34 量産計画

 方針が決まった後は早い。

 先行してウルバールからケルベインの建造に変更される拠点が決定され、それ以外の拠点をデュコトムス建造に切り替える。更に不足分の拠点を増設。その工房予定地の視察。必要資材の手配。根幹である新型魔導炉の製造拠点をログニス租界内に用意する。等々、カルロスは文字通りハルス中を駆け回って仕事していた。

 

 その中で並行して行っていたのは操縦者並びに技術者の育成だ。ウルバールとは何もかもが違う機体。操縦者の方は二日ほどの訓練で慣れる事が可能ではあるとイラの発言が有ったが、それはあくまで動かす為の違和感を補正するためにかかる時間。結局訓練をウルバールで行っていては操縦感覚のずれは何時まで経っても正せない。だがデュコトムスが訓練に使える程の数を揃えられるのは少なくとも一年は後だ。新型魔導炉の量産ペースがそのままデュコトムス量産のボトルネックになってしまっているのだ。

 

 その問題を解決するために、カルロスはハーレイの協力を仰いだ。目的は大型機の訓練用機体の開発だ。その裏にはハルスの魔導機士開発部隊と連携を取って行きたいというカルロスの狙いもあった。

 

「ふむふむ。なるほど。アルニカ殿は面白い事を考える」

「悪いが頼まれてくれるか?」

「ええ。それは勿論。それはそうとアルニカ殿。大型機の操縦系技術。これ私のリレー式ですよね? その辺の特許料はどうなってるんですかね?」

「……その辺はログニスの担当者と相談して頂きたい」


 特許料の事をすっかり忘れていたカルロスはかくことも無い汗を拭う振りをしながら視線を逸らす。その先にハーレイは回り込んで笑顔で彼は言う。

 

「チャラにしてあげても良いですよ」

「は?」

「権利者は私ですからね。私が許諾すれば使用料は不要です」


 まるで悪魔の囁きの様な言葉にカルロスは僅かに怯む。だが特許料の額は無視できない。それが丸ごと消えるとなればログニスが得られる利益は更に大きくなる。

 

「何が、目的ですか」

「無論、アルニカ殿が」


 嫌だ、この人レヴィルハイドと同類……? と思う事は無かった。即座に自分の技術についてだろうと当たりを付けたカルロスは軽く頷く。

 

「詳しく」

「いえいえ。そんな大層な話では無くてですね。近い内……まあこの量産計画が軌道に乗り出した辺りですかね。恐らくバランガ島での作業人員の入れ替えが提案されると思います。アルニカ殿にはその入れ替えを許可して頂きたいのですよ」

「それは……」


 今現在バランガ島に居る人間は大型機の機密に浸かりすぎている。こちらから適宜コントロールして情報を渡すのならば兎も角、ハルス側へと無差別に流出するのは避けたい。元々、バランガ島へ回された人員は五年は島での作業に従事して貰うつもりだったのだから。それはデュコトムスの技術が陳腐化すると予想される期間でもあった。今現在と言うのは想定されていないタイミングだ。

 

「無論、全員と言う訳では無いです。そうですね……技術指導が出来る数名を戻して貰えれば」

「技術指導?」

「ええ。ハルスはログニスとより緊密な開発体制を構築すべきだという考えが出ていまして。その一環としての技術交流を計画しているんですよ。人員の入れ替えはそれが目的ですね」


 なるほど。分かりやすい話だとカルロスは思う。ただ問題がある。

 

「その提案だとログニスの技術が一方的に流出するだけなんですが」

「無論、こちらからも情報は提供しますよ。手始めにケルベインの根幹技術。それに携わった技術者を代わりに送り込みます」

「はあ……誰です?」


 そう聞いてもカルロスは今一乗り気では無かった。この案の場合、ログニスからの情報流出は確定だが送り込まれる人員がケルベインの全てを知っているとは限らないからだ。流石に特許料チャラだけでそのリスクは犯せない。気の無い返事と共に何気なく問いかけたカルロスに爆弾が叩き込まれた。

 

「私です!」

「………………すみません。幻聴が聞こえました。それで誰でしょうか」

「私です!」


 再度の名乗りにカルロスは絶句するしかない。携わったどころか中心人物である。ハーレイが本気で教えるつもりならば、ケルベインの技術はほぼ全てログニスに流出する事になるだろう。そしてこの暴走人間が器用な小出しが出来るとは思えなかった。そう思わせるためにこれまでの全てが演技だったら大したものだが。

 

「それは、何時もの様なアストナード殿の突っ走った発言では無く」

「内々の話ですがテジン王の許可も得ています」


 その言葉にカルロスはテジン王家――ハルスの本気を感じ取った。デュコトムスがそれだけ評価されているのか――或いは、アルバトロスが龍皇を討滅したという報から今まで以上の危機感を持っているのかもしれない。一刻も早い強力な魔導機士を。その意思が見え隠れする。

 

「……私の一存では返答しかねますが、ノーランド公爵には伝えておきましょう」


 カルロスとしてはそう答えるしかない。本音を言えば即答して握手をしたい所なのだが、ハルスからのその提案はログニスの今後も左右する様な物だ。ラズルに話を通さない訳には行かない。

 

「ええ。お願いします。それで練習機についてなのですが……」

「ああ。そうでした。まあ実際戦闘に使える必要はなく、本当に訓練に使えるだけの機能を持たせておきたいのです」

「贅沢な話ですね」

「ええ」


 大型機の練習機とは言え、かかる費用はウルバールと大差がない。そして実際の戦闘は殆ど考慮されていないのだからハーレイの言うとおり贅沢な使い方だった。

 

「フレームのみ共通にして、装甲は最低限。魔導炉は従来型一基を積んで駆動系もウルバールと共通にすれば」

「魔法は一切使えない、装甲は皆無。稼働時間も短い。でもデュコトムスと同じような挙動が行えると……」


 あくまで操縦感覚だけの再現。当初の予定通り実戦闘など一切考慮されていない機体が完成する。

 

「それにこれもそんなに数が欲しい訳では無いんです。軍の大きな要塞に一機か二機が置ける程度用意できれば良いんです」

「あくまでデュコトムスの数が揃うまでの繋ぎと……分かりました。解体予定のウルバールの工房の一つを一時この機体用に回せるように計画してみましょう」


 そうして密約は交わされた。余程の内容でない限り、現場のトップ同士が気楽に会話をして開発に関する諸々を決めてしまう現在のやり方。賛否はあるが速度が求められる今の時代にはマッチしているとも言えた。

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