22 迷宮突入:1

 幾つかのやり取りを経て――カルロス達は今、ハルス中央砂漠迷宮の中に突入していた。砂漠に広がる魔獣の群れを突っ切り、領地軍の協力の元陣地を確保し、補給線を構築した。そうして迷宮突入の準備を整えた結果だ。

 

 ハルス側からはカルロスの出撃について制止されたが、強行した。クレアからも一度だけ意思確認をされた。

 

『本当に行くの?』

『ああ。二人を助け出さないと』

『そう……』


 カルロスとクレアが交わしたのはそれだけの言葉だ。カルロスはクレアがまだ何か言いたそうにしている事は察していたがそれを問いただす事はしなかった。クレアもそれを口に出そうとはしなかった。クレアが仕舞い込んだ言葉は行かないで欲しいという引き留める物だったのだから。

 対してカルロスにも揺れる思いが有った。クレアを迷宮にまで連れて行く訳には行かない。現状防衛力の下がってるバランガ島へと置いていくのは正直不安だった。苦悩の末、バランガ島にはグラム、テトラ、ライラの三名を残していく事にし、後ろ髪を引かれるような思いで本土へと向かったのである。

 

 久しぶりに動かすエフェメロプテラの調子は悪くは無い。悪くは無いのだが――。

 

「……やっぱり根本的に性能が不足しているな」


 強引に強引を重ねた改造。大本の構造に無理が来ている。カルロスが理想とする能力を持たせるためにはウルバールタイプの初期型新式では不足していた。特にこの低燃費振りは迷宮突入と言う先の見えない、補給路も限られている作戦でははっきりと言えば足手まといになりかねない。それでも無理を言って同行しているのだ。いつぞやの様に全兵装を使う様な場面にならなければ消費はウルバールと大差ないのが救いと言えるか。

 

 ハルス中央砂漠迷宮は大深度迷宮寸前の成長度合いだけあって、通路は大きく広い。それこそ魔導機士がすれ違えるほどに。場所によっては更に広い空間を保持している場所もあれば、逆に人がギリギリ通れるくらいの支道もあった。その内壁を見上げてカルロスは溜息の様な声を漏らす。一面に、葉脈の様に魔力の流れが走り、虹色に淡く輝いているのだ。

 

「――迷宮って初めて入ったけど、見た目はきれいなんだな」

「そうねん……と言ってもこれは薔薇の美しさなのねん」


 カルロスの感嘆の声に、迷宮の戦闘を移動するレヴィルハイドがそう忠告した。幾ら綺麗に見えたとしてもここは魔獣の巣。危険な事には変わりない。

 

「美しい物にはトゲがある。綺麗だからって油断しちゃ駄目なのねん。そう言う心理に付け込んでこの前みたいな結婚詐欺が横行するのねん」

「げふっ」


 思いもよらぬタイミングでトーマスに致命打を与える発言が飛び出してきた。短距離通信の魔法道具越しに苦悶の声が響く。

 

「あらん。どうしたのねん、トーマスちゃん」

「……その話題は止めてやってくれ」


 改めて説明するのもトーマスの心を抉る事になりそうで、迂闊に口にできない。

 

「大体わかったのねん……迷宮経験者のトーマスちゃんは分かっていると思うけど、見ての通り迷宮内は入り組んでいるのねん。目視よりも音の方が頼りになる場面は多いのねん」


 と言っても、今この場にはゴールデンマキシマム、エフェメロプテラ、デュコトムス、ケルベイン二機、更に護衛のウルバール四機と大所帯だ。足音だけでも相応に喧しい。魔導機士その物の駆動音も存在する。そうした雑音の中から魔獣の足音を抽出するのには慣れが必要だった。

 今回の迷宮攻略作戦に伴い、後方には補給物資を積み込んだ部隊が同伴している。似たような構成の部隊は複数存在し、別の迷宮の入り口から突入している。更に地上へと目を向ければ迷宮から近隣の街までのルートを確保する部隊。砂漠自体を包囲し、魔獣を外に逃がさない部隊。そうした実働部隊の多くは国軍と近隣の領地軍によって構成されている。流石に国境守備の部隊からは抽出されていないが、国内の防衛力は低下していると言えた。

 

「しかしタイミングが良すぎるのねん」

「タイミング?」

「この迷宮が魔獣の氾濫を起こすのはずっと前から予見されていたのねん。ただ、その時期はまだ数年は先だと思われていたのねん。この開戦に備えてピリピリしているタイミングで氾濫が起きるというのは嫌な感じなのねん」

「そう言えば……実際に目にしたわけじゃないがログニス陥落時にも魔獣の大量発生が有ったって聞いたな」


 トーマスが思い出したようにそう口に出す。ラズルがその混乱を利用して領地から逃げ出し抵抗勢力の火種となったという話を聞いていた時に出て来た話だ。アルバトロスと開戦のタイミングでの魔獣の大量発生。偶然だとしたら余りに嫌らしい偶然だ。

 

「アルバトロスが迷宮をコントロールしているって事か?」

「そこまで完璧な物じゃないと思うのねん。ただ、私たちが見つけていない何らかの法則を見つけている可能性はあるのねん」


 例えば迷宮の魔獣発生のタイミングを高精度で予期できるかもしれないとレヴィルハイドが一例を挙げた。開戦しようとしたタイミングで氾濫が起きるのではなく、氾濫が起きるタイミングで開戦している可能性もあると。その予測が正しかった場合、余りにアルバトロスにとって都合の良すぎる魔獣の氾濫だ。

 

「その辺りの調査はタタン王家の金糸雀の担当なのねん」

「つーか、その辺役に立つの? 正直俺らタタン王家に良い印象が無いんだけど……」


 復活したトーマスの懐疑の声にカルロスも同意するように頷いた。相手に見えていない事は分かっているけどついつい行ってしまう。

 

「そうなのねん……どこかの誰かがハルスに新式の設計図をばら撒いた時に真っ先に確保して他の王家には情報を渡さずに秘匿する事が出来た……その程度には情報戦に長けているのねん」

「なるほど……意外と優秀だったんだな」

「と言っても、ログニスから報告のあった融法による諜報と比べると見劣りするのは否めないのねん」


 流石にそれは比べる相手が悪すぎる。カルロスはそう思った。相手だけ違うルールの上で動いているのだ。卑怯だと叫びたくなる不公平である。

 

「アルバトロスも融法の諜報員は多くは抱えていない筈だ。大量に居たのならばラズル達はもっと早くに詰まされていた筈だからな。劣る質は数でカバー出来るだろう」


 ログニス王党派が今に至るまで活動できていた事。それがそのまま相手の数がアルバトロス全土をカバーできていない証拠である。ログニスとハルスの見解がそれだった。

 

 ラズルも含め、ログニスの人間は見誤っていた。ログニス王党派が比較的自由に行動できていたのはアルバトロスの意識が既に対ハルス、メルエスへと向いていたからであり、言ってしまえば然程脅威に感じていないが故だった。本腰を入れて取り締まっていたハルス側の諜報網は既にアルバトロスに制圧されている事に、未だ気付いていない。諜報網を構築するには時間がかかる。頻繁に人間を入れ替えていては怪しまれる。そうした事情が絡み合っている以上、諜報網の機能不全に気付いても簡単には再構築出来ないだろう。既にこの戦いに置いて諜報戦では大きく差を付けられていた。

 

「それよりも気付いたかしらん?」


 そう注意を促されて真っ先に気付いたのはやはりと言うかトーマスだった。迷宮探索の経験値に関してはこの中でも断トツである。

 

「聞き取りにくいけど……近くに魔獣がいるな。多分中型が三体に大型が一体。小型は……分からん」


 小型の魔獣に関しては先ほどからプチプチ踏みつぶしている様な状態だ。魔導機士では脅威にならない。だが大型ともなれば話は別だ。

 

「その数なら実験機の相手に丁度良さそうなのねん。まずはケルベインから行くのねん」


 迷宮攻略と並行したもう一つのタスク。選考会の番外試験。迷宮内戦闘能力評価が開始された。

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