希望します」
「やめろやめろ。お前の力で本当に魔物が湧いたらどうするんだ」
「ちぇー」
なんだかんだ負けず嫌いな彼女はレインと一緒の時は、いつも張り合おうとする。
弟子達がいる時には立派に”お姉さん”しているのに対して、二人の時にしか見せない少し子どもっぽい顔。
これを見たいと、レインはいつもつい意地悪をしてしまう。
「ま、俺なら素手で10分だな。熱いからな」
「くうう、悔しいぃ……」
そんなことを話しながら、魔物の出現が収まったことを感じたサニィは、名残惜しそうにしながらも「行きましょっか」と促す。
前回はデーモンロードの出現も近かったため、のんびりと観光できずにいた。
周囲に草木は生えず、火山灰とごつごつとした溶岩が積み重なっているダークグレーの山だ。
ここは活火山。巨大なカルデラの中を覗き込むと、真っ赤に煮えたぎる溶岩が流動しているのが分かる。
「おお、世界の胎動を感じます」
「凄いな……俺でも落ちたら死ぬな」
「魔王でも死にますから……」
サニィの感想をレインの下らない感想でぶち壊しつつも、二人は感動する。
記念に小さい溶岩石を鞄の中に入れて満足そうなサニィを見て苦笑しつつ、カルデラをぐるりと一周して、満足すると狛の村へと向かう。
レインとしてはどっちでも良かったのだが、サニィがどうしてもレインの両親と祖父に挨拶がしたいと言う。
「お祖父さんにも私はお参り出来てませんからね。以前お世話になりましたし、お義父さんにもお義母さんにもレインさんを貰いますって言わないといけません。だから絶対行きますからね!」
そんな風に言われれば、死者に対して特別扱いをしない狛の村といえ、連れて行かないわけにはいかない。むしろ、特別扱いをしないからこそ、親に挨拶等と言われれば断れない。
――。
狛の村に着くと、グレーズ騎士団が訓練に来ている。
戦士の勘を取り戻した住人達は、騎士団に対して積極的に指導をしている。
彼らの剣は騎士団の様に守る剣ではなく殺す剣なので、その違いはあるものの、魔物の弱点を正確に読んでいく技術は騎士団にも大いに参考になることだろう。
今回の訓練には、ディエゴ含めた騎士団の半分程が参加しており、ちょうど、その全員対狛の村で戦闘訓練をしている瞬間に二人は立ち会っていた。
結果としては、狛の村の圧勝。
「くそ、やはり勝てんか」
とディエゴは悔しそうに歯噛みする。
「なあに、お前だけで村の1/3がやられたんだ。もう少ししたら俺達も危ないさ」
と、新村長のリシンが答える。
その表情にはまだ余裕があるものの、以前よりも遥かにやられた人数が多いことは意識している様だ。
騎士団そのものも、以前と比べれば随分と強くなっている。
結果的には狛の村が半分を残しての勝利となったが、以前であれば4/5は残っていたはずだ。
とはいえ騎士団400人対狛の村人60人。それで完敗となれば、悔しいのは騎士団の方が上だろう。
「うひゃー。やっぱレインさんの故郷ですねー。改めておかしいです」
「騎士団にも指導したとはいえ、やはりそんな簡単に村の連中には勝てんな」
それを見ていた二人は、そんな感想を漏らす。
誰一人欠けず50m弱とは言え、ドラゴンを殺してしまう者達。
そんな彼らに簡単に勝つことなど、それは不可能と言える。
「まあ、連中は大丈夫だろう。両者とも士気も高い」
騎士団は本気で悔しがっているし、狛の村の連中は気が抜けないと意識している。
「まだまだ強くなりそうですね。彼らも」
サニィも安心したように言って、二人は墓へと向かった。
「――。お義母さんとお義父さんが守ったレインさんは世界を救って、今日も元気に最強してます。なんとか追いつきたいと私も日々努力していますけど、まだまだ近づいてる気がしません。あ、追いつくと言えばレインさんね、弟子を凄い可愛がってるんですよ。まるで娘みたいに――」
長々と一時間程話をすると、サニィは言いたいことを言い切ったようで立ち上がる。
「さて、行きましょうか。私も生徒のことが少し気になってきちゃいました」
そう言って再び手を取ると、霊峰マナスルに向けて歩き出す。
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