41 世界の終わり

「くそっ!」


 機体の駆動系出力はエフェメロプテラが優越しているが、流石に複数機相手に力比べをして勝てるような差でも無い。どうにか機体を起こそうとするが四肢を押さえつけられてはそれも無理筋。ワイヤーテイルも基部を押さえられてしまっては飛ばす事も出来ない。自分自身を見る事が叶わない以上、魔眼投射機構も組み伏せられた今では役に立たない。

 

 同じように押さえつけられているグラン・ラジアスが見える。あちらはより深刻だ。元々大罪法の三連発とカルロスによって多大なダメージを負っていた機体。操縦者も瀕死だったであろう。先ほどから口を開くことも無く、機体も動かない。既に息絶えてしまったかとカルロスが思った所で、グラン・ラジアスの頭部が微かに動いた。それはまるで頷いたかのような仕草。

 

 見間違えかもしれない。よしんばそうでなかったとしても仇敵と組む。その事に抵抗はある。だが今は他に打つ手がない。悠々とグラン・ラジアスに近づいているフィリウスが辿り着いた時に何が起こるのかは分からない。だがそれが自分たちの状況を好転させることは有り得ない。

 

 抵抗する振りをしながら機体の視線をグラン・ラジアス――それを取り押さえている魔導機士の一機に向ける。これに失敗したらカルロスに撃てる手はもうない。

 

「魔眼、投射!」


 定番の石化の魔眼。グラン・ラジアスに群がっていた魔導機士を問答無用で行動不能にする。グラン・ラジアスとて無傷では無い、どころか半身が石化したような有様だが拘束はとかれた。その瞬間に弾かれた様に機体が立ち上がる。

 

「大罪よ! 我が身を喰らい、万象塗り潰す神意を示せ!」

「まさか! 四度目を放てるなんて!」


 フィリウスが驚いた様な声を上げる。グラン・ラジアスは左半身を石化させながらも、操縦者の残りわずかな命を吸い上げて最後の一撃を放とうとしていた。邪神相手にも大罪の力は通用する。イビルピースとの戦いでもそれは明らかだ。どう足掻いても、人間サイズのフィリウスには逃げられるような物ではないし、防げるとも到底思えない。

 

 獲った、とカルロスは感じた。恐らくはレグルスも同じ。事実、フィリウスにはそれを避ける事も防ぐことも出来ない。フィリウスには。

 

「何てね」


 露悪的な表情で舌を出した彼に答えるように、フィリウスの背後の空間から腕が突き出て来た。それは、まるで触手の様にも見える巨大な物。それが握り締めただけで無二の大罪法は抑え込まれる。

 

「残念だったね。レグルス。ああ、本当に惜しかった。その行動がもう五分程早ければね」


 即ち、フィリウスが姿を現す前。既にその前提が破綻している。そしてその五分の間に、何が起きたかと言えば――屍龍の敗北。二つ目の大罪がこの地で散った瞬間。

 

「邪神の化身……イビルピースって君たちは呼んでいたっけ? あれがどうしてこの戦場に現れていないか。多分君たちは気にしていなかっただろうね」


 小さく笑いながらフィリウスは一見無関係に思えるような言葉を口にする。

 

「あれは人を滅ぼす為に来る。人の命を糧にしてね。でもそれじゃあ僕は困るんだよね。だからその顕現を抑制していた。それくらいは今の僕にだって出来るからね。さて、ここで問題です。何故そんなことをしたでしょう」


 ふざけた事を言っている間にもグラン・ラジアスの最後の一撃は完全に抑え込まれ、その影響を周囲に撒く事無く消え去った。今度こそ完全に力尽きたレグルスは倒れ込む機体の中で悔しさに満ちた表情を浮かべて息絶える。

 

「無念、だ」


 その言葉に全ての思いを込めて。

 

「正解は、顕現しかけた化身を僕が奪い取る為でした! 眷属が二体、消滅する寸前の力を回収する。回収した力を使って化身を奪い取る。言葉にするのは簡単だけど中々に苦労したよ。ずっと前から考えてはいたんだけど、これだけ力を成長させた眷属が四体も地上に居る状況って中々出来なくてね。何しろあの能無しの罪人共が見つけたらすぐに刈り取って行っちゃうから」


 グラン・ラジアスが撃破された瞬間、フィリウスの背後から伸びていた腕だけの存在が広がり、グラン・ラジアスを呑み込んだ。そして影も無く消え去った。それは力尽きて消滅した訳では無い事はフィリウスの表情が証明している。入れ替わる様に出現した背後に浮かんだ黒い泥の塊のような存在。怖気を感じるような不定形のそれはどう見ても味方では無い。

 

「さて、それじゃあ名残惜しいけどお別れだカルロス。君を取り込んで、この地に満ちる神権の恩寵を刈り取る。そうして僕がこの大陸を、人間を管理しよう。決して争いなど起こさず、決められた数だけ増えて決められた数だけ死んでいく。イレギュラーなんて起こらない平穏な世界に僕が作ろう。だから、安心して消えておくれ?」

 

 球体から触手が伸びる。その鎌首を擡げて組み伏せられたままのエフェメロプテラを呑み込もうとする。抵抗する術は無い。エフェメロプテラはもう動けない。だからカルロスに出来た事は己へと働きかける事だけ。

 

「接続切り離し……契約を強制破棄!」


 己の一部でもある第三十二分隊。彼らとの変則的な使い魔契約を打ち切る。そうなれば彼らはカルロスからの魔力で編んである肉体を維持できずにブラッドネスエーテライトだけになるだろう。しかし、その契約を維持していた場合はカルロス諸共影に呑み込まれてしまう。それを避けるための苦肉の策。

 

 だがそれ以上の事はカルロスにも出来なかった。泥に機体毎呑み込まれて、その触手が球体に戻った時には何一つ残っていない。それは先ほどの光景の再現の様でありながら決定的に違う物。今度は、幻像では無く実体であったこと。

 

「さあ。さあ! 我が眷属を取り込みし、化身よ! 午睡はもう十分だろう!」


 歓喜の表情で、それの誕生を祝福する。この地は地脈の集結点。ハルス中の魔力を吸い上げて生み出されたイビルピースは過去最大級の物。そうして現れたのは、一見すれば機龍に近い。カルロス達が作った物とは形状が全く違うが、イビルピースの様に装甲で覆われた、龍型と言う点では共通している。だがその最大の差分は首の数だ。その龍には、首が三つあった。それぞれ頭部の形状は違う物の、確かに龍と呼べる物が三つ。他にも尾の数が二本であったり、翼が三対あったりと細かな点で違いがある。そしてそのサイズ、それが1.5倍ほどになっていて機龍よりも一回り大きい。そして。その背から生えた人の上半身。四つの瞳と四本の腕を持つそれは腕を組んで眼下を睥睨していた。

 

「現れよ、複合大神罪! グラン・トルリギオン!」


 邪神の意思を運ぶ器であり、そして唯我、永劫、無二、そして模倣。四つの大罪を取り込んだ神話から飛び出してきた怪物。それが王都で産声を上げた。最早これはハルスがどうこうといった問題ではないと目にした誰もが悟った。もうこれは国など関係が無い。大陸全土の危機だ。

 

 文明の終わりを告げる者が大陸に降臨した。

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