39 フィリウス

 大罪法の三連打。まさしく限界を飛び越えた先の攻撃。レグルスにもこれ以上の手は無い。だからこそ、眼前に何も残っていない事に安堵したし――背後から音も無く突き立てられた刃に驚愕もした。

 

 その刃、神剣の切っ先が自機の胸から飛び出て、その刃は自分自身をも切り裂いていると言う事を認めるのにしばし時間がかかった。どうにか機体の首を動かして背後を見る。そこにいたのは予想通り、エフェメロプテラ・セカンド。口元から血を溢しながら、喘ぐように問いかける。

 

「何故、だ。確かに余の無二の権能に呑み込まれたはず……」

「……種明かしをすれば別にそう難しい話でもないけどな」


 つまらなそうに、カルロスは呟いた。拡声器越しの会話。冥土の土産と言う訳では無い。ただ単に相手に敗北感を刻み込みたかっただけである。

 

「お前が斬り抜いたのはただの幻影。虚像だ。一発目を跳ね返した時から俺はあそこにいなかった」

「幻影、だと……? まさか」

「そうだよ。お前たちの作った物……エルヴァートの光学偽装。あれを使わせてもらった」


 相手から奪った技術で勝利を掴み取る。それはカルロスから新式を奪ってここまで来たアルバトロスと言う国に対する痛烈な皮肉であった。

 

「我が命運、断ちしは我が力か……」


 神剣を引き抜く。このまま返す刃で止めを刺すか否か。情けを掛けようとしているのではない。一思いに終わらせるよりも長引かせた方が良いのかどうか。カルロスにはその判別が付かない。全ての元凶であるレグルスを討てば少しはすっきりする物かと思っていた。だが実際にはそれほどでもない。ああ、こんな物かというのが正直な所。やはり薄々思っていた事ではあるが、関わり合いにならなくて済むのならばそうしていたい相手だった。有体に言うのならば何もかもを無視してクレアとのんびり過ごせればそれだけで良かった。

 

 だがそれもこれで終わる。この一太刀で。或いは十数分後に。どちらを選んだとしてもレグルス・アルバトロスは助からない。だからこそ。

 

「いや、お見事」


 こうして手を叩く男が二人の前に姿を現したのだ。

 

 乾いた拍手の音が場違いに戦場跡と化した王都に響く。その姿を霞みゆく視界に認めてレグルスは赤い飛沫を飛ばしながら吠えた。

 

「貴様……何故ここにいる……フィリウス!」

「……フィリウス?」

「いや、苦労しましたよ。この状況を作るには」


 二人の声には答えず――聞こえていない筈が無いので答える気が無いのだろう――男、フィリウスは滔々と語る。誰が聞いたわけでもない己の苦労話を。

 

「何しろそこの皇子様。とっても頑固。幾ら私が囁いても全然東征をしようと考えない! まずは国を立て直すのが先決だー何て王様みたいなこと考えちゃって。お蔭で大変でしたよ、もう。貴方が意見を変えるまでに何百人にも根回ししなくちゃいけなかったんですから」

「何の、話だ」

「貴方が如何に愚かと言う話ですよ。皇子様。どうせ暴力しか能が無いのだから、反対意見何てそれこそ叩き潰せばいいのにこの人ときたら! 身内には甘いんだから! 中途半端に人間面してておかしいったらありはしない」


 その詳細は分からずとも、フィリウスの言葉はレグルスを痛罵する物であった。残り幾許かの命ではあるが、それでも再度立ち上がろうとしたところで。

 

「おっと、何が出来るとは思えませんが、そう言う人間に何度か煮え湯を飲まされてきたのでね。念には念を」


 指を一つ鳴らすと残骸となっていたアルバトロス軍の魔導機士が再び動き出す。その数機がグラン・ラジアスに絡み付いて取り押さえた。

 

「馬鹿、な。この機体に遠隔操縦など……」

「ああ。遠隔操縦。遠隔操縦ね……申し訳ない。それは嘘です」


 微塵も申し訳なさなど感じていない様な声音でフィリウスは言う。

 

「アルバトロス軍に提供した遠隔操縦の無人機ですが、あれは単に私が乗せていたリビングデッドに指示を出して操縦していただけです。今の様にね」


 言われて見てみると、動き出したのは操縦者を狙った機体だけ――即ち動力系等は無傷の物ばかりだった。つまりは今しがた死んだばかりの死体を使ったリビングデッドが機体を操っていると言う事になる。

 

「ああ。あとついでにいうとベルゼヴァートの人工魔法適性強化。あれも嘘です。というか私は何もしていません。私がしたのはこうして何時でも死体に成ったらリビングデッドにする仕込みだけ」

「貴様、騙していたのか……!」

「騙していたとは人聞きが悪い。このフィリウス。一度たりとも貴方の利にならぬ事はしませんでしたとも。ただ貴方の実力不足と、相手が一枚上手だっただけの事。まあ、別に貴方が勝とうが負けようがどちらでもよかったと言う事は否定いたしませぬが」


 そう嘯くフィリウスは大仰に手を広げながら声高らかに謳い上げる。

 

「私はただ、この状況が得られれば良かった! 君臨せし唯我! 眠りし永劫! 未だ完結に至らぬ無二! そして最も可能性を秘めた模倣! 今目覚めている四つの大罪がこの地で食らいあう! それこそが我が望み! そう言う意味では……貴方は実に良く踊ってくれた。レグルス・アルバトロス。貴方を選んだ私の目は正しかった」

「貴様、まさか……」

「いや、本当に……中途半端に知っている相手と言うのは却って扱いやすくもあった。何しろ見当違いの方向ばかりを警戒していてこちらの動きをまるで見ていない! だからあなたは気付かなかった! 人を全滅させようとする思考には逆らえども、人を間引こうとする思考には何ら違和感を覚えない! それでいながら実行力だけはある! いや、実にすばらしい! 流れに乗せるまでは苦労しましたが、一度乗せてしまえばこれほど楽な相手もいなかった!」


 お前の行動すべては自分の意図した流れに沿っていた。そう告げられたレグルスは或いは、カルロスに斬られた時よりも深い敗北感を味わっていただろう。だがカルロスはそんなレグルスの姿を気にも留められない。

 

 ゆっくりと、グラン・ラジアスを取り押さえるリビングデッドの操る魔導機士を見て。

 呵々大笑するフィリウスを見て。そして。

 

「……誰だお前」


 全く心当たりのない相手に冷たく問いかけた。

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