40 邪なるもの

「数年会わない内に父の顔も忘れたかカルロス」

「父さんの顔は覚えているし、お前の顔とそっくりだが……お前は父さんじゃない誰だ」


 カルロスが言う通り、フィリウスの顔は間違いなくカルロスの父の顔であった。だが決定的に違う。

 その差異をカルロスは付きつける。

 

「俺の父さんは死霊術を扱う時にそんな笑みを浮かべたりしない! 何時だってあの人は死と言う物に対して真摯に向き合っていた!」


 人間としては褒められた物では無かっただろう。父親としても良い父親であったかは疑問符が付く。それでも、死霊術への向き合い方だけは一貫していた。生死を玩ぶことができる術だからこそ、カルロスの父親は死んだ者達への敬意を忘れなかった。それが小動物であったとしても常に丁重に扱っていた。

 だからこそ、カルロスは死霊術を嫌いにはなっても捨て去る事は出来なかったのだ。父親のそんな姿勢を知っていたから。同時に後ろめたさもあったのだ。自分が魔導機士を選んだことに。だからこそ、死霊術は親子を繋ぐ最後の糸だった。それを捨てれば自分と父親の道は完全に分かたれると知っていたから。

 

「お前は、誰だ!」


 確信を持った三度目の問い掛け。それにフィリウスは虚を突かれたように黙り込み――そして。

 

「は、ははははは!」


 返答は大笑。心底からおかしくてたまらないという風に腹を抱えて笑い出す。

 

「まさか、まさか! 日頃連れ添った妻が気付かず、長い事疎遠だった息子が気付くなんて何て皮肉だ! ああ、これだから人間と言うのは計り難い……やはり野放しにするべきでは無いな」


 一頻り笑った後のフィリウスの雰囲気は到底人間の物では無かった。アルが称した悍ましい魔力。それが漏れ出す。それに気付いたレグルスが息も絶え絶えになりながら声を絞り出す。

 

「その魔力……まさか貴様」

「では改めて自己紹介をしようか。レグルス・アルバトロス」


 そう言いながら芝居がかった仕草で腕を広げる。

 

「僕(・)の名前はフィリウス。三千年前にこの大陸から放逐された神が一柱」


 口元に三日月の様な笑みを浮かべて、フィリウスは己が素性を露わにする。その内容に、カルロスは身を固くした。

 

「そして、この時代においては君たちが邪神と呼ぶ存在の一つだ」


 しばし、沈黙が降りた。震える声で問いただしたのはレグルスだ。今の告白への衝撃度は恐らくはカルロスよりもレグルスの方が大きい。理由は言うまでもない。例えそれが借り物の願いであったとしても、彼は邪神を滅ぼす為に戦ってきたのだ。その相手が自分の懐に潜り込んでいた。その理由は言うまでもない。

 

「貴様が、俺達を、操って……?」

「いやいや、責任転嫁は良くないなレグルス。僕は君の周囲の人たちに囁いて回っただけさ。流石の僕も国一つに囁き声を届かせるのは骨が折れたけどね!」

「囁いた、だと」

「おかしいとは思わなかったのかい? 君が腰を上げるまでも皆が皆開戦を望んでいた。それによって生活に打撃を受けた民衆からも賛同の声しかなかった。国が戦争を望んでいた。その事に一度の違和感も抱かなかったと? いいや、違うね。君は違和感を抱いた。だが動き出した時には都合が良かった。だから無視をした。違うかい?」


 その言葉でレグルスの言葉を黙らせると、フィリウスはまあ、と言葉を続けた。

 

「君の動きが僕の思惑通りだったことは否定しないよ? 僕にとって最悪のシナリオは――君とカルロスが組む事だった」

「……俺と?」


 警戒の姿勢を取っていたカルロスは自分の名前を挙げられて思わず声を出した。その反応を喜ぶようにフィリウスが言う。

 

「そう! 何しろ君がアルバトロス側に立てば僕の囁きに気付いたかもしれない。この強行姿勢一辺倒のレグルスにも同じ大罪の担い手として進言が出来ただろう。そうなれば平和裏に大陸が統一されたかもしれない……それじゃあ僕が困るんだよね。だから、君達が潰し合う形にしないと行けなかった」


 その言葉に、カルロスは気になる点を見つけた。その発言は大前提と食い違う。

 

「大罪機は、邪神の眷属の筈だ」

「うん。そうだね」

「つまりはお前の手駒。それをむざむざと減らす様な真似を……」

「いやあ、そうなんだけどね。人ってさ、どう動くか分からないじゃない」


 唐突な話題転換。それについていけずにカルロスは口を噤む。そんな彼に反応する事も無く、フィリウスは続けた。

 

「突然、予期せぬ行動を取る。どころか本人にも分からないような衝動的な行動を取る。不確定要素の塊だ。そんな相手に僕の力の一部を預けているのが不安でね」

「だったら何故……」

「本当は化身の権能を奪い取ろうと思ったんだけどね。眷属しか奪えなかった。だからまあこれで上手い事やるしかないかなって」


 カルロスの記憶を刺激する単語。化身と眷属の権能。それは自称神が邪神に奪われたと言っていた物。そしてこの口調。まさか、と思いながら問いかける。

 

「お前、あの自称神か」

「あは」


 おかしくてたまらないという風にフィリウスは嗤った。

 

「やっと気が付いてくれたのかい?」

「……父さんはどうした」

「人が神の器になったんだ。その意識なんてとうに消し飛んでいるよ」

「……そうか」

「折角だから教えてあげよう。僕がこの男を乗っ取った時の話だ。元々、君の家系は適性が高かったんだけどね。この男は君の訃報を聞いて放心したんだよ! 君と仲違いしたままの別れとなった事を受け止めきれなかった! いやあ、あれはラッキーだったね! 僕は大した苦労をすることも無く無防備な男を乗っ取り、この世界での器を手に入れた! そう言う意味では君達二人に感謝すべきかな」


 その言葉に、カルロスが覚えた感情は二つ。一つは場違いな感動とも言うべき物。父は自分が死んだと聞いてショックを受けてくれた。少しだけ、自信が無かったのだ。もう、後を継げるのが一人しかいないから父は自分を見ているのではないかと。

 そしてもう一つは言うまでもない。

 

「それ以上、父の顔で、声で、囀るな!」


 怒りである。エフェメロプテラの拳で叩き潰そうとする。が、その行動は周囲のリビングデッドに操られた魔導機士に遮られた。完全に動きを止めるつもりで数機に圧し掛かられたら物量で動けなくなる。

 

「もう少しそこで待っていてくれるかな。何、直ぐに順番は回ってくる」

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