第十章 第一次機人大戦:終
01 黒円卓
夢を見た。
何時かの伸ばされた手を、取る夢を見た。
祖国の滅びに抗う夢を見た。
仇敵と、手を携えて神に挑む夢を見た。
夢を見た。夢を見た。有り得たかもしれない世界。可能性の泡に埋もれた世界の夢を見た。
多くの可能性のその先を見た。もしもあの時ああしていたらと言う夢想を形にした未来の姿。だというのに、その中には一人だけずっと姿が無い。
そんな夢を延々と見させられたカルロスは――。
「ええい! 夢占いの学者出てこい!」
という一体どこに対する怒りなのかよく分からない寝言を叫びながら飛び起きた。飛び起きて、カルロスは周囲を見渡し首を傾げる。
「どこだ、ここ」
見覚えはある。一度だけ見た場所だがその特徴的な空間は忘れようがない。オルクスの円卓。神剣使いが集うための場に瓜二つであった。ただあそこが白い大理石で出来た空間ならばこちらは黒曜石による黒一色の世界。その一席に座らされていると言う事に気付くのにはそう時は要らない。そしてその場にいるのが自分だけではないと言う事も。
「あらん、目が覚めたのねん」
しなを作りながらそう声をかけてくるのは数か月ぶりの懐かしい顔。
「ホーガン殿! 生きて……?」
「いいえ、ばっちり死んじゃったわよん……多分ね」
「何だ、もう来たのか。少しは粘れ情けない」
そんな憎まれ口を叩いてくるのは――初めて見る顔だった。ただその特徴はカルロスの知識の中にある物と一致する。艶のある金髪に尊大そうな表情。人に命ずることに慣れている態度は貴族か王族が持つ物。
「お前、レグルス・アルバトロスか……?」
「ふん、顔を合わせるのは初めてだったな」
こいつがいるとなるといよいよここはあの世と言う奴かとカルロスが考えていると、この場にいた最後の一人がレグルスの頭を思いっきり押さえつけて、額を円卓に押し付ける。
「ほらあ。またそう言う口の聞き方して。君は言葉遣いから誤解されやすいんだから気を付けないと」
声音からすると女性である。レグルスと同じような金髪を伸ばし、体つきの分からないようなマントで身を包んでいる。その膝にはトカゲ何だか竜なのか分からないような小動物を乗せていた。片手でレグルスの頭を押さえ、空いた手でその謎の爬虫類の頭を撫でている。気持ちよさそうに鳴き声をあげるトカゲもどき。だがその女性を何より特徴的にしているのは顔に付けた仮面だ。そのせいで素顔が分からないが、恐らくは初対面の相手。
「ええい。離せ! というか何だ貴様その悪趣味な仮面は!」
「似合う?」
「……ホーガン殿。あれが誰だか知ってます?」
「いいや、私も知らないのねん」
円卓同様、黒曜石らしき物体で出来た椅子から降りてレヴィルハイドの側に寄って行ったカルロスは小声で尋ねるが、レヴィルハイドも知らない相手だった。レグルスとの会話からすると既知の様だったが、わざわざ問いかけようとは思えない。
「全く……それで? 余達をわざわざここに呼びつけたのだ。何か話が有るのだろう?」
「ふふ。余だって」
「少し黙っていてくれないか」
そのやり取りが、まるで普段の自分たちの様で懐かしくもあり、そして同時に苛立たしくもあり、悲しくもある。自分たちをあんな目に合わせておきながらと言う苛立ち。そんな関係を失ったからこそあんな暴挙に出たのだろうという推測からの悲しみ。それはさて置いて今のレグルスの発言には聞き逃せない物があった。
「呼びつけた……? 誰が」
「貴様だ。カルロス・アルニカ。お前がここに来るまで余……俺達はただここに漂っていただけだ。こうやって喋る事も、姿を得る事も無かった」
「うん、彼の言う通り。僕達はただここに在っただけ」
「カルロスちゃんが来たことで初めて実態を取り戻したのねん」
その言葉にカルロスは困惑する。と、言われても未だ現状を把握していない。ついさっきまで夢を見ていて――。
「そうだ、俺はあの良く分からん奴に呑み込まれて」
「邪神、フィリウスを名乗っていたな。あんな輩が懐に潜り込んでいたのにも気付かなかったとは……痛恨の極みだ」
「奴らは人間を嫌っているくせに溶け込むのは上手い。いや、人間を知り尽くしているからこそ、嫌っているのかもしれないね」
そう呟いたのはこの場で唯一名を知らぬ女性だ。その口ぶりでカルロスは察した。この人がきっとレグルスの邪神を殺すという夢の原点。その大本であると。
「あの粘着質な声からすると、余程酷い目に合わされたという可能性もあるのねん」
「いや、待てよ……ここがあの世じゃないとしたら」
「あのデカブツの腹の中だ。カルロス・アルニカ」
レグルスが、そう肩を竦めて俄かには信じがたい事実を告げた。
◆ ◆ ◆
「…………これは」
南方の地で、急激に膨れ上がった邪な気配。神剣使いはイビルピースと呼ばれた邪神の化身を察知する能力が低い。基本的に足を使って探し回るしかない。そんなネリンが感じ取れる程の濃密な存在感。そこには大罪機の反応も存在していた。
「……四つ。それに、邪神本体の反応までありますわね」
知らず、胸元を押さえる。人を滅ぼそうとする神と、支配しようとする神。その二柱が居るであろうことは神剣使いも把握していた。だがその区別まではつかない。故に今顕現しようとしている邪神がどちらなのかは分からないが、邪神を封印した時並みの窮地であることは間違いない。
「これだけの力……封印された本体と共鳴したら私たちの封印は容易く破られてしまいますわ」
人の世を荒らさない。その誓約は正しい物だとネリンは思う。だがその誓約に縛られた結果、とんでもない怪物が生まれてしまった。いや。邪神とてその誓約は熟知している。ならばそれを利用されたと見るべきか。大陸を巻き込む戦乱を隠れ蓑に、生み出された複合大神罪。その力の程は――。
「あ、いけないですわねこれは」
神権機の総力と南方の力。それを天秤に乗せていたネリンは呟く。神権機の勝利条件は一機たりとも欠けることなく敵を撃破する事。それを考えると――。
「詰んだ、ですわ」
現状、勝利を収めるのは難しいという結論が出てしまった。
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