29 神様の差口

 日々移りゆく戦況を見て、ヘズンは低く呟いた。

 

「互角……いや」


 自軍がやや不利。そう結論せざるを得なかった。戦線は一進一退の攻防を続けている。エルヴァートを主軸とし、少数ながら最新鋭機のベルゼヴァートを投入した布陣。四年間の先行があれば十分に押し切れる。その筈だった。更にそこにメルエスで獲得した龍族の死骸を利用した屍龍があれば対ハルス侵攻は盤石の筈だった。

 

 だが蓋を開けてみればどうだ。初戦こそ好調にドルザード要塞を落としたが、それも屍龍の力あってこそ。完全に制御できないそれは要塞も破壊しつくしてしまった。元々要塞を橋頭保とするつもりだったヘズンはその時点で戦略の転換を迫られた。そして早々の屍龍の脱落。これは完全に予想外だった。術者の話によればまだ消滅した訳では無く、時間をかければ這い上がってくるとの事だったが、一時的にでも無力化されたというのは衝撃が大きい。

 

 そして魔導機士の性能。そこには大きな優越性など無い。敵の大型機は総合性能ではエルヴァートを優越している。ベルゼヴァートとならば互角かこちらが有利と言えるが、それも数でどうとでもなる。相手は順調に数を増やしている様だったが、ベルゼヴァートは機体に詰まれている特殊機材の影響で量産速度は遅い。

 

 更には武装だ。クロスボウを遥かに超える射程の武装。恐らくは同種の技術から派生したと思われる数々の銃と呼ばれる武器。こちらから攻めているからこそ拮抗しているが、一度でも受け手に回ればその勢いは殺され、こちらの軍勢は瓦解する。その恐れすらあった。

 

「……全く危ういところだった」


 アルバトロスからの第二陣。その到着よりも先に相手が反攻作戦に出なかったのは僥倖と言っても良い。これでようやく部下達も交代でだが帰国させることもできる。そして更に厚くなった陣容は一斉攻勢をかけられたとしても容易には崩れない。

 更には屍龍が要塞跡から這い上がってくる日も近い。扱いにくい戦力ではあるが、その力は絶対だ。今回地下に封じ込められたように都合のいい地形がそう何か所もあるとは思えない。同じ手を喰う事は早々無いだろう。

 

「もう少しだ」


 ヘズンは小さく呟く。屍龍は大罪機相手であろうと戦い得ることを証明した。即ちそれはオルクス、そしてその先の邪神との戦いでも有効と言う事だ。人龍大戦で散った龍族達。その遺骸を捜し出す事が出来れば屍龍の量産とて不可能では無い。現在の最有力候補は龍族の遺骸が眠ると逸話の残っているミズハの森。無理に大罪機を集める必要の無くなったことで、自分たちの代で決着を付ける事が現実的になってきた。

 あの地獄を産み出した相手は許す訳には行かない。人以外の意思で人が争わされている現状を良しとする訳には行かない。

 

 例え、その結果が戦乱を撒き散らす事だったとしても。百年後に人ならざる物が暗躍する未来を消し去る。

 

「そうだ……この世界に神なんて不要だ」


 ◆ ◆ ◆

 

「――と、言う訳で連中は邪神を嫌っているのさ」


 突然意識が遠のいたと思ったら、長々とアルバトロス側の事情を聞かされたカルロスは顔を顰める。その真偽も定かでは無い話を語った自称神を睨み付ける。

 

「それを聞いて俺にどうしろと?」


 同情でもしてやれと言うのだろうか。気の毒な話だとは思うし、そう考えるのも無理はないと思う。だが、それに巻き込まれる側としては迷惑この上ないとしか言えない。


「別に何も? ただ君たちが負けたら連中の目論みは現実の物になるだろうねって話さ」

「実際、倒せるのか? 邪神を」


 背後で相変わらず何事かを呟いている影にちらりと視線を向けてカルロスは呟く。周囲を漂う扉、そしてそこに付いた銀色の砂時計に変化はない。逆に自称神の方の扉と紅い砂時計は壊れて砂が抜け落ちた物が二つになっている。殆ど下に残っていた砂時計も一割ほどが上に昇っていた。その変化は一体どういう物なのかは分からない。

 

「まあ可能性だけを言うなら不可能では無いんじゃないかな。神権機が封印した時と違ってアイツも大分弱ってる。そこに大罪機と龍の力をぶつければ……まあ三割くらいは勝算がある。龍皇が生きていたのならもっと確率は高かっただろうね……」

「高いんだか低いんだか……」

「まあそれは神剣使いも分かっているからね。だからこそ、揉めている」

「どういう事だ?」

「簡単な事さ。邪神を討伐する可能性が出て来た。だから神剣使いの中にこんな意見が出て来たのさ。アルバトロスに協力し、今こそ邪神を討つべきだと」

「なっ……!」


 あっさりと明かされたオルクスの内情。それはカルロス達にとっては絶望的とも言える物だった。それはつまり、オルクス神権国が敵に回る。大陸でも突出した戦力である神権機がハルスを攻めるかもしれないと言う事だ。もしもそんな事に成ったらハルスに勝ち目は無い。二方向から攻め上げられたら一年と持たずに敗北するだろう。

 

「勿論、それを良しとしない意見も多い……まあ当然だね。邪神の封印を解いて、やっぱり無理でしたでは話にならない。それでも神権機が協力すれば勝算は六割くらいにはなるかな」


 ネリンの帰国はそれが理由だったかとカルロスは悟った。神剣使い同士で意見が対立したというのならば、彼女も祖国に戻らざるを得ないだろう。そして今もって戻れない理由も分かった。それだけ議論か――或いは剣を交えた交渉が白熱しているのだろう。予想以上に深刻な状況だったと分かり、今頃カルロスはネリンの身を案じる。同時にグランツの安否も。その二人がどんな意見なのかは知りようがないが、それでも自分を迎え入れようとした相手だ。拒否したが、恩義は感じている。無事でいて欲しいと祈るしかなかった。

 

「さて、それで僕は言ったと思うけど……何で君は大罪機を新造しようとしているのかな!? 駄目だって言ったよね」

「聞いた。聞いたけど今それが必要だ。アルバトロスの龍に、大罪機に対抗する戦力が。それに神権機の右腕が有れば覚醒するのも防げるんだろう?」

「……それ知ったら限界まで無理しそうだから黙ってたんだけどなあ」


 自称神が天を仰ぎながらぼやく。

 

「まあ作ってしまった物は仕方ないけど、これ以上は本当に駄目だからね。今のタイミングで邪神が復活なんてしたら完全に詰みだからね」


 その言葉を最後に、カルロスは意識が再度薄れゆくのを感じる。これは覚醒の予兆。現実へと引き戻されていく中で自称神の声が木霊する。その声に後押しされるように意識が浮上し――。

 

 気が付けばカルロス専用の工房に戻ってきていた。作業中に意識が失われたため、加工していた龍骨が変な形で固まっている。

 

「おっといけない」


 さっと魔力を通そうとするが意識を飛ばしていた間に携行型魔導炉のエーテライトは尽きていた。補充のエーテライトを投げ込んでいく。

 

「相変わらず言いたい事だけ言って、こっちの質問には答える気なしか……」


 どうにも、タイミングが限られているというのはまだしも。自称神が一方的に喋って、カルロスには口を挟ませないようにしている事が多い様に思える。それ以前に話す内容も割と同じ事を繰り返している。対話以外に何か目的があるのではないかと思えてくるほどだ。それでも貴重な情報を齎してくれることには変わりないのでそれが期待できる限りは拒絶するつもりもないが。

 

「……人が人以外の意思によって争う世界を作り変えるか。やっぱり気が合わないな」


 百年後の未来を見据えた行動。御立派な事だ。だがそれに今を犠牲にしているのは論外だ。その意見は変わらない。自称神が言葉を重ねるたびにその想いは強くなっていった。何故そんなに未来に執着しているのかが分からない。その為に今を燃やせるのかが分からない。彼らにとって、今とはそこまで価値が無い物なのかと問いただしたい。

 ハルスと開戦してから、レグルスは前線に出てこない。ログニスとメルエスでは陣頭指揮を取っていた事を考えると異様な程に静かだった。それが何かの謀の前兆である。そう考えるのは決して考え過ぎではないだろう。

 

「……急がないと」


 アルバトロスの切札である屍龍と大罪機。その二つに対抗できる戦力を準備する。その猶予時間は残り少なくなっていた。

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