第81話:元気になる魔法

 「危険な状態です。マナが体を蝕んでいますね。肺の中までいっぱいに。えーと、あ、マナを遮断しちゃったので魔法使えません、どうし――」

 「落ち着け。少年の体内のマナを使うと良い」

 「あ、そっか。よし、それじゃあマナ使わせてもらって、元気になぁーれ!」

 「…………なんだそれ」

 「え? 元気になる魔法ですけど」

 「お前、またパニクってるな……。いいか、先ずは空気を集めるんだ。ここは標高5000mを超えている。高山病も併発しているだろう。温度も共に麓レベルまで上げろ。処置が完了次第俺が抱えて下山する」

 「へ、あ、はい」


 ――。


 少年の状態はギリギリだった。

 とはいえ、パニックになったサニィの謎の魔法のおかげもあり一命を取り留めた。

 見た目は10歳程度の少年。

 修行をしている者の中にはこれよりも年齢の低い子どもも居るが、大抵はマナの濃度が濃くなる入口の付近で魔法を使い、疲れたら出る。そんなことを繰り返しているだけだった。

 どうやらそれだけでもマナタンクの容量は増え、将来的な道が広がるらしい。

 英才教育の為にここの村の教育施設に子供を預ける。そんなことも普通に行われているということだった。


 「それって意味があるんでしょうか」


 そんなことを言ったのはサニィが先だった。サニィとレインが考える魔法体系は、ただ使うだけでは意味がない。どの様にしてその様な現象が起きるのか理解することでマナ効率を上げる。深く理解することで結果的に威力も上昇する。例えマナタンクの容量が少なくても、道具、増幅器によってその威力を高めればただマナタンクが多いだけの魔法使いよりも遥かに高度で強い魔法を多く使える。

 そんな考えに基づいていた。


 「と言うと、お前が何度も気にしていたことか」

 「はい。ここで修行する人の多くは、マナ効率が圧倒的に悪いです。確かにマナタンクの容量はグレーズ王国よりも高い。でも、グレーズ王国よりも更にマナ効率が悪い。結果的にはグレーズ王国の魔法使いよりも多くの魔法を使えているのでしょうが、それもすぐに抜かれるでしょう」

 「なるほど。俺にも見えるには見えるが、今は最早お前の方が遥かに正確だな」


 この少年を見たのは、そんな会話をしていた矢先だった。


 「お前らみたいにぬるま湯に浸かってるだけじゃ魔法なんて上達しねえよ! もう3年も居るんだ! この僕が登頂成功させてやる!」


 そんなことを言いながら村の教育施設から駆け出す10歳ほどの黒髪の少年を見ていた。

 その時はすぐに追いかけて行った職員がなんとかするだろうと思って大して気にも留めていなかった。

 その日の夕方だ。サニィが見つけ、二人で助けた少年は、その子だった。


 ――。


 「あんな所まで、この子、才能は凄いものがありますね」

 「大方、才能があろうと子どもは麓で頑張りなさいとでも言われたんだろうな」


 診療所、看護婦が施設へ職員を呼びに言っている間、二人は少年を見守ってベッド横で待機していた。

 サニィは少年の頭を撫でているが、レインは何を考えているのかは分からない。

 しばらく待っていると、勢い良くドアを開ける音がする。

 そこに居たのは息を荒くした女性、少年を追いかけて行った職員だった。


 「ルーク! あなた一体何処に行ってたの!? こんなに人様に迷惑をかけて! 子どもは安全な所でやれっていつも言ってたでしょう!!」


 そんな風に言葉を荒げながらルークと呼ばれた黒髪の少年の方へと向かう。

 少年はまだ目を覚ましていない。それを制したのはレインではなく、サニィだった。


 「迷惑などではありません。この子には才能があります。それを常識に当てはめて押さえつけていればこうなります。子どもを正しく躾けるのが大人の役割でしょう」


 それは、あまりにもサニィらしくない言葉だった。

 しかし、その理由は明白だった。この職員は少年の心配など全くしていない。

 もしも預かっていた子が死んでしまえば自分の立場が危うい。

 それだけだと思ったからだった。


 「助けて頂いたことには感謝しています。しかし、こちらの方針には口を出さないでいただきたい。一体どこで倒れていたのかは知りませんが、いくら才能があろうが子どもは子ども。私達の言葉を聞かないこの子が悪いんです」


 サニィの言葉も、女性職員には届かなかった。

 苦い顔をしたサニィに、レインはにやりとするとこんなことを言う。


 「さて、面白いことを教えてやろう。こいつが倒れていたのはここより3000m程の高所。今日、そこより先で見た修行者は一人もいなかった」

 「は? 何を言ってるんですかあなたは。冗談を言うのも大概にして下さい。そんな所、一流の魔法使いでも大変です。子どもが行けるわけがないでしょう?」

 「ところが事実だ」

 「そんなの、そもそもあなたたちがそこまで行ける様に見えません。嘘を吐いてその子をかばって、なんのつもりですか?」


 いつもの調子のレインと、全くそれに取り合わない職員。

 そもそもレインはどこからどう見ても戦士だ。剣を道具にした魔法使いもいるにはいるが、レインの佇まいは戦士のそれ。この場にいるどんな魔法使いとも違うものだった。

 戦士の時点で、そこまで進むのは不可能だ。

 レインの言葉を疑うのも仕方がないものであった。


 「よし、それなら明日俺達が登頂してみせよう。そうしたら俺達の話に耳を貸すくらいはしてもらおうか」

 「ええ良いでしょう。戦士を連れて登頂なんて出来るわけがありません。この子の件はそれからにしてあげます。登頂したなら頂上からその証拠を見せてください」

 「何を言っているんだ。お前も連れて行く」

 「「……は?」」


 レインの言葉に目を点にするサニィと職員。

 そうして三人は翌日、霊峰マナスルの頂上を拝むことになった。

 それからも様々な反論を繰り返した女性職員だったが、最終的にはレインの「ルークが起きるだろうが」の一言で静かになって、しばらく。


 「ん、あ、あれ? 僕は、……天国?」

 「ああ、目が覚めた? 良かった。君、危なかったんだよ? 冒険するのは良いけれど、無理はしちゃダメ」


 目が覚めた少年ルークに、サニィは少年の額をぺしっと叩きながらそんなことを言う。

 すると、ルークは目を見開いてこう言った。


 「……せ、聖女様?」

 「そ、私は聖女サニィ。ほら見て、この杖。『フラワー2号』って言うんだよ」


 相手が子どもだからなのだろうか。サニィは素直にそんなことを答える。

 杖を等倍に戻し、バーチとルビーのそれを見せびらかす。


 「名前ダサッ……」

 「あ、あはは、命の危険があったにも関わらず元気でヨカッタヨー」


 そんな二人のやり取りに、一人驚いている人物がいた。


 「聖女様……? 金髪碧眼に白樺とルピーの杖……。いやいやまさか、ただの都市伝説。でも、変な藍色の戦士も一緒にいるし……」


 女性職員はその後もしばらくブツブツと呟いたかと思うと少しだけ期待を持った目して、椅子に腰掛けたまま眠りにつく。

 「なんだかんだ言っても、こいつも探してたのさ」そんなレインの言葉をサニィは聞いていなかったが、ルークだけは少しばかり安堵の顔を見せていた。

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