第18話 ブラックに染まれ

「ただいま」

「おかえり、妹よ」


 俺はリビングで横になり、テレビの映像を脳に送り続ける機械になっている。ただただ無心に光情報を受け取り、感覚する。身体が無くなったような気分だ。このまま腐って永遠になりたい。

 その麻薬的感覚から解放したのは妹の声だった。


「お母さん、兄ちゃん死んでる」

「生きてるぞ。テレビと身体を同期していただけだ」

「駄目、心が帰ってきてない……」


 妹は血の繋がりのせいか俺みたいにジョークを飛ばす。多分、遺伝ではなく俺の言葉のせいだ。365日ほぼ毎日妹と顔を合わせ、会話しているのだから多少なり俺の色に染まってても不思議ではない。


 妹が母の飯を食べている最中も俺はテレビを観続けた。

 一週間に起こったニュースをまとめた番組を俺は観ていた。ほー、ほー、と頷きながら観ていると「部屋にフクロウがいるからお父さんに頼んで退治してもらお」と呟いたので俺は沈黙を守ることにした。アリナなら俺をバールで殴るだろう。

 なぜここまで堕落しているのかというと金曜日の19時だからだ。何も考えず明日を迎えられる一番最高の時間帯なのだ。部活をしている人間は明日もしくは日曜日に学校へ行くのだろう。ブラックだ。やりたくてやってるのならいいが。休息を第一とする俺には考えられない。

 俺はひたすらアザラシのように横になり続けた。テレビでは中東情勢や火事やネットの炎上や災害や国際情勢など知っておくべき常識が垂れ流されていたので俺はずっと聞いて観ていた。

 テレビを観続けると馬鹿になると聞いたことがある。まさに俺は機械に操られている道化だな。もう動きたくアリマセン。


「兄ちゃん、中津っていう人知ってる?」


 妹はスマホを弄りながら俺にそう訊いてきた。こいつも機械に操られている側の人間のようだ。

 世界はますます機械に意思を委託している。体温調節にエアコン、暇つぶしのスマートフォン、交通管理網のシステム、経営継続の根幹たるコンピュータ。全てそれらを前提とした社会に生きている。人の手を機械に置き換え、「効率化」の名目のもとに我々は自動化を図る。

 素晴らしいことであるがいつか崩壊する。大勢の雇用を失った人たちが職を求めて苦しむだろう。いつしか人工知能が世界を覆って、人間たちは彼らの完璧さの前に気力を失う。彼らの技術が上すぎて努力が虚しくなるのだ。宇宙人が我々の前に現れないのはそれと似たようなことなのだろう。


「兄ちゃん、死にかけてるよ」

「違う。もう少しでアカシックレコードにアクセス出来そうなんだ」

「なにそれ。で、中津って人知ってる?」

「同じ苗字なら今日知り合ったが」

「同級生の兄が、兄ちゃんと同じ高校に通ってるらしいのね。で、いま連絡きたんだけどその兄が絶望したような顔で帰ってきたんだって。うんともすんとも言わないから不安になって私に訊いてきたんだよ」

「俺がそいつと同じ高校だから、ってことか」

「そうそう。下の名前は『ひたき』だって。日の丸の日に滝。知り合い?」


 ストーカー君じゃん。


「今日知り合いになったな。そっとしといてやれ」

「なんか理由でもあるの?」

「そうだな、強いて言うなら『歪んだ愛』だな。その同級生には言わないほうがいい。幻滅するからな」

「超わけわかんない……」

「おう。俺もだ」


 どんだけ絶望してんだよストーカー君。

 アリナに脅されたことでショックを受けたなら相当強い愛だったんだろう。もしくは監督に何か言われたのかもしれんが。どちらにせよやってはいけないこともある。犯罪だし。

 相応の罰は受けておくべきだろう。

 なんだかんだでアリナも少女だ。一人の少女を恐怖に陥れることが善行になるわけがない。

 ま、どうでもいいや。明日は土曜日なんだ。しーらない。




 朝8時に目覚めた。

 最悪だ。休日は10時間寝るよう心がけているのになぜ朝に目覚めてしまったのだ。10時間寝ないとスッキリしない。ただえさえ毎日平日は睡眠借金を作っているのだから休日で返済しないと身体がもたない。

 そんな俺の安眠を斬り裂いたのはスマホの着信だった。誰だよ、マナーモードにして寝なかった奴は。

 俺だ。


「榊木です」

『あんたでいいのね』


 寝起きで誰か解らなかった。


「すみません、どちら様でしょうか」

『ふざけてんの?』

「あ、いえ。本当にどちら様か……」


 だんだんと意識が覚醒するにつれ、俺はその声の主に思い当たる節があった。


「もしかしてアリナか?」

『そうよ』

「……はあ!?」


 俺はアリナの番号もアドレスも知らない。教えてもないし、アリナと俺を中継する人物も思い浮かばない。だが中継が必ずいるはずなのだ。


「一体どうやって俺の番号を知ったんだ……? まさか興信所とか――」

「赤草先生よ」


 先生……個人情報保護がなってないですよ……そもそも俺は先生の番号自体知らないんですから、先生、絶対連絡簿みたいな書類をアリナに渡したでしょ……


「そうか……で、用件はなんだ?」

「学校で手伝いがあるから来て、だって。さっさと来なさい」

「え〜、僕、い、き、た、く、な、い〜」


 ブツッ。


 切りやがった……仕方なく俺は行くことにした。休日明けから殺されたくないし。

 リビングで朝食を摂っていた妹に一声かける。


「学校行ってくるわ」

「兄ちゃん、今日は土曜日だよ。寝ぼけてる?」

「知っとるわい。学校の手伝いだ」

「え!? それ私も行っていい?」

「なぜそうなる」

「オープンキャンパスの予行として!」

「オープンキャンパスに予行は必要ないだろ……」

「あとアリナさんって人見てみたいし!」

「いや、アリナはいねえだろ。あいつ部活入ってないし」


 俺は面倒なことになると思ったのではぐらかした。


「じゃあなんで兄ちゃん、学校行くの? 兄ちゃんも部活入ってないでしょ?」

「帰宅部イコール土日休みではない」

「でも今までずっと土日は家だったよね?」

「……はい」

「絶対アリナさんも関わってるよね?」

「……はい」


 面倒なことになると俺は確信した。

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