38 優勢

 重機動魔導城塞(ギガンテスフォートレス)の撃破。それはハルス側を更に勢いづかせる。とは言え、時間だけはどうしようもない。日暮れと共にハルス軍はイブリス平原の出口へと後退する。そこに設けられた陣地で補給を行い、翌日の攻撃に備えていた。それはアルバトロス側でも同じ事。ただその空気は両者で大きく違う。

 

 ハルス側の空気は明るい。今日の戦いは優勢だった。無論、そう油断していた緒戦で手痛い敗北を喫した後だ。それに慢心する様な真似はしない。だが優勢と言うのは兵たちの心身に負担を掛けない。同じ運動量だとしても疲労感が全く違う。

 

 そうした中でデュコトムス部隊に編入された形になるケビンはうっすらと灯りが見えるアルバトロスの要塞を見つめていた。

 上手く行っている。だがそう思った時ほど見落としがある。戦況は優勢。後三日もあれば、この要塞は落ちる。そうなればアルバトロス軍は大きく後退するしかない。国境線まで押し込むことが出来れば戦況は開戦前の状態に戻せる。一年かけた侵攻が振り出しに戻ったとなればアルバトロス内部での意見も割れる事になる筈だった。

 

「眠れませんか?」


 そう言いながらコーヒーのカップを片手にケビンの隣に来たのはデュコトムス部隊の隊長。その名前をケビンは記憶から探り出す。


「ミハエルか。頂こう」

「どうぞ。味の方は期待しないで欲しいけど」


 そう言って渡されたコーヒーは少なくとも自分で淹れるよりは上手いなとケビンは思った。そうして熱いコーヒーをすすっているとふと五年前の事を思い出した。

 

「学院時代を思い出すな」

「クローネンさんは今幾つでしたっけ」

「21、いや22だな」

「同い年だったのか……」

「老けて見えるか?」


 冗談めかしてケビンがそう言うとミハエルは首を横に振った。

 

「雰囲気はもっと上に見えますが、見た目はもう少し低く見えますね。20辺りかと」

「……そうか」


 見た目は死んだ時から変わっていないので17なので、少しばかりケビンは落ち込んだ。老け顔だったと言う事だろうか。その微妙な間を勘違いしたのか、ミハエルはフォローらしき物を口にする。

 

「いや、私も年下に見られることが多くて。アーロンの奴なんかは四つも年下の癖に初めて会った時は同い年だと勘違いしていたらしく」

「……何と言うか、奴らしい話だな」


 隊で最年少のアーロンは先日、カルロスにデュコトムスの座席について苦情を言った男だ。――屍龍陽動作戦時に『|龍の吐息(ドラゴンブレス)』を食らって機体毎消滅したと思われていた。だが奇跡的に、本当に奇跡以外の言葉が見つからない程綺麗に操縦席だけが無事で済んでいた。原因としては手足が消し飛び、ほぼ胴体だけになった瞬間に魔導炉が爆発し、頑強に作られていた操縦席周りがその爆発によって『龍の吐息』の範囲外に吹き飛ばされた事だろう。というかそれ以外に無い。その後のドルザード要塞の崩落にも巻き込まれず、徒歩で何とかアウレシア要塞まで帰還した彼はちょっとした英雄だった。

 

「しかし、やはりデュコトムスは素晴らしいね。あの龍もどきでは流石に相手が悪かったけど、今日のデカブツは一撃だ! 見ていて爽快でしたよ」

「ああ。同感だ。俺も溜飲が下がった」


 だが、とケビンは続ける。

 

「まだ同様の機体は相手に三機は存在しているらしい。それに古式もまだ温存されている。油断は禁物だ」

「そうですね。だけどやはり気分は高揚します。これまでずっと耐えていただけだったから。自分たちの手で戦争を終わらせられる。それがこんなにも嬉しい物だとは思わなかった」


 そう笑っている男の顔を見て、ケビンは唐突に理解した。現在を生きている人間。それを過去の人間の代償として良い筈がない。あの時、ガランが走り出したのはきっとそんな簡単な事だったのだろうと。戦争が終わった後の展望を語るミハエルを見ているとそう感じられた。

 

「……なら明日も生き残らないとな」

「ええ。勿論です」


 そして翌日。

 

 進軍したハルス軍が目にしたのは昨日以上に高さを増したアルバトロス要塞の壁の姿。その材料がどこから来たのかを察した司令官は舌打ちする。

 

「昨日のデカブツの残骸を使ったか」


 魔導炉が破壊されたとしてもその大半は無傷だ。全身を念入りに叩き潰せるほどにハルス軍も余裕はない。夜通し作業をして、残骸を創法で新たな壁へと作り変えたのだろう。そんな不条理も魔法で賄えてしまう。だがそれとてそれなりの代償は支払った筈だった。具体的に言うと、魔力。エーテライトだ。かなりの量を消費したはずだった。それを補うための物資が早ければ今日にも届くだろう。

 平原を塞ぐように位置する要塞の反対側。そちらではまだ補給路が生きている。まずはそこを断つべき。補給を断てばこの要塞は遠からず魔力的に干上がる。食料にも限りは有るだろうが、それ以上にエーテライトの問題は致命的だ。歩兵がどれだけ意気軒昂であろうと、魔導機士には勝てない。ハルスにも補給の問題はあるが、大局的に見ればハルスが防衛側。アルバトロスが攻め側だ。物資の調達難易度には雲泥の差がある。

 

 ハルス軍の動きは要塞を包囲し、補給路を断つ物へと変わった。現実問題として、ここまで高くなった城壁を相手にするには銃の射程でも心許ない。逆に相手は打ち下ろすだけでいいのだから簡単だ。そして増設された壁はもう一つの側面が有った。それはベルゼヴァートもこの高さから飛び降りては無事では済まないと言う事。

 

 即ち、距離を取って包囲するハルス軍を蹴散らす為にアルバトロス軍が取れる手段は一つ。

 

 城門が開く。機体が通り抜けられるだけの隙間が生じた瞬間、ベルゼヴァートが次々と飛び出してくる。そしてその最後尾から飛び出してきた他とは違う一機を見てケビンは呻く。

 

「あの機体は……!」


 一年前に交戦した古式。あの時からまた若干外観が変わっているがその特徴的な大鎌は間違えようがない。古式魔導機士ヴィンラード。その乗り手の事はハルスでも広く知られていた。この侵略の総司令官であるレグルス・アルバトロスの右腕。ヘズン・ボーラス。アルバトロスの人間でありながらログニスに十年以上も潜伏し、一時は部隊を預かるまでの信を得ていた男。そして、ログニスで新式魔導機士を奪った男。

 

 操縦桿を握るケビンの手に、力が込められた。

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