第69話:二人目は純粋だ。一人目とは別の向きに

 「ところでレイン様、わたくしは弟子2号ということですけれど、兄弟子はどなたですの?」


 夕食時、オリヴィアは少し気になったことを聞いてみる。現状ではレインサニィを除けば国で二番目に強いと思っていたオリヴィアも、兄弟子が居るのなら負けるかもしれない。もしも負けるのであれば、それは良い目標となる可能性もある。そう考えていた。


 「港町ブロンセンと言う所に住むエリーと言う少女だ。訳あってその町を出ることは出来ないが、強いぞ」


 オリヴィアの純真な問いに、レインも微笑みながら答えた。エリーは強くなる。それを確信していた。


 「それはマイケルよりもですか? ああ、是非ともお手合わせ願いたいところです」

 「残念ながら今はまだ一般人よりも強いと言った所だな。だが、5歳児ながらドラゴンを前に母を守ろうとする程だ。油断すればすぐに抜かれるぞ」

 「ど、ドラゴンを前に5歳でですか……。わたくし、その頃はまだマイケルが怖くて泣いてましたわ……。なるほど、凄いお方ですね」


 ドラゴンがどんな強さを持っているのか流石にまだ実感はないが、いくらかの魔物を見たことはある。それは例えただのゴブリンであっても、本気の殺気を持っていると言うだけでとても恐ろしいことをオリヴィアは知っていた。

 例え自分よりも戦闘能力が低くても、誰かを守る為に立ち上がることが出来る者を強者と呼ぶことを、オリヴィアも理解している。

 そんな化け物達を蹂躙するレインは本当に憧れだった。

 そんなレインが、「あいつは自慢の弟子だ」と言っている。それだけで、その少女は尊敬に値するとオリヴィア は思う。


 「いつかお会い出来たら嬉しいです」

 「同じ俺の弟子ながら、きっと戦闘スタイルはまるで違うものになる。俺も楽しみにしているぞ」

 「はいっ!!」

 「とは言えお前は王女だ。無理な戦闘は決してするなよ」

 「そうですね……」


 一瞬シュンとするような顔を見せたオリヴィアだったが、すぐにキリッとした顔に持ち直す。

 まだ未成熟ながらも整ったその真面目な顔は、なるほど時期女王。その次に出る言葉を、レインは受け止めるしかなかった。


 「でも、もしディエゴを超えられたらその時は、この首都を守るのはわたくしです。なんと言ってもわたくしは、王女ですから」

 「ああ、そうだな」


 レインに弟子入りしたことで、オリヴィアの食事席は最も下座へと移された。もちろん本人の希望だ。

 魔王殺しの英雄であるレインは王と王妃に次ぐ位置に座らされている為、二人の会話はテーブル越し、それも少々の距離を取って行われている。

 そんな下座からながらも、王女としての決意に周囲は圧倒されていた。

 圧倒的な二人と戦い、オリヴィアはほんの少しながら何かを掴んだ。今回はほぼ無意識にレインの威圧を学んだのだろう。


 「ですのでお父様お母様、これからは生傷も出来るかもしれませんがお許し下さい」

 「まあ、私が居る間は私がちゃんと治癒しますけどね」

 「ああ、勇者レインと聖女様の教えにはしっかりと従うんだぞ!」


 王は最早逆らえなかった。そこにはかつて、ディエゴと最強の座を争っていた姿はない。

 母親もうんうんと頷いている。これは最初からサニィの味方だ。

 ともかく、オリヴィアの修業は厳しくともお咎めなし。それを王から認めてしまった瞬間であった。


 ――。


 次の日、オリヴィアとサニィが決闘した庭を訓練場として使用しても良いと言うことになった。

 ディエゴや王との訓練ではホールを使っていたのだが、レインに近づく為にはそんな規模では足らない。多少破壊しても良い場所でなければ成り立たない。


 「さてオリヴィア、よく見てろ。サニィ、俺と実践だ。一撃でも入れてみろ」

 「はい! レイン様!」

 「ひ、ひいいいいいいいいいい!!」


 オリヴィアはまだまだ実戦経験に乏しい。先ずは戦いの場そのものに慣れる必要がある。

 今回のサニィへの敗北も、王女であるが故の実直さが完全にサニィに読まれていた。身体能力だけなら既にディエゴすら上回っているだろう。しかし、ただ進むだけでは勝てない。それを実際の戦いを、先ずは見て体験してもらう必要がある。レインの隙を見る能力は応用すれば必中の代用も可能だ。オリヴィアの戦い方の理想系を示してやる。

 そのついでに、サニィをしごく。サニィはマナの流れを感じ取ることを覚え、更に強くなっている。

 少なくともドラゴンを倒せる様になるまでの修業の猶予はあと25日。

 久しぶりのレインのしごきにサニィは相変わらず怯えているが、それはもう関係がない。

 今回はサニィをドラゴンのレベルまで。そしていつかはオリヴィアを、ドラゴンが飛来した時に首都を防衛出来る様にするのが最終目標だ。


 「さて、行くぞ」

 「ひ、はい、ひいい!」

 「が、ひぃ、頑張って下さ、お姉さまま! ひっ」


 一瞬にしてドラゴンを大幅に上回る圧力を持った人型に、サニィは返事するも怯えている。オリヴィアもだ。かつて体験したことのない圧力。

 二人してひぃひぃ言いながら、レインと対峙する。もちろんオリヴィアは見ているだけではあるが、気を抜いただけでやられてしまう。それはかつて恐怖した魔物達とは比べ物にならない恐怖だった。

 しかし、レインには一つの誤算があった。見せる戦いが、レインとサニィのものだったことだ。


 (こ、こわ……、いけれど、レイン様、かっこよ、いや、怖い……はっ、お姉さまぁ、いい……)


 その日のオリヴィアが、殆ど意識を修行に集中出来ていなかったことだけがレインの誤算だっただろう。

 とは言っても、それはもうしっかりと見ていた。理想の二人が肉体と魔法でぶつかり合っている。

 しかも、毎回お姉さまが組み伏せられる形だ。

 最初は殆ど見えなかったその戦いも、それを見るためだけには本当に集中していた。レイン様はあの様にして女性を組み伏せる。自分もああやられていたのだろうか。そんな妄想が、捗っていた。

 オリヴィアの動体視力と寝技の妄想が、急激に上昇した。

 「さて、行こっか、『フラワー2号』」

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