第16話 毒を垂らし始める少女

 次は宮崎慎司だ。彼は美術部の部長なので宣伝を訊きに行くとしよう。

 俺の机にうつ伏せになっている真琴。彼はPTSDを発症してダウンしている。そのうち治るから俺は触れずにスルーし、慎司のもとへ近寄る。

 慎司は自分の手をデッサンしていた。休み時間も使うほどなのだから相当絵が好きなようだ。


「この前はありがとな」

「アリナさんがモデルになってくれたことならこっちがありがたいよ」

「こっちも感謝してますよ。で、早速だが美術部のインタビューをしてもいいかな? 新聞部が新入生向けに部活を紹介する記事を書きたいそうなんだが・・・」

「いいよ! 部員が減ってきてるからそういうのは是非!」


 意気揚々と饒舌に慎司は話してくれるので助かった。さっきは隣のクラスで生き地獄のような体験をしたので、雲泥の差、まさに天国だ。素晴らしい! 

 慎司のインタビューを書き終わり、次は彼の憧れる職を訊いてみることにした。


「慎司の憧れる職ってある? やっぱり美術系?」

「今のところはCGクリエーターかな。高校卒業後は専門学校で技術を学ぶつもり」


 ほ〜。俺には全く解らん世界だ。ゲームの中のオブジェクトとかキャラクターをデザインする側なんだろうか? 1mmも解らない。きっと美術部で培われたデッサン力はその道で活かされることなんだろう。

 

 昼休みも終わりかけていたので俺は畳み掛けで憧れの職を聞き回った。誰が部長とかも解らなかったから取り敢えず誰にでも聞ける憧れの職を訊いて回った。人のことをズカズカと訊き回ることは失礼にも思えたが意外と笑顔で答えてくれたので良かった。

 

 放課後を迎え、まず俺は売店に行った。そして撃沈した。まぁ、勝てるわけがない。柔道部を動かすなんてトラクターで轢かない限り無理だろう。

 ついでに柔道部の部員に憧れる職を訊いた。彼は税理士を目指しているそうで、まずは大学進学を目指しているらしい。外見で中身は解らないのを俺は思い知った。


 薔薇園には既にアリナが居座っていて、見たことない花がまた増えていた。もはやここはお花畑になりつつある。


「成果は?」

「無いわ」

「未来のひよこ鑑定士、頑張ってくれ。よし、部活を回ってみるか」

「スクランブルエッグにするわよ」

「はいはい、もともと俺の脳味噌はスクランブルエッグですよ」


 俺とアリナはすぐ薔薇園を出た。

 まず野球部に行くことにした。九月半ばを過ぎたというのに日差しが強く、アリナはすぐ帽子を被った。

 グラウンドでは掛け声と球を打った時の金属音で溢れていた。乾燥した土を蹴って舞う砂埃や土で汚れた服がいかにも野球部らしい姿だ。

 

「ひえ〜活気溢れてるな、野球部は」

「ほんとそう。暑苦し過ぎて無理」

「そう言うな。人には向き不向きがあるんだ。お前だって人付き合いは地球外知的生命体より酷いぞ」

「そ」


 はい、そ、なんです。

 俺たちは野球部の監督らしき人の側に近寄り、話しかけた。


「すみません。野球部の監督の方ですか?」

「そうだ。どうした?」

「新聞部が来年の新入生向けに各部活の宣伝を記事に載せたいそうなのですが、人手不足で自分たちが代理で訊きにきました。部長さんはお時間とかありますか?」

「あ〜、なるほど。そういうことならあと10分くらい待ってくれないか? その後小休憩が入るからそこで部長に訊くといい」

「ありがとうございます。ではそこらで待ってます」


 しばらく俺とアリナは芝生で座り込んだ。

 ぼーっとそよ風を感じながら淡々と時間が流れるこの一瞬一瞬も悪くない。

 アリナは靡く髪を纏めてポニーテールにしていた。黙ってりゃ美人。そう何度も思う。


「前だけ見てなさい。次、こっち見たら脳天から串刺しにするわよ」

「アリナさん、すると俺はケツから棒を出すことになるんですか? それとも前の方ですか? 前は間に合って・・・」

「死んでください」


 言葉を紡げば地獄が始まる。正直、もう慣れた。ちょっとやそこらで俺は凹まない。大抵凹んでいる奴は本気でアリナに恋した奴なのだ。本気で好きになった人から毛の先まで拒絶されたら立ち直るのは難しい。本能ではなく、理性の部分がぶっ壊される。おっそろしいなお前。澄ました顔しやがって。


「串刺しにするって言ったわよ」

「その場合、前と後ろ、どちらから棒が突き出て・・・」

「解った。屋上の避雷針折ってくる。試すのが一番だわ」

「やめなさいやめなさい」


 アホくさい話をしていたら笛が鳴った。どうやら休憩らしい。

 立ち上がって俺たちは野球部がたむろしているところに近寄った。

 部長さんが誰かなんて解らなかったから近くにいた一年生に訊いた。一年生の指差す先には熱血っぽさそうな顔付きをした知らん顔がいた。俺は彼の元に近寄って、話しかけた。


「野球部の部長さんかな?」

「ん? ああそうだけど」

「新聞部が来年の新入生向けに各部活動の紹介文を載せようとしているらしい。俺たちは新聞部の代理としてインタビューしに来たんだけど問題ない?」

「別に問題ない、が、ぁ?」

「どうした?」


 部長さんはアリナを見て愕然とした。

 アリナは威圧するように眉を上げ、首をかしげた。俺もそうだが彼女もよく解らないそうだ。


「いや、なんでもない」

「解った。じゃあお願いします」


 野球部部長、中津日滝は挙動不審になりながら喋った。じっと右下に視線を固定しながら時折手でジェスチャーを交えながら話した。内容は至って模範的と言える。

 話の一連の流れ以外で不自然だったのは中津の挙動不審なところと、アリナが腕を組んでゲームのキャラ選択画面に出てくる奴みたいな態度になってたことぐらいだ。徐々に彼らの関係が解ってきた気がする。


「みたいな感じで、大丈夫か?」

「オーケーオーケー。新聞部にあげとくわ」

「頼む。じゃ、これで・・・」


 俺も用が済んだので「帰ろう」とアリナに言おうとした時だ。


「待ちなさいよ、ストーカーさん」


 アリナは嘲るような声色で言った。

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