第80話:楽をする為に考えたことだったのだけれど
修行は順調とは行かなかった。
まず初日にいきなりハプニングが起こったのは想定外のことではあったが、寝ている間にもマナコントロールなどそう簡単に出来るものではない。危険な状況になる前にレインが抱えて下山する。
修行者の中にはやはり聖女を崇拝し始めている者も居り、サニィは杖を小型化していたのでなんとなく似ている程度の認識しかされなかったものの、演技下手で疑われていた。
毎日朝から夕方まで謎の剣士を連れて山に入っているのだ。二人分の周囲のマナ濃度を調整することの困難さを知っている修行者達にはそれだけでサニィの能力の高さは見抜かれている。
聖女かどうかはともかく、凄腕の魔法使いと謎の剣士、そんな風に興味を持たれるようになっていた。
そんな日が一週間ほど続いた。
「うーん。反則技を使って良いですか?」
「ほう?」
反則技。もちろんのことレインは何を指しているのか分からない。
それは簡単なことだった。最初からイメージしておけば良い。
寝ながらイメージし続けることが出来ないのなら、最初から魔法を垂れ流しにしておけば良い。
「要するに、最初から12時間効果が継続する魔法にしてしまえば良いんじゃないですか?」
「そんなことが出来るのか?」
「私なら出来ると思います。マナタンクのある人はそんなことをしてしまえばいつの間にかマナが尽きてしまうのかもしれません。でも、ここは霊峰で失ったそばから流入してくるので、きっと他の人も出来ると思います」
ここ霊峰以外では他の人はマナが切れる。直径2m程の大木を10本ほども斬れば殆どどんな人でも。
それは少しの時間経てば元に戻るが、しばらく魔法を垂れ流しにしていたら回復が追いつかないだろう。
「なるほど。普段の戦闘では余りに限定的な力になるから開発すらされなかった魔法イメージと言うわけか」
「現状ではこの山以外では使えないでしょうね。みなさんマナ効率悪いので。でも、今までの私の研究と合わせれば普段から使えるようになるかも」
魔法使いは安全な後衛以外では弱い。その理由はシンプルだ。
パニックを起こせばただの人。それはどんなタイミングであっても。
「今までお前は身体強化と探知と蔦をどうやって同時に使っていたんだ?」
「全部別々にずっとイメージし続けていたというわけです。なので実践で焦って使い忘れて死んでしまいました。でも、一度のイメージで効果が継続するのなら、忘れることもありません」
「なるほど。さて、ここからは興味があるだけなんだが」
魔法使いが作った蔦や壁は残る。それはマナを物質に変換すればこそ。時が経って風化すればマナに戻っていく。同じく魔法の蔦の栄養素は空気中のマナ。それを補給できなくなれば同じく枯れ果て、いずれはマナに戻る。
ただ、身体強化や探知と言った魔法は物質化するわけではない。マナを直接一時的に超常現象に変換しているに過ぎない。
炎などの魔法もそう言うことらしい。
「なるほど。要するに作ってしまえば残るのが常識的なものであれば、出現した後は維持が不要、維持するのが困難なものは魔法を使用し続ける必要があると言うわけか」
「そんな感じです」
「確かにそれをイメージどうこうで変えるのは難しそうだな」
「はい。なので、マナ効率を最適化して、最初から長時間維持出来るイメージをする。それが現状では最善かと」
――。
サニィの魔法書に、新しいページが加わった。『バッファー』強化系の魔法を長期的に維持する魔法技術。
マナ効率と出力を強化するほどに有効となる肉体強化手段。
サニィのイメージを全力でそれにつぎ込むと、それだけでサニィは鋼の肉体となる。残念ながら身体能力自体はオリヴィアに及ばないが、その耐衝撃性能だけで言えば彼女のレイピアを弾いただけのことはある。
オーガに殴られた程度では蚊に刺された様なものだろう。ドラゴンの牙にも耐えられるかもしれない。
ここ、霊峰ではそれを何時間でも維持出来るという。
「この強度で使うと霊峰以外では10分程で強制解除されちゃいそうですね。新しくイメージする魔法ならいくらでも使えますけど、この魔法の欠点は持続中は魔法を発動した地点のマナを消費し続けてしまうことでしょうか。そこの濃度が薄まれば勝手に解けちゃいます」
「ま、それもマナタンクを持つ人間には関係のないことではあるな。お前限定の欠点というわけか」
シンプルなことではあるが、サニィは全力を出せば10分間は異常な頑丈さを発揮する。
たったそれだけのことで、彼女は10分間パニックにならずに済むだろう。
魔法使いは弱い。イメージを失えばただの人。その弱点を克服する術は、パニックにならないこと。
その為に随分と遠回りしたものだ。
恐怖で何も出来ず、何度も何度もオーガに殺された。自分が負ける訳のないオークやイフリートは楽勝だったものの、初の命を賭けた戦いでは完敗だったと言って良いだろう。
あと少しとは言え、パニックになったせいでドラゴンに殺された。そんな弱点を、嫌というほど体験してきた。
「全く、レインさんは毎度無茶を言いますけど、なんとなくその通りになりますね」
「今回ばかりはただ覚悟を試したつもりだったんだけどな。新しい道を見つけたのはお前だ」
「え、何か新しい方法に手がかりがあったわけじゃ……」
「すまんが全く無かった。死にかけても最初からになっても戦い続ける覚悟があれば最終的には登頂出来る。それだけのことしか考えていなかった」
「さ、流石の鬼畜王ですね……。まあ、ドラゴン戦の死因もそれだったので仕方ないですけどぉー」
「ああ、それじゃ今日は帰って、明日最初から登ろうか」
「え、せっかく今日ここまで登ったのに!? 鬼ぃーーー!!」そんなサニィの叫び声が聞こえるが、レインはそんな言葉も聞こえないかの様にサニィを抱える。必死に抵抗してみるものの、この男には未だに何一つ効きはしない。
自分が70mのドラゴンに殺されている間、この男は90mのドラゴンを難なく殺していたのだ。仕方あるまい。
しかしその日ばかりは、無理やり下山させられて正解だった。
「っ! 待ってください! あそこに誰か倒れて! え、と、マナドレイン! そのままマナ遮断!」
レインだけでは間に合わなかっただろう。
その地はレインの全力でも下山まで13分程かかる位置。麓の村から3000m程登った地点。海抜で言えば5000mを超える。
熟練の修行者が、命懸けで挑んでも失敗する可能性がある場所だった。
倒れていた少年は、全身をマナに犯され、あと5分程遅ければ死んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます