40 一つの終り
「如何に千を超える年月を生きる龍族とて、一度は地に落とされている。単独とは驕ったな。イングヴァルド。ただ一頭の龍族で皇を名乗る者よ」
ヤンの乗るベイルアウター。そしてヘズンの駆るヴィンラード。その両機を控えさせて、王の如き威厳を身に纏ってそれはそこにある。皇帝機、大罪機。幾つかの呼び名を持つ機体。グラン・ラジアス。世界に無二を齎す者。
未だ地面に縛られたままイングヴァルドは牙の間から声を絞り出す。
「ならば、貴様は驕っていないというか」
「生憎と、余は弱卒なのでな。こと戦場において驕りようがない。だからこうして策も弄する」
迂闊だったとイングヴァルドは己の判断を呪う。ここまで散々囮に翻弄されてきていたというのに、見せびらかす様に放たれていた魔力も囮だとは気付かなかった。釣り餌では無く、敢えて避けさせることで針路を誘導させるための罠。それにまんまと引っかかってしまった。
「半端に策を弄するから却って嵌めやすい。貴様が己に絶対の自信があるのならば、真っ先に余の首を獲りに来ればよかった。そうでないのならば他の者と連携すべきだった」
囮としていた部隊は新式と、ここまで運んできた大型の魔導炉――つまりは本来街の動力として利用する屋敷サイズの物だけだった。そこを狙われたら遠征軍は勝利したとしても大きな傷を負っただろう。
レグルスにとってこれは賭けでは無かった。この戦がここに至るまでのイングヴァルドの行動を見て、真っ先に自分を狙ってくることは考えにくかった。これまで動かなかった理由が慎重であれ、臆病であれ、はたまた他の理由であれ、参戦するとしてもまずは最も薄いところを狙ってくるだろうと。
そして長耳族と連携を取る事もしないだろうと。こちらも理由としては単純だ。そも、龍族と共に戦場に立てる者など同じ龍族以外にはありえない。イングヴァルドが足踏みをするだけで長耳族達は揺れに足を取られるだろう。それ故に連携など取れるはずもない。それを乗り越えるためには相当の修練が必要だ。だがここまでメルエスとの戦でそれだけの腕を持つ戦士はいなかった。――正しくは、居たのだがイビルピースとの戦いで全滅しているのだがレグルスには知らぬ事だった。
仮に長耳族と同時に攻めて来たとしても、陣地の周囲には増員した融法の適性者による警戒網を張っていた。例え長耳族の魔法適性が人間族よりも優れていようと、適性数の縛りからは逃れられない。兵の全てが融法を持っていない限り、早期に発見できる。
つまりは、やはり遅すぎたのだ。メルエスが勝利するためにはレグルスが参戦する前――イビルピースが出現するよりも前に遠征軍の先鋒を壊滅させるしかなかった。そうする事で初めて勝ちの目が生まれた。
「詰みだ。龍皇。その首を余に差し出せ」
「……驕ってはおらぬと言ったな。無二に魅せられた罪人よ! その態度こそが驕りだ!」
叫ぶと同時。イングヴァルドは翼に全力の魔力を込める。龍族の飛翔は魔法による物だ。その推力が、ベイルアウターの生み出した闇の引力を上回った。全身に錘を付けた様な状態ではあるが、銀色の巨躯は空へと戻る。
「対龍魔法(ドラグニティ)――『|奈落星・墜落(フォールダウン・ブラックホール)』」
だが即座に放たれた対龍魔法がイングヴァルドの自由な飛翔を妨げる。宙に生じた光を呑み込むような球体。まるでそれは星の様だった。強烈なまでの引力を感じるが、翼に魔力を込めている現在、先ほどの様に地面に叩きつけられることは無かった。だが選択肢の一つは封じられた。このままでは飛んで逃げるという事も出来ない。
ベイルアウター。漆黒の魔導機士。あれだけは落とさないと行けないとイングヴァルドは一戦交える決意をした。龍の息吹を最速で放つ――が。
「対龍魔法。轟け。『|飛雷収円刃(フルムーンライトニング)』!」
それを切り裂き、遡る様に円刃がイングヴァルドを襲う。何時もよりも遅い動きでどうにか直撃を避けたが、自慢の龍鱗が弾けてこれまでとは比較にならない傷が刻まれる。傷口が焼かれた事で出血が少ない事だけが救いか。幾つかの傷口が開いて出血を強いる。
「未成熟な龍ではこれでも相応の傷となるか……それに、どうやら本調子ではなさそうだ」
レグルスはどこか落胆した様にそう呟いた。対龍魔法と言えど、人龍大戦時の十大龍ならばこれでようやく多少の傷を負わせられると言った所だっただろう。そうした意味ではやはりイングヴァルドは未だ発展途上。まだ成長の見込みが有った。
そしてレグルスは既にイングヴァルドが満身創痍であった事に気付いた。その理由を考えて――止めた。龍族にここまで傷を負わせられる存在など限られているが、その何れであったとしてもここにイングヴァルドがいる以上、既に撃退された存在だった。横から成果を掻っ攫う様な形となった事に不満はあるが、大陸統一に置いての最大の障害の排除に役立ったのだから文句など言える筈も無い。
「残念だったな、龍皇。万全ならばもう少し抵抗できただろうに」
「舐め、るな!」
明らかにレグルスの物言いはイングヴァルドを下に見ていた。どころか、こちらを一つの命としても扱っていないような物言いに龍皇も激昂した。飛行に大部分の魔力を費やしながらも龍の息吹でグラン・ラジアスを射抜こうとする。その姿を見てレグルスはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「追い詰められたらそれだ。龍族と言うのは何年経っても進歩が無いらしいな――大罪法(グラニティ)、『|大罪・無二(グラン・ラジアス)』」
グラン・ラジアスの大剣から黒い光が漏れる。ある程度の指向性を持ちながらも無差別に放たれていた不活性化エーテライトへと変換する機法が収束し真っ直ぐにイングヴァルドの頭部。その額を貫いた。動きを鈍らされ、更にはイビルピース戦の傷も癒え切らぬイングヴァルドに回避する術は無かった。
イングヴァルドの巨体が力を失う。そのまま落下し――胴体から何かが飛び出した。それを見て眉を顰める。
「今のは臓器か? ……まあ良い」
今目の前にある成果からすれば飛び出した臓器の一部など些事の様な物だ。大陸最強の生物。龍族の遺骸。それを手に入れた。イングヴァルドと言う最強戦力を失ったメルエスは最早アルバトロスに抗し得る戦力は残っていないだろう。事実上、この戦いの勝敗は決まったような物だ。
「さらばだ龍皇よ。貴様の血を以て余が神を殺す所を見ているがいい」
相手が未熟である事に助けられたとレグルスは思う。明らかな第三者の介入が無ければもっと手古摺っていただろう。だが、結果が全てだ。
「……さて、では貴様らの出番だ。息子にも出来た事だ。よもや無理とは言うまい?」
レグルスは後方に控えさせていた一人の男にそう声をかける。その言葉に、男は唇を噛み締める気配がした。
◆ ◆ ◆
イングヴァルドを欠いたメルエスは、それでも尚降伏はしなかった。メルエスとアルバトロスの戦いが終結したと言えたのはアルバトロスの侵攻から四か月。最後まで徹底抗戦していた残存魔法騎士の部隊の最後の一人が息絶えた時だった。
この時点でメルエスに残っていた長耳族は当初の二割程度。実に八割近い長耳族が戦う事を選び、命を散らした結果となった。その一因にはイングヴァルドの敗退後も増え続けた義勇兵にある。
そうして得られた時間。その間に一隻の船が荒れている冬の海へ漕ぎ出した事に気付いた者はいなかった。レグルスでさえ、長耳族達の徹底抗戦がその一隻の船から目を逸らさせるための陽動であることには気付かなかった。
後背の憂いを断ったアルバトロスはいよいよハルスへと歩を進める。東西の大国がぶつかり合う時が直ぐ側に迫っていた。
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