03 陥落の日:3

 ドルザード要塞に籠城したハルス軍。対してアルバトロス軍はそのドルザード要塞を落とそうと攻め上がる。二重の城壁。恐らく大陸内でも最大級の堅牢な砦。

 

 その焦点は城壁の突破に当てられた。これまでの戦で砦攻め、城攻めでのセオリーと言えば身も蓋も無い戦術。古式を投入しての機法による破壊だ。それ故に戦場は大概古式同士の戦い――その多くは一機打ちとなる――で決着が着いていた。自軍の古式がやられたら城を守る手、攻める手は無くなる。そう言う意味では非常にコストのかからない戦だったと言えよう。

 

 だが新式魔導機士の台頭でその図は崩れた。複数機でかかれば古式魔導機士を押さえる事が可能となり、逆を言えば新式の部隊で守れば簡単に古式をフリーにすることもできる。数の増やせなかった古式と異なり、新式は国力次第で変動する。そうした戦争の変化を予見し、真っ先に要塞の強化を行ったハルスは慧眼だったと言えよう。

 

 城壁には対機法の防御用魔法道具が数多く設置されている。要塞内にある大型魔導炉から供給される魔力で機法を打ち落とす迎撃の魔法道具。そして多少の損傷を自動で復元させる創法の魔法道具。

 更には城壁の上は魔導機士が移動可能な程な堅牢な造り。魔導機士への搭載は難しい、大型の機関銃を配置し打撃力の強化も図られた。

 

 アルバトロス軍もこの守りには手を焼いていた。創法で城壁に穴を開けようとしては進出してきた防衛部隊に工兵部隊を蹴散らされ、はしご車で城壁の上に乗り移ろうとすればはしご車を狙い撃ちにされ。そして古式を投入しての機法は――。

 

「総員、一撃を加えたら即座に反転! 離脱するのねん!」


 アルバトロス側も無策だった訳では無い。温存していた古式による機法。対龍魔法(ドラグニティ)の一撃で一気に城壁を崩そうとするのだ。それは要塞側からしても最も警戒している手だ。それ故に無防備になる古式を守るべく部隊を展開させた。その守りを一撃で抉じ開けて、的確に古式だけを刈り取り、一気に逃げ出していく悪魔の様な部隊が居た。言うまでも無くレヴィルハイドとゴールデンマキシマムの部隊である。僅か五機の手勢。レヴィルハイド以外はベルヤンガ渓谷で敗走したケルベインの操縦者たちだ。

 最早たった四機となったケルベインの操縦者たちは敵陣深くへと切り込む決死隊に志願した。ハルス軍の現在の窮状は自分たちの失態だと考えている節があった。それはある意味で正しい。ベルヤンガ渓谷が突破されなければハルス軍はここまでの窮地に立たされることは無かっただろう。あそこで時間が稼げていればハルスの戦力増強も叶った。アルバトロスの遠征軍も時間が経てば経つほどに士気も物資も厳しくなる。まして入り口で足止めされているとなれば猶更だ。そうした絵図面が全て覆されてしまったのだ。

 

 だからこそ、生き残った者としてその責任を取ろうとしていたのだろう。まともに考えれば、敵陣の奥へと切り込めばそれはもう帰り道を考えない特攻部隊だ。死の覚悟を固めて志願した彼らを見てレヴィルハイドは頷いて言った。

 

「残念だけど今のハルスに死なせても問題の無い命など無いのねん。帰ってくる気の無い兵を出陣させるわけにはいかないのねん」


 そう言って彼らの出撃を却下したのだ。それでも尚食い下がる彼らにややきつめの口調で言う。

 

「死んでさっさと楽になりたいと思っている輩に任せられる仕事など無いと言っているのねん。頭を冷やすまで部屋で待機しているのねん!」


 そうして一度は却下されたのだ。そして初回のアルバトロスの対龍魔法(ドラグニティ)による攻撃。それは最初レヴィルハイドが単独で出撃して阻止した。ゴールデンマキシマムの速度についていける機体が居なかったのだ。その為単機にならざるを得なかった。最初はアルバトロスも油断していた。ゴールデンマキシマムの噂は聞いていても実態は直接目にしないと知る事は無い。ここまで怪物じみた相手だとは思っていなかったのだ。

 

 そして二回目は更に陣が厚くなった。レヴィルハイドでも発射前に阻止する事は難しく、一撃を城壁に貰った。城壁の一部に大穴を開けたが突き抜けたとは言えない程度のダメージ。だが近い個所にもう一発か二発貰えばその時点で魔導機士が突入できるほどの亀裂が生じる。ゴールデンマキシマムと言えど逃げに徹した古式を短時間で仕留めるのは難しい。まして要塞から離れ過ぎればその間手薄になる。それでもウルバールでは足手まとい。モーリスの古式も然程足が速くない。そうなると選択肢は一つしかなかった。

 

「私たちの仕事は相手の古式に対龍魔法を打たせない事なのねん。私単機では突破できない。五機揃っていないと駄目なのねん。だから、この要塞を守りきるまで死ぬことは許さないのねん」


 レヴィルハイドはそう厳命した。今の状況に責任を感じるのならば、要塞を守りきる事でその無念を晴らせと。そうして敵の主砲たる古式の首狩り部隊が誕生したのだった。

 

 その後二日間のアルバトロスの攻めは今までに上がった三つを組み合わせた物が殆どだった。向こうも大規模な要塞を攻めるのは初めてで困惑している様子が見て取れた。何よりレヴィルハイドに取って有難いのは、有効な攻め手の見つからないアルバトロス軍に若干の士気の低下が見られることだった。自分たちが圧倒的優勢だからこそその程度で済んでいるが、一度突ければば後は雪崩落ちるように崩れていく。彼はそう判断した。

 だからこそ、防衛戦力から部隊を抽出して逆にこちらから逆襲を行う作戦を検討していたのだが――その全ては白紙に戻さざるを得なかった。

 

 4月24日。ハルスとアルバトロスの戦争が真っ当な形を持っていたのはこの日までだった。

 

 夜が明けて。ハルスの見張りが目にしたのはもぬけの殻になったアルバトロスの陣地だった。夜中は篝火が盛大に焚かれていて気付かなかったのだ。その後数時間の偵察を経てアルバトロス軍が後退している事を確信した。エルヴァートが隠れ潜んでいるかと警戒もしたが、その気配も無い。臭いは誤魔化せないという情報を得ていたので調教した軍犬を放ったがそれでも反応が無い。

 

「不気味なのねん……確かに上空偵察でも後退している様なのねん……」

「全く狙いが掴めませんな。相手もこちらを要塞に押し込むのは楽では無かったはずですが……」


 ここで退くというのはアルバトロスは今日までに得た戦果を手放したに等しい。罠にしてもリターンが少なすぎる。

 その狙いが判明するのはその日の正午である。

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