39 エピローグ:2

 大陸歴524年から528年の四年間はハルスの技術史的な観点からすると空白の四年と呼ばれている。一度目となった機人大戦。それがひと段落した直後であり、大陸内の国家は疲弊していた頃だ。

 ハルスは侵攻された傷を癒す為の時間を。ログニスは自国の掌握を。メルエスは国の再建を。アルバトロスは自国内で勃発した内乱への対処に追われていた。それ故に、新たな技術を育てていく下地には乏しかったのだ。

 

 その間、カルロス・アルニカの名前は不自然な程に姿を消す。大陸歴529年からはまた精力的な活動を見せているため、未だ明かされていない何らかの計画に従事していたなど様々な憶測が流れているが、現状それらを裏付ける資料は出て来ていない。まるで本当にその間は姿を消していたかのように途切れている。

 

 結果論とはなるが、その空白期間が良い面と悪い面双方を与えたと言える。

 良い面として挙げられるのはカルロス・アルニカの影響力の排除だ。特にそれはアルバトロス以外の国が大きな影響を受けている。第一次機人大戦の魔導機士はその大半にカルロス・アルニカの影響がある。敵国であったはずのアルバトロス帝国の機体でさえそうであったのだ。言い換えればこの時代の魔導機士は彼一人に依存していたことになる。

 この時代であるとハーレイ・アストナードの名も挙げられるが、彼が最も長けていたのは魔導機士技術そのものではなく、魔導工学全般だ。彼の生み出した技術も今日まで続く物が多いが、彼の場合は魔導機士以外の兵器史への影響が大きい。特に大戦中に生み出したとされる物はその傾向が強い。故にやはり524年ではカルロス・アルニカが中心だったと言えるだろう。

 その歪な体勢が続いていた場合、彼の死後に魔導機士技術の発展が大きく停滞した可能性は否定できない物とされている。この空白の四年間はカルロス・アルニカ不在によって、他の者達が中心となって作る体制への切り替わりと言えた。ただ一人に依存する状況を避けられたのだ。

 

 悪い面は言うまでもない。敵国として元々カルロス・アルニカの技術から脱却しようとしていたアルバトロスとそれに依存していたハルス連合王国。僅かとは言え進歩していたアルバトロスとは違い、ハルスは発展が遅れた。その差は大陸歴530年代になって現れる。

 

 大戦によって最も被害を被ったのはアルバトロス帝国である。次期皇帝であったレグルス・アルバトロスの死。遠征軍の壊滅。それに伴う戦費。更にそこへ敗戦のショックか、現皇帝の崩御。追い打ちの様にログニス領を奪還された事で国内の各所で独立の機運が高まる。大陸制覇と言う一時の熱狂。それが冷めてしまえば残るのは消耗した国土と、年若いレグルス・アルバトロスの息子である。

 アルバトロスでの独立運動が起きたのは大陸歴531年。当時唯一の皇族であったリジル・アルバトロスは12歳だった。その様な幼帝に付き従ってはいられないと幾つかの公爵、侯爵家が独立を宣言。それにログニス王国も介入。大陸西部の中央は再び戦乱に巻き込まれた。だがそれも長くは続かず、皇室の逃亡と言う事態で幕を下ろす事になる。

 皇室を始め、支援している有力な貴族家、多数の領民等を引連れて向かった先は海の向こう。レグルス・アルバトロスが用意していた遠征用の大船団を使用したと記録には残る。逃亡する際に帝国側は多数の量産型水上用魔導機士を投入。魔導船と言う先端技術を誇っていたログニス海軍を打ち破った。

 もしもカルロス・アルニカが上述した空白の四年間にも活動していたらハルス、ログニスも同様に水上用魔導機士の開発を行っていただろう。事実、529年にはログニスでラーマリオンをベースにした水上用魔導機士を開発、配備している。

 それ以降、大陸内でその様な大船団が入港したという記憶は無い。結果として大陸においた大国の一つ、アルバトロス帝国は滅亡した。その後に残ったのは独立した貴族家たちによる小国家群である。だがこの出来事は後の歴史に大きな影響を及ぼす事になった。

 

 一度は滅亡したログニス王国は526年に正式に再独立した。その立役者となったラズル・ノーランドは先王の三女を妻に迎え、王位を継いだ。元々公爵家として王位継承権を持っていたのに加えて誰にとっても文句の付けようも無い成果である。それに反対する事が出来る者はいなかった。

 ログニスを奪還するまで自らが動くことの多かったラズル・ノーランドだが、王位についてからむしろ逆に自分で決める事は殆どせずにその大半を他の者達に割り振った。広く人材を登用し、国力の増強に努めた事でログニス王国は順調に国を復興させることが出来た。

 

 ログニス復興に大きく貢献したカルロス・アルニカは大陸歴524年以降、戦場に出た記録は存在していない。それまで武功でも目立った存在であったが、アルバトロスとの決戦以後は幾つかの紛争が有ったにも関わらず名前が一切出てこない。

 代わりに学術分野では更に活動の場を増やす事になる。ハルス連合アカデミー。デュコトムスを始めとした大型機、新式弐型の技術発展を目的としたログニスとハルスの共同出資で作られた研究施設には数多くの資料が遺されている。新式参型――所謂参式の登場はカルロス・アルニカの没後、大陸歴604年になるが、その技術の基礎理論は既にこの時点でカルロス・アルニカの頭の中には有った事が断片的な資料の中に残されている。当時の工業力ではそれらの仮説を実証する術が無かったが故に、彼も重要視していなかったようだが、先見の明が見られる。

 妻に迎えたとされる人物については詳細な資料が遺されていない。名前すらも徹底して秘匿されており、子孫の存在が無ければ実在を疑われてさえいるところである。カルロス・アルニカには五名の子供がいるが、そうした妻の存在の不明瞭さから、母親は全て違うのではないかと噂されているが、それを裏付ける証拠も見つかっていない。

 

 大陸歴542年には大和とハルス連合王国の国交樹立。この出来事のお陰で、大陸は紛いなりにも話し合いで一つにまとまる事が可能になった。歴史のボタンを一つ掛け違えていたら、この年の出来事は大和による大陸侵攻になったと言われている。大和の内乱については別章参照。

 

 そして大陸歴567年。

 

 新大陸発見。

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