第72話 JK・JC語

 代表の教師が冬休みの過ごし方を我々に教育した後、最後に校長が一言しめて終業式は終わった。

 解散の指示が出ると生徒らは体育館後方出口へと向かって無秩序に歩いた。人の洪水の中で俺はアリナを見つけ出して話しかけた。


「ちょっとお願いしたいんだが」

「何よ」

「さっきの忘年会の件で、お前から白奈たちを誘って欲しいんだ。俺からじゃ誘いにくくて……」

「……ハァ。あんたいつまでウジウジしてんのよ。体格の割に小心者なのね」

「すんません……でも白奈とアレ以来話していないんです」


 アレ、とは白奈が俺を元薔薇園に呼んで告白した件である。その日以来白奈とは軽い会釈だけで言葉を交わしてはいない。

 鹿沢口先輩との契約もあって行動に制限がかかっていたせいもある。そう言い訳したいが本当のところお互い避けてしまっているのだ。第一声が喉を通るどころか頭に思い浮かばない。ぐっと喉が引き締まって唾が逆流しかけ、ぎこちない会釈で誤魔化してしまう。どうしようもないのだ。


「ふうん」

「あの、お願いできますかね」

「いいけど」

「よかった。頼むぞ」

「でも条件があるわ」

「何なりと」

「いい加減、白奈に対して後ろめたさを感じるのやめなさい」


 彼女は切り捨てるように言った。


「あんたがそんなんだと白奈が気の毒よ。告白しなきゃよかったって後悔してるかもしれないのよ?」

「俺もわかってはいるんだが……」

「わかってないわよ。白奈の勇気なんて一ミリも理解してないわ。あんた本当に人間なの?」

「日本国籍を持ってるのでおそらく人間として認められているかと……」


 アリナはわざとらしくため息を三回もして、


「白奈はちゃんと誘うけどしっかりしなさいよ? 私だって誘いづらい立ち位置にいるんだから」

「……? なんでだ?」

「こ、このクソ鈍感! あんたが断った理由を思い出しなさい!」


 俺が断った理由。俺が白奈を受け入れなかった理由。

 それは恋愛感情を抱いていなかったこととアリナののとが……。


「ーーウォアアア!!!」

「はっ、恥ずかしいから黙りなさい!」


 彼女は発狂する俺をビシバシ叩いた。

 この感情は封印しよう。調子が狂ってしまう。アリナもらしくない態度になってしまう。

 教室に戻ってから冷静に考えると俺たちはお互いをどのくらい理解しているのか疑問に思った。勢いで俺はアリナに「好きだ」と言ってしまったが直後もう一人のアリナの方と付け加えたことによって多少真意不明にできたと思う。

 本心は謎にしておこう。断言してしまったら今の自由な二人の関係が崩れてしまう。

 アリナとしてはどう思っているのだろう。しかしどうであれ今の距離感を俺たちは気に入ってるはずだ。

 単にこれ以上近寄るのも遠ざかるのも嫌なんだと思う。


「やれやれ……」


 こんな複雑で繊細な感情を抱くなんて思ってもみなかった。


 終業式が終わり、生徒達は冬の寒さも忘れてあくせくして荷物を整理し始めた。

 帰宅部プロフェッショナルの俺は前日に全て持ち帰っているので、悠々と缶を口に添え、トマトジュースを流し込む。来年はどんな年になるだろうと感慨にふけりながら担任教師が戻っくるのを待った。





 特に放課後は何もせず一直線に帰宅した。

 

「帰ったゾォォオオオオオオ!!!」

「うるさいなあ。おかえり兄ちゃん」


 今日から約二週間休みである。いっそのこと二年分欲しいのが本音である。二年も家にいたらベッドと融合できそうで悪くないなと思ったが流石に人肌寂しくなりそうだ。何より宇銀が心配がるし、彼女が学校で兄妹のことを訊かれた時に口ごもってしまうからやはり引きこもるのはやめにしよう。

 自室へ戻ることすら面倒だったので俺は制服姿のままソファへダイブした。全身がドロッドロの流動体にでもなったかのように俺はソファに体の全てを預けた。脱力を超えて新陳代謝はストップし、体内化学反応はやる気をなくしてきている。もう溶けてえ。そんな願望を踏みにじるかのように妹はうつ伏せの俺の背中に座った。


「ソファ独り占めしないで〜」

「背骨折れそうなんですが。嫌な音を立ててるんですが」

「大丈夫だよ。また生えてくるよ〜」

「トカゲの尻尾じゃないし、折れたのに生えるってどういう生命の神秘だよ」


 半分譲って二人で座った。

 

「早く夏休みこねぇかなぁ」

「兄ちゃんにとって来年の夏休みは勉強なんじゃないの?」

「やめろ、リアルすぎる現実は今はやめてくれ。折角冬休みが来たというのに酷いぞ」

「ごめんね〜。兄ちゃん冬休みは予定とかあるの?」

「あるぞ。同級生と集まって年を振り返る」

「忘年会みたいな?」

「イエス。妹が賢いのはとても嬉しい」

「それだけで賢い扱いされるのもなぁ。どうかなぁ」

「逆に宇銀は予定あるのか?」

「友達はみんな受験だから殆どないよ。初詣は行くけどね」

「良かった。デートするとか言い出したら兄ちゃんは怒り狂うところだった……」

「彼氏いないから無いよ。でも何回か告られたよ」

「なんだと……? 中学で付き合おうとするなんて何の意味があるんだ……? まずお前に近寄って来た輩は何者だ……? 肝臓抜き取ってプランクトンに食わせるぞこの野郎……」

「不本意だけど私も今付き合っても意味ないと思ったんだよね。ぐぬ、やっぱ私って兄ちゃんの妹なんだね」

「当たり前だ。本能に従いすぎるな。人間と動物の違いは本能を抑制する第二の自分を飼っていることだ」

「はいはい難しい難しい。ほら、テレビで農家の人が作物紹介してるよ」

「おっ! トマトを映せ! キュウリなんてどうでもいいからトマトだ!」





 二十二時を過ぎた頃。

 ハインラインの『夏への扉』を読んでいた。夏休みが恋しいと宇銀に話したら無性に夏への扉が読みたくなったのだ。ベッドに横たわりながら読書していると、見計らったかのように盛り上がる場面でスマホが唸った。アリナからメッセージの着信だった。


『誘っといたから。行くそうよ』


 短く伝えたいことだけを簡潔に。いかにもアリナらしい文だ。

 俺はアリナを揶揄ってやろうと思い、部屋を出て宇銀の部屋をノックした。


「入っていいか」

「あいよ」


 宇銀はまだ起きていたようだ。

 俺は早速忘年会の件とアリナが送って来たメッセージを説明した。いきなり何事かと宇銀は少し眉をひそめて不審がっていた。


「宇銀のJCパワーでカオスな文章作ってくれないか? あの顔文字とか絵文字だらけの脳味噌が豆腐で出来てそうなやつが書く言語を再現してほしいんだ。それを送ったらアリナがどんな反応をするか試したくてな」

「兄ちゃんは私が豆腐って言いたいの? ひどい、ぐすん」

「宇銀は俺の女神だからそんなことないぞ。さて、作ってくれ」

「あーはいはいわかった。貸して」


 宇銀は俺のスマホを奪って高速フリックし始めた。フリック検定とかあったら宇銀は一級を取れると思う。そのくらい素早く機械的だった。


「はいどうぞ」

「あざす。どれどれ」


『(ハート)アリナン(ハート)ありがと〜(*≧∀≦*)❗️ つる(ニワトリの絵文字)に連絡するね❣️❣️ 忘年会たのしみだね❗️❗️ まぢ宿題が邪魔だょね…(泣き顔絵文字) でもお互いがんばろーヾ(´∇`)ノ‼️ 早く会いたいな(ハート)(ハート)』


「これやべーな……日本語壊れてるぞ……」

「そうかな? 日本語として成立してると思うよ!」

「いやすっげーよこれ。キリル文字を初めて見た感覚だわ」

「送んないの?」

「送る送る。いくぞ、送信! 電波よ――空を駆けろ!」

「そんなこと言わなくてもちゃんと届くから」


 送り終えた。さてどんな反応をするかだろうか。

 宇銀から離れようとした時、すぐアリナから電話が来た。宇銀はニヤニヤしながら背伸びして俺の耳元に顔を近づける。俺は配慮してスピーカーにした。


「もしもし、榊木です」

『あんた大丈夫なの? メッセージがちょっとおかしかったから電話にしたのだけれども、何かあったの? 悩みなら話してちょうだい』

「え? いや、特には」

『ならいいだけど。落ち着いてるかしら。本当に大丈夫なの?』

「待て待て。単なる冗談だ。どんな反応するか宇銀に打ってもらっただけだ」

『……』

「? おーい」

『……殺す』

「え」


 電話は切れた。

 まさかの心配してくれたパターンだった。アリナの良心を揶揄ってしまったので申し訳なくもあるがマジで心配してたのでビビった。アリナンまぢごめん。


「兄ちゃん殺害予告されちゃったね。パソコンとスマホの履歴とか消した?」

「おいおいシスター。まるで俺が見られたくないものがあるとでもいいたげだな」

「スマホの変換候補が少しおかしかったんだけどなぁ」

「ファック」

「放送禁止用語!」


 アリナ。今すぐ俺を殺しに来てくれ。一緒に死のう。羞恥心で死にそうだよ。

 宇銀は「ふうん。ふうん。ふうん?」と意地悪な目で俺を追い詰め、勝ち誇ったように鼻を鳴らし、ドアを閉めた。

 無許可スマホ利用、絶対ダメ。

 

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