15 失墜作戦:4

 完全に瓦解した作戦。だが陽動部隊は混乱の極みにある。状況を考えれば退くしかない。だがここで退くと言う事はそこまでの犠牲が完全に無駄になると言う事だ。それを理解してしまったが故に指揮官は判断が遅れた。感情を理性で押さえつける為のほんの数秒の時間。その時間で陽動部隊の全軍を指揮していた男は屍龍の攻撃を避け切れずに死んだ。

 

 次席指揮官も先ほどの攻撃に巻き込まれていない。その次は誰か。立て続けに指揮官を失った結果、指揮系統が混乱する。そうして頭を失った群れは容易く瓦解した。逃げようとするもの。立ち向かおうとするもの。二つに分かたれた部隊は連携を欠いて今まで以上に数を減らしていく。

 

「不味い……このままでは」


 ケビンが焦ったように周囲を見渡しながら言う。デュコトムス部隊は一機除いて健在だ。辛うじてこの周囲だけは統率が取れているが、周囲からすれば幾つかに分かたれた小集団に過ぎない。それらの細かな集団を率いる頭が欠けていた。

 

「チッ、アブねえ!」


 ガランが叫びながら今正に屍龍の爪の餌食と成りかけていたウルバールを機体毎引き寄せる。その最中、爪先が彼のケルベインの腹部を薙いだ。

 

「ガラン!」

「掠り傷だ!」


 一瞬ヒヤッとさせられたが、返って来た言葉で無事を確認してカルロスは安堵する。だがそれも長くは続かない。今が危機的状況である事には変わりない。

 

「現状で一番避けるべきはあいつを引連れたまま逃げ惑ってアウレシア要塞にまで連れて行ってしまう事だ」

「逃げるならきっちり撒かないと、あいつ絶対しつこいぞ」


 何しろ、屍龍からすると魔導機士(マギキャバリィ)も魔力的にはそこそこ効率の良い餌なのだ。良く見ると、足元に撃破した魔導機士の胴体を集めている。後で持ち帰って食べるつもりだろうか。そんな餌を追いかけた先にもっと魅力的な巣穴があればそこに飛び込むのも仕方のない話。それだけは絶対に阻止しないといけない。

 統率を取り戻すにもこの状況では難しい。声を張り上げたとしても頭まで届いて行かないだろう。何か。何か衝撃的な事があれば注意を引くことが出来るかもしれない。

 

「……トーマス。一つ思いついたんだが」

「カルロスの思いつきっていつも無茶ばっかだから聞きたくねー。で、何?」

「あいつに相応のダメージを負わせられれば他の奴らの注意も戻せるんじゃないか?」

「それ絶対無茶させる奴だろお前」


 爪に僅かな傷を与えるだけでも苦労したのだ。龍鱗を貫いて傷を与えるなど、相応以上の無茶をするのは確定事項だった。カルロスは簡潔に手順を説明する。皮肉なことに、屍龍が逃げ惑う他の機体を潰す事に熱中しているお蔭で彼らは比較的安全だった。

 

「まずデュコトムス六機で奴の攻撃を止める」


 九機で行っていた連携を、三分の二で行う。その時点で難易度が大幅に上がっているが、相手の攻撃を防ぐのは大前提だ。相手の攻撃と攻撃の継ぎ目。そこを狙わないと屍龍に攻撃している隙を狙い打たれる。

 

「その後は迷宮の地下と同じ事を俺とトーマスでやる」

「地下って……あれか」


 高所からの運動エネルギーを利用しての岩斧振り下ろし。土の壁兼階段はカルロスが作る。デュコトムスの創剣の魔法道具の設定変更をすれば不可能では無い。エフェメロプテラの様に自由自在とはいかないが、足場としては十分な物が作れる。

 

「龍鱗だって無敵じゃない。ゴールデンマキシマムの攻撃で傷を付けられたって話だ。あの時の威力なら見込みはある」


 双頭の獅子型魔獣相手には双方問題なく頭を潰せた。全く勝算の無い賭けと言う訳では無かった。

 

「次の尾の攻撃に合わせるぞ!」


 カルロスの音頭に合わせて残った六機のデュコトムスが前に出る。既に限界ぎりぎりの盾を構えながら、部隊長は頭を回す。まともに受けては吹き飛ばされて相手の攻撃を止められない。そうなれば後ろに控えている攻撃の二機が出遅れてしまう。だから、受け止めるだけでは駄目。そうなると彼に思い付くのは一つだけだった。

 迫りくる尾を睨みながら叫ぶ。

 

「今だ! 下に潜り込め!」


 盾を斜めに構え、機体を低くする。尾が盾に激突する。六機の衝突タイミングは完全に合致。衝撃を拡散する事には成功。ならば次だ。

 

「押し上げろ!」


 機体が吹き飛ばされるよりも早く。全身の駆動系を全力稼働させて、低い姿勢の機体を立ち上がらせる。盾を上に押し上げながら、尾の振りに上方向の力を加える。たった一瞬でデュコトムスの駆動系を全滅寸前にまで追い込むのと引き換えに、彼らは屍龍の攻撃を受け流す事に成功した。

 

 労いの言葉をかける時間は無い。敵の攻撃と攻撃の間隙はまさしく刹那。天へと続く階段を作り上げる。まずはトーマスの機体が。天辺で踏切、機体が空を飛ぶ。その一回で階段はボロボロになった。若干不安定になったそれを酷使して、次はカルロスの機体が空へ続く。

 

 トーマスの岩斧が何時かの様に巨大な杭を生やした姿へと変わる。全身を使った振り下ろしと龍鱗の激突。一瞬の静止の後に吹き飛ばされたのはトーマスの方。その衝撃で岩斧は粉々に砕け散るが、杭だけは僅かに龍鱗を貫いて頼りなく突き刺さっていた。身動ぎすれば抜けてしまう様な微かな傷。間髪入れずに続いたカルロスの岩斧が、その類稀な操縦技能で正確に杭へと振り下ろされた。更なる力が加えられて、杭が更に食い込む。初めて明確な出血を強いられた屍龍は苦痛で叫びを上げる。

 

 その咆哮は、混乱していた部隊の意識を引き戻すには十分すぎる程恐ろしい物で、思わず見た屍龍が明確な傷を負っている事に気付かせるには十分な物だった。

 

「作戦は失敗した! 全員撤退するぞ!」


 本来カルロスは指揮する立場に無い。声を張り上げたのは成り行きだ。偶々順序的な物で屍龍に傷を負わせた人物と言う事で注意を引きやすかったからに過ぎない。

 

「奴に傷を負わせる方法は判明した。第一目的が果たせなかったが、第二目的は果たした!」


 この作戦は無駄では無かった。そう告げる事で徹底抗戦をしようとしていた人間たちにも撤退に同意させようとする。慣れない事をしているという自覚はカルロスにもあった。だがここで声を出さないと本当に全滅してしまう。

 

「本陣の古式に撤退支援要請! 退くぞ!」


 撤退の際の手順は全員叩き込まれている。言ってしまえば後方で控えている古式による大規模な霧の発生による目晦まし。敵の視界を遮りながらこちらはその隙に距離を稼ぐという算段だ。だが、とカルロスの中に不安が芽生える。あれだけ魔導機士を執拗に潰していた屍龍をその程度で撒けるのだろうかと言う不安。

 

 デュコトムス部隊の部隊長が空へ信号弾を打ち上げる。撤退支援要請。それが空に上がったか上がらないかのタイミングで周囲に霧が立ち込めてきた。向こうも今か今かと待ち構えていたのだろう。

 

「機体間の距離に注意しろ! 撤退だ!」


 既定のルートで百機近い魔導機士が一斉に移動を開始する。それぞれ一度ばらけて、その後合流する。そう言う手はずだったが……。

 

「駄目だカルロス! やはり追いかけてくる!」

「くそっ」


 よりによって自分たちの所である。後方から降り注ぐ光線の雨が、屍龍の狙いが自分たちであると明確に教えてくれる。

 

「あれを引連れたまま合流地点に向かう訳には行かない……」


 だがここで立ち止まっても全滅。振り切れる保証も無い。どうするべきか。悩むカルロスの耳に。ガランの声が届いた。

 

「いや、お前らはそのまま行け!」


 彼のケルベインが反転する。たった一機、屍龍に向かって走り出した。

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