第183話:世界の狭間の

 レインの世界を切裂く絶技を何度も眺め、様々な魔法でそれに干渉した結果、レインのそれは現在の空間と隣り合った別の空間、もしくは別の世界、それか、世界の様なもの。そんな何かの重なりを見抜いてそこに刃を正確に通しているのではないかと言う推論に至った。きっとその世界は現在の空間とはそもそも空間認識の概念が違う。

 そんな距離の感覚すら出鱈目に感じる空間に剣先を滑らせることによって、今ある世界そのものを断絶する。そんな、現在の科学の理解を超える範疇にある技であるという可能性が高いと推測される。

 そしてその技は二通りの空間を通るらしい。

 何十本もの剣を購入し試した結果、潰れて消滅してしまうパターンと、存在を維持できず霧散してしまう様なパターンが見受けられる。潰れるパターンでは距離を無視し、霧散するパターンでは数を無視する。

 そんな風に見える。

 どちらも、通常の剣ではその空間に侵入した瞬間にその形状を保てなくなり、一定の効果は表すものの、やはり月光を使用した時の様な見事な斬撃としては表れない。そしてその斬撃を放つ剣の多くは、潰れながら霧散する。

 その理由を、ルークは想像することは出来るものの理解はしきれない。


 「分かったこととしてはですね、原理は分からないと言うことです。なんでそうなるのか、見えない僕には理解できません」


 ルークはそう言う。


 「しかし、これを魔法に応用する方法は思い浮かびました」


 それを同じく見ていた二人の師とと弟子達は、一様におおと声を上げる。

 レインですら、出来るから出来るとしか言えない技術だ。複数を切り裂くには、距離を無視して切り裂くには、ここをこの様に斬れば良い。その様にしか見えない。


 「僕達は遠くの物を見る時って、この位の距離があるかなって考えるじゃないですか」


 何を言っているのだろうと全員。


 「例えばあそこに飛んでる鳥たち、手前から奥まで100m位距離がありますよね」


 そうして指差す海の方向を見ると、何羽ものカモメが飛んでいる。

 確かにルークの言う通り、一番手前は200m程の距離、そして一番奥は300m程の所を飛んでいる。


 「でも、こうすれば」


 言いながら、片目を閉じて両手の親指と人差し指で長方形を作り、開いた目の前に持ってくる。


 「ほら、少し大きい鳥と、中くらいの鳥、そして小さい鳥が居るだけです」


 何を言っているのだろうと全員。


 「出来るか分かりませんが、ロック」


 そう言った瞬間、カモメ達がまとめて何かしらによって拘束されるのが見える。一瞬だけなので別に彼らが墜落するわけではない。それでも、それらのカモメが全て、同時にロックの魔法で捕らえられたという事実が、そこには残る。

 個別にそれぞれが、その全てが皆の位置から見て同じ大きさの灰色の錠の様なものに絡み取られていた。


 「ふう、やっぱ無駄がある分マナの消費は大きいですね。奥行ってものを無くして考えてみました。絵に描いただけと考えて魔法を使ってみたわけです」


 つまり、こうだ。

 ルークは距離を関係無く、全てのカモメを”ルークから見て”同じロック魔法で捕まえた。

 ちょうど、絵を描いてそれを円で囲って捕まえるかの様に。

 カモメの都合等は関係なく、どこを飛んでいるのかも関係無く、見えるからと言う理由で、意図的に距離を無視して魔法を発動した。


 「なるほど。つまり俺の剣もそんな風だと考えた、と」

 「そういうことではないかと思うんです。現実世界では距離がありますけど、絵に描いてしまえば遠くのものは小さく見えるし、空気の層によって淡く見えるし、目線に向かって収束していく様に見えるだけで、どれも同一平面上の物となるわけです」


 レイン以外はクエスチョンマークを浮かべる。

 この世界で次元の概念はまだ殆ど認知されていないものの、なんとなくでもルークが言っている様な斬撃を繰り出しているような感覚は、確かにある。


 「えーと、つまり?」サニィが代表して聞く。

 「レインさんは、次元の狭間に刃を通しているのでは、と思いまして」

 「ってことは、レインさんの剣は次元の狭間に刃を通してるってこと?」


 全然分かっていないようにオウム返す。

 他の三人は、相変わらず首をかしげている。

 ルークは取り敢えず、はいとだけ答えることにした。

 更に言ってしまえば、絵画上では一本の直線では全てを通ることが出来ないカモメの群れも、その絵画そのものを横から見てしまえばその全てを一本の線で結ぶことが出来る。剣を霧散させてしまうレインの斬撃は立体上でそれすらも為しているのではと推論していたが、さらなる混乱を呼ぶだけなので黙っておくことにする。


 「ってことは、レイン流剣術奥義、次元の狭間斬りってこと?」

 サニィはとぼけて言う。

 「おい、なんだその珍妙な流派の珍妙な奥義は」

 「いえ、なんかよく分からなくて」

 「多分、お前が使えても強くなるわけではない魔法だろう」

 「ってことは、鬼神流剣術奥義、心太の太刀ってこと?」


 サニィは混乱している。この女は時折混乱すると珍妙なことを言い出すのだが、まあ、それもレインにとっては苦笑しながらも少しばかり可愛いのではと思ってしまう。

 その珍妙な名前はやめろ。というかところてんはいい加減諦めろと二言。

 その日はそれで、宿に戻ることに決めたのだった。


 ここまでが、ルークの成長の為に必要な話で、サニィによる横暴な事件の序章。

 そして、【不壊の月光】の性能に関する話題。


 ――。


 暫くして、弟子達が声を揃えて同じことを言い始めた。


 「二人のそれぞれの本気の戦いを見たいです」


 訓練ではなく、殺すことを目的とした暴力を、圧倒的な魔法を。

 それは参考の為でもあるし、目的とする為でもあるし、師に対する甘さを取り除くためでもあるし、そして、魔王を超える者の、魔王に近しい力を持つ者の、遠慮のない本気を見たい。

 そういうことだった。

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