16 脱出

 自らに放たれた、永劫の軛から逃れグラン・トルリギオンが活動を再開する。前触れも無く現れた前回とは違う。一週間と言う僅かな、しかし貴重な時間を経て、迎撃態勢は整えられている。

 

 時間の停滞による拘束は同時に鉄壁の守りでもあった。それが解けた瞬間。同様に時の止められていたグラン・トルリギオンが周囲の状況を把握するよりも早く。

 

「ぶちかませ!」


 誰かの叫びと同時、遠方から複数の対龍魔法(ドラグニティ)が放たれた。ハルス軍の残存古式による一斉射。ハルス軍はその大半を王族たちの守護に当てている。そもそも新式が何機いようと話にならない戦力差である以上、主力のデュコトムスは参戦できない。古式も殆どがアルバトロスの王都侵攻と、その後のグラン・トルリギオン誘導作戦で壊滅した。今残っているのはたったの三機だ。その三機による攻撃は完全に不意を突き、命中した。

 

 怒りに燃える四眼でグラン・トルリギオンが今しがた攻撃してきた古式を睨む。模倣の大罪。それによる反撃を敢行しようとする。権能の発現。その予兆をチビロスは敏感に察知した。そして。

 

「今だクレア!」


 音が出そうな程鋭く、チビロスがグラン・トルリギオンを指す。その声に応えて、クレアは手を組んだ。祈りを捧げるような姿勢。お願い、と。私の声がカルロスに届いて下さいと。カルロスの作った指輪、遠隔通話の魔法道具。それは相手がこの世ならざる場所に居ても繋がりを保ち続ける。

 

「……俺の分身体は上手くやったみたいだ」


 その微かな、だが確かな繋がりを感じて、グラン・トルリギオンの内部でカルロスはゆっくりと顔を上げた。チビロスはあくまでカルロスが模倣で作り出した分身体。この中にいるカルロスと意識を共有する者では無い。それはチビロスに辛い役目を押し付ける事になると理解していたが、それでも他に外部へ情報を持ち出す手が無かった。分身体である以上それはもう別人だ。内部のカルロスが予定していた通りに動く保証も無かったが……こうして確かなラインが構築された。それで十分である。正直作り上げたサイズを察して最初はどうなる事かと思った。

 

 目の前に生まれた光の裂け目。それこそが外へと繋がる唯一の道だと確信できる。そこに向かって歩きながら、ここに残る者達へ別れを告げる。

 

「それじゃあ、俺は行く」


 既にここにいる他の面々を自分と同じように外部へ救い出す。それは不可能だと分かっていた。死者であることが問題なのではない。例え肉体が無くとも、こうして意識が――魂がある。それならば相手の同意さえあれば第三十二分隊の様にリビングデッドにすることは可能だ。この戦いが終わったら即座に切る契約だとしても、今この時に戦力を欲するならばそうしない理由は無かった。

 だが、彼らの魂は既に邪神に囚われている。カルロスの様に既に魂をブラッドネスエーテライトという物質的に独立した存在で無かった彼らはグラン・トルリギオンに取り込まれた段階で切り離せなくなったのだ。

 

「気を付けるのねん。私もここから応援してるわん」


 と、レヴィルハイド。


「まあ僕と君は接点の無い人間だからね。特に言う事は無いよ」


 頑なに名を明かそうとしなかった仮面の女性はそう言った。

 

「余を、未来の救済を否定したのだ。ならばそれよりも良い世界を作って見せろ。カルロス・アルニカ」


 最後の最後まで、その志は交わる事は無かった。それでもただ一点、より良い人の世を望むという願いだけは同じだった男がそう見送る。

 

『どうか。人の世を終わらせないで欲しい。苦しくて仕方のない世界だが、それでも美しい物があるのだから』


 アルバはそう言ってカルロスは見送ろうとした。そこで初めてカルロスは足を止めた。

 

「……その美しい物は失われたんじゃないのか」


 邪神の生まれた契機となった一人の少女の死。当然、アルバにとってもその存在は大きかったはずだ。元は同一の存在だったのだからそのくらいは簡単に予想できる。だからこそ不可解。邪神たちはその唯一の美しい物が失われたからこそ狂気に堕ちた筈だ。ならば、アルバは?

 

『失われてなどいない。失われるなど有り得ないさ。人の世が続く限り、美しい物は永遠に生まれ続ける』


 その熱の籠った口調に、カルロスは気圧される。初めて、アルバを人とは違う存在だと畏怖した。

 

「……まあ、その美しい物ってのを俺も見てみたいから、奴らに滅ぼされない様に頑張るさ」

『頑張って欲しい。十一番目の候補者よ――』


 その声を背に、カルロスは光の裂け目に身を躍らせた。

 

 そして――落ちていく。

 

 クレアは道を作ってくれた。後は、その道を踏破するだけだ。とは言え丸腰では話にならない。取り込まれてしまったエフェメロプテラ・セカンドも取り戻さないといけないのだから。

 

「ほんと、一息で消化しちまえばよかったのに……肉体の中に取り込んだのは間違いだ。魔獣だろうと神様だろうと材料は材料だ」


 そこにあるのならば、カルロスにとってあらゆるものは素材だ。魔獣の一部であろうと、神の一部であろうと。その構成の中から自分の作り上げた半身を見つけ出し、再構築していく。

 

 光の中を駆け落ちながら、カルロスは己の身の周囲に白骨の色をした巨人を作り上げていく。

 

「さあ、行くぞ!」


 辿り着いた光の底。その地面を突き破る様にして飛び出す。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 古式三機を見つめていた四眼。腕を組んだ人型がその四腕を広げ、今正に反撃を放とうとしたところで動きが固まる。苦しむようにもがき、救いを求めるように天を仰いで手を伸ばす。その頭部が、真っ二つに裂けた。グラン・トルリギオンの背部に立っていた人型が二つに分かたれていく。その中からまるで羽化、或いは脱皮する様に姿を現したのは、左右非対称の二組の四肢。相手を威圧する事には非常に長けた頭部。凶悪な外装を惜しげも無く晒すエフェメロプテラ・セカンドだった。

 

 グラン・トルリギオンの動きを見逃さぬように見つめていた人たちは、まるで羽化したかのような光景にこう思ったという。

 

「まずい、パワーアップした! 手強そうな奴だぞ!」


 と。

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