29 墓守作戦:1

 時は僅かに遡る。

 

 レグルスのハルス上陸。イブリスーアウレシア戦線と比較すれば小規模だが、今のハルス軍にとっては手に余る規模の軍勢を率いたレグルスは真っ直ぐにハルスの王都、ユニゾニアを目指す。

 

 四つの王城によって囲まれた大陸内でも特異な都市。四王家による連合王国と言う特殊な権力構造が作り上げたこの国の中心地。見た目が変わっているとはいえ、行政の中心であることには変わりない。ここを落とされたら国としては事実上死んだも同然となるのは他の国と変わらない。

 

「完全な分業の弊害だな。平時ならばそちらの方が効率が良い。だがこの戦時に置いては下策だ」


 もしもそれぞれの王家が独立して国を維持できる体制だったのならば、レグルスもここまで拙速な動きは選べなかっただろう。こうして海上から奇襲したとしても、四か所を攻め落とす前に上陸部隊の体力が尽きてしまう。今とてギリギリなのだ。敵の頭を落とし、混乱に乗じて遠征部隊もハルス軍の本隊を討つ。そうする事で最短の時間でこの国を制する事が出来るという目算だった。

 

 レグルスに取って一番恐れていたのは、海上を進む間の情勢変化だ。流石に海の上に居る間は情報の更新にも苦労する。こうして上陸した頃に勢力図が完全に書き換わっていたら。具体的には遠征隊が敗北しての撤退などしていたらこの奇襲は完全な無駄足になるところだった。無論、そんな事は有り得ないと思ってはいたのだが。

 

 兎も角、こうしてアルバトロスの奇襲部隊がハルスの王都に辿り着いた。この状況はもう既に詰みである。ハルスの残存戦力で今この場にいるアルバトロス軍を排除できる様な物は存在しない。後は迅速に王都を落とすだけである。

 

 エルヴァートとベルゼヴァートの混成部隊。それらが王都の城壁に取りつく。抵抗らしい抵抗は殆どない。――ハルスは王都に戦力を戻すのが間に合わなかったのだ。最寄りの部隊が戻るまで一日と半。僅かに残った数機の古式による反撃。相手にはもう対龍魔法(ドラグニティ)による対軍攻撃しか活路が無い。当然それはレグルスも読んでいる。

 姿を見せた間抜けにはエルヴァートのクロスボウが。城壁毎貫こうとした相手にはそこを飛び越えて来たベルゼヴァートに。それぞれ致命的な隙を叩き潰されて、遂には第一城壁を抜かれた。城門を突き破り、内部へと浸透したアルバトロス軍はその勢いのまま第二城壁の城門も破壊した。二枚の城壁を抜かれ……ユニゾニアは最終城壁を残すのみとなった。

 

 残っている敵戦力は有ったとしても古式が数機。主力は国境上に張り付いており、最早レグルスたちを止められる戦力はハルスにいない。

 

「……あっけない。これならばログニールの時の方が張り合いが有った」


 良い事ではあるのだが、苛烈な反撃を予想していただけに肩透かしを食らった気分になるレグルスは、気付いていない。

 

 この状況こそがカルロスが作ろうとしていた物だと言う事に。

 

「必ず、真っ直ぐにお前がここに来るって信じていたぞ」


 こうなる事を、カルロスは知っていた。あの日――イングヴァルド達がログニスへと辿り着く三日前(・・・)。マストも破損して漂流していた船。それはアルバトロスの物。その乗組員から北回りでアルバトロスがハルスへ奇襲を掛けようとしていた事を知ったラズルとカルロスは決断を迫られた。

 

 即ち、それをハルスへと伝え対策するか。或いは逆にその状況を利用するか。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……奴は時間に拘っている」

「時間だと? 奇襲、奇策の類では無くか?」

「それは結果論だろう。レグルス・アルバトロスは戦争を起こしておきながら最速で終わらせることを目標にしている。だから時間だ」


 カルロスのその言葉にラズルは意味不明だと吐き捨てた。

 

「何がしたいんだあいつは」

「……神殺しだとさ」

「前にも聞いたが戯言にしか思えん」

「実際はその後にある平和らしいが……」


 ある程度神への前提知識を持つカルロスでさえ眉唾なのだ。御伽噺だと思っているラズルからすればそれはもう戯言、虚言の類だろう。気持ちは分かるのでカルロスも強弁はしない。

 

「兎に角、建前でも何でもあいつは犠牲者を減らす事を目標としている。だから時間に拘っているんだ」

「その結果が奇襲か?」

「ああ。後はそうだな……自分の手でそれを行う事も拘りと言えば拘りかもしれない」

「単純な戦力問題の様にも思えるがな」

「同感だ……まあとにかくだ。過去の例を見れば……これは千載一遇のチャンスだ」


 そこに込められた熱に。ラズルは僅かに目を細めた。あまりカルロスには似つかわしくない物だった。

 

「何のチャンスだ」

「決まっている……レグルス・アルバトロスを討つ、チャンスだ」


 言いながらカルロスは持論を展開する。

 

「奴が奇襲部隊に入っていると仮定して、海路から上陸するのに適した地はこの辺り。恐らくは物資等もギリギリだ。港町を落とす事はせずに、王都へと最も近い海岸に無理矢理上陸して来るだろう」


 そう言いながらカルロスが示した地点は事実、アルバトロス軍が上陸に選んだ場所であった。ラズルはカルロスの言葉が単なる楽観予想では無いことを悟って聞く姿勢に入る。

 

「時間の観点からも道中で物資を現地調達するのは考えにくい。何しろこの強行軍だ。そう数は連れてこられない。王都に守りを固められたら突破が難しくなるからな。兎に角急いでくるはずだ」

「だろうな」

「レグルス本人が居れば古式が多少いても突破されるだろう」

「そうなればハルスは頭を失って大混乱……その隙に乗じて奇襲部隊は国境線で戦っている遠征隊に合流する、か?」

「或いは遠征隊自体もそれに合わせて前進するかもしれない。奴らは悠々と引き揚げると」


 話を聞いてラズルは頷いた。

 

「それで。その最悪の予想の何処に奴を討つ機会があると?」

「城壁を突破したところで突破口を塞ぐ」


 カルロスの指が地図をなぞる。

 

「そうすれば突入された王都は奴らにとっての檻に変わる。逃げ場をなくしたところで伏兵で奴を討つ」

「机上の空論だな。大前提となる城壁を塞ぐ方法と、どうやって伏兵など用意するというのだ」


 くだらない妄想としか断じられないカルロスの提案にラズルは席を立ちかける。引き留めたのはカルロスの確信に満ちた声だ。

 

「俺がやる」

「何?」

「俺が……いや、俺ならその両方をクリアできる」

「……聞かせろ」


 そうして、ラズルはカルロスの賭けに乗る事にした。墓守作戦と名付けられたごく少数にしか明かしていない作戦。この戦争を終わらせる為に、そして故国を取り戻す為の最後の戦いが始まろうとしていた。

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