35 初期ロット

 年が明けた大陸歴523年1月。デュコトムスのフレームを流用した練習機の一号機が完成。ハルスが保有するアルバトロス側の砦。その中でも最大級のドルザード要塞に次ぐ規模を持つアウレシア要塞に搬入された。デュコトムスの量産機も完成次第アウレシア要塞に搬入され、アルバトロスとの戦いで切り札となる精鋭部隊が結成される運びとなっている。練習機が搬入されたのはその先駆けとなる為だった。

 

 その時点で、メルエスは大量の死者を出しながらも徹底抗戦を続けていた。諜報網を再構築したハルスはその状況を把握してはいたが、元々同盟関係にもない他国の戦争に手を差し伸べる事も無かった。結果として、メルエスの抗戦はハルスに取って貴重な時間を稼ぎ出していてくれたのもまた事実。アルバトロスがメルエスとの戦争終結を宣言した頃には2月に入っていた。

 

 3月になると国内の領地軍はウルバールの四割をケルベインに刷新。その量産性の良好さを証明した。この辺りになるとカルロス達の尽力によってデュコトムスの量産体制が整い始める。ログニス租界でもクレアの熱烈な指導の元、新型魔導炉と液化エーテライト精製の魔法道具の量産が始まる。それらの新技術の普及に伴い、テジン王家はケルベインの改修案を提出。新型魔導炉を搭載し、性能を向上させたケルベインⅡの開発を始める。

 それと並行して、ログニスとの技術交流が本格化。バランガ島での主要人物の引き上げの代わりに、テジン王家の至宝とも呼ばれるハーレイ・アストナードの派遣を決定。この施策はハルス連合王国と言う国に大きな変化をもたらす切っ掛けとなった。

 

 そして4月。デュコトムスの量産一号機が完成。初期ロットの8号機までがアウレシア要塞へと搬入される――。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「大分暖かくなって来たな」


 エフェメロプテラの中でカルロスはそう呟く。ふと視線を機体の足元に落とすと、行軍中の兵士たちが袖を捲り上げて額の汗を拭っている。春先とは言えど、重装備で何キロも歩けば身体も熱くなるだろう。

 

「結局四か月、アルバトロスの動きは無かったな」


 ケルベインに搭乗したケビンが過ぎ去った月日を惜しむようにそう言う。アルバトロスとの戦いが目前に控え、ケビン達の迷宮探索組はバランガ島に帰還しログニス守備隊の一翼を担っていた。ハルス側も今の状況で迷宮攻略を押し進める余裕が無く、探索が凍結状態になっていたのだから仕方のない事だった。

 

「メルエスとの戦は泥沼だって聞いたからな……勝ったとは言っても得るものが無かったんじゃねえの?」


 妙に事情通なガランがケビンの言葉に己の推測を口にした。その情報源はと聞けば商人の娘だったり旅芸人の娘だったり……要するに閨で聞いたという話だ。玉石混合の情報だがガランはその辺りの真贋を見極める能力は高かったらしい。中々の精度で遠く離れた地の情報を入手していた。彼もまたケルベインに乗り、エフェメロプテラの後ろを歩いている。

 

「でもこれで終わりにはしてこないよな……」


 沈鬱そうな溜息を吐きながらトーマスが彼らの後に続く。彼の機体は四か月前から変わらず、試作型のデュコトムスだ。彼の言葉は悲観的な推測では無く、間違いの無い事実だった。今のアルバトロスは侵略をしなければ国を維持できなくなっている。数年は持つだろう。だが十年は恐らく持たない。戦い勝って奪わなければ肥大化した軍を食わせては行けなくなっているのだ。それ故に、トーマスの言葉は重く響く。

 

「絶対に攻め上がってくる……その為の準備を整える時間を得られたのは有難い話だと思うのがね」


 四機の中央に護衛されるように位置する馬車。その中に居るグラムが暑さと揺れに参った様な表情をしながらもしっかりとした口調でそう答えた。四か月。その時間を得られたことは大きい。デュコトムスの量産体制は整った。今はまだ不慣れ故に量産ペースは遅いが、作る人間の技量が上がればペースも上がる。彼らを教育係として新たな作り手の育成も行える。当初目標としていた半年に70という数字は決して不可能な数では無い。

 

「まあそうだな」


 カルロスは軽く頷きながら後ろを振り返る。ケルベイン二機。デュコトムス一機の後ろに連なっているのは、第一ロットの量産型デュコトムス八機。新品の装甲が陽光を返すさまは頼もしさを覚える。試作機でのネガを潰し、量産用に一部を再設計した結果総合性能は若干だが向上している。今のカルロス達の役目はこの機体をアウレシア要塞へと運び込み、操縦者の育成と技術者への教育を行う事だった。

 ログニスに取っては漸く具体的な成果であり戦果だ。新型機開発の主要人物であるカルロス。そして新型魔導炉についてクレアに次いで詳しいグラム。その二名を派遣するという辺りにラズルを始めとした首脳陣の気合いの居れようが見える。

 

「にしても今回の滞在は長いよな。丸二か月だろ? むさい男に囲まれるのか……今から憂鬱だぜ」


 ガランの辟易とした言葉に周囲は呆れた様な視線を向ける。彼が残念がっているのは仲良くなれる女性が居ない事だというのは分かりきっていた。トーマスは視線に留まらずやや棘のある口調で咎めた。

 

「いつか刺されるぞ」

「そう言う刺しそうなのは避けてるから大丈夫だっての」


 本当かよ、という懐疑の視線を向けられながら一行は道を進む。ハルスで二番目に大きい要塞。アウレシア要塞の外壁が見えて来ていた。

 

「すげ……」

「何でも魔導機士同士の戦争に備えて城壁を増強したらしい。僕の位置からはまだ見えてないけどな!」


 魔導機士の方が目の位置も性能も段違いに良い。一足先に要塞の威容を目にして思わず感嘆の言葉を漏らしたトーマスに何故がグラムが得意げに応えた。新式の量産体制に合わせて魔導機士の収容可能な設備も増床し、現在の戦争に合わせた機能を持たせた最新の砦だ。ドルザード要塞も同様の改築が行われており、この二つがアルバトロスとの戦争でハルスの守備の要となる予定の地点だった。

 

「よし。それじゃあそろそろ隊列を整えよう。堂々と入城するぞ」


 大陸歴523年4月。ログニスの技術教導団がアウレシア要塞へと入城した。量産機の建造が軌道に乗り、漸くハルスの防衛態勢が整い始めた時期である。

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