32 自称お姉さん

「あらん? ログニスの開発責任者っていうからどんな冴えない男が出てくるかと思ったけど……中々良い男じゃない」


 トライアルで使用するハルスの古式とその操縦者が到着したと聞いたカルロスは一昨日同様港まで迎えに行っていた。感じていたのは先日からの身体の芯が響きあう様な物。その相手が直ぐ側にいるという事が分かり、ハルスが大罪機を保有しているという推測は確信に変わった。

 そこまでは想定内。想定外だったのはその存在感。大罪機としては半端者であるエフェメロプテラは言うまでも無く、グラン・ラジアスよりも遥かに強い。近寄って感じる圧はヴィラルド・ウィブルカーンに匹敵――どころか上回っている。

 魔導機士が変生して完成する大罪機で神権機を上回るとは一体どんな経緯で生まれた機体なのか。

 

 だがそんなカルロスの思索を断ち切るほどに圧倒的な存在感を放つ人物が船から降りてきた。

 

 次元が違う。格が違う。その視線を見た瞬間に、カルロスは蛇に睨まれたカエルの様に身動きが取れなくなる。そんな風に固まったカルロスにかけられたのが最初の言葉だ。

 

「大人のお姉さんを前にして緊張しているのかしらん? ふふ、可愛いのねん」


 その言葉を聞いてカルロスは全身を震わせる。

 今すぐにでも逃げ出したい。だというのに身体が動かない。

 

 その人物はそんなカルロスを見て笑みを深めた。そして、野太い声で続ける。

 

「そう言えば……貴方はお仲間なのよねん」

「ひ、人違いじゃないでしょうか」


 どうにかカルロスは喉からその一言を絞り出した。背まで届く金髪。長く伸びた揉み上げと合わさって、獅子めいた印象を相手に与える。そして恐らくはネリンをも上回る胸部装甲の持ち主。問題はそれが全て筋肉という事だが。

 

 男である。その彼が女装と言うのも烏滸がましい雑な化粧をして女物の服に丸太の様な手足を窮屈そうに押し込んで立っていた。まるで悪い意味でステレオタイプなオカマだった。化粧をしていない状態は推測するしかないが、普通にしていればもう少し女性らしく見えるはずだった。わざとそんな姿にしているとしか思えなかった。

 

「嘘は駄目よん。お姉さんにはお見通しよん」


 その時カルロスの頭を過ったのはつい先日、ハーレイが雑談の中で聞いてきた事だった。そう言えば君たちログニスの人間は同性愛者が多いって聞くけど本当かい? と。そんな事は聞いたことも無いと否定しておいたが……その事だとしたら。

 

「あ、あの、俺……好きな人がいるので!」

「あら。素敵ね。恋する男の子は嫌いじゃないわ」


 逆効果だった! とカルロスは流れもしない汗が大量に流れ落ちる光景を幻視する。何時の間にか置かれていた巨大な掌がカルロスの肩をしっかりと掴む。まるで万力に挟まれたかのように身体が動かせなくなる。単純な力比べでカルロスに勝てる者は殆どいない。相手の常識外れの腕力はカルロスに恐怖しか与えない。

 

「ほら、見てみてくれるかしらん。この胸のドキドキを」


 それは胸筋が動いているだけだと突っ込む余裕も無い。カルロスの思考がパニック一色に塗りつぶされそうになった時――。

 

「ハルスからの客人。うちの重要人物から離れて貰おうじゃないか」


 決して離れないと思った相手の腕が肩から外れた。カルロスは殆ど這いずる様にして彼から距離を取った。そのカルロスを守る様に前に立ったのはカルロスも久しぶりに会う相手だった。

 

「マリンカ!」

「久しぶりだねえ。カール」


 カルロスだと言っても紅の鷹団の面々は当時名乗っていたカールと呼ぶ。裏切ったカルロスを攻めることも無くこう呼んでくれるのは全て捨てたつもりのカルロスにとっても嬉しい事だった。この危機的状況を助けてくれた彼女が天使に見えた。今なら躊躇いなく靴を舐められる。

 

「それで、何をするつもりだったんだい。危害を加えようというのなら――」


 マリンカが僅かに腰を落とす。対面の相手も視線を鋭くした。不味い、とカルロスは直感した。ここで一戦交えるような事態となれば選考会が最悪中止となる。ログニスとしてはこれ以上手札を失う訳には行かない。

 

「ま――」


 マリンカの名前を呼ぼうとしたのか。待てと制止しようしたのか。カルロスにも判別が付くよりも早く。雷鳴のような声が轟いた。

 

「何て勿体ない!」

「へ?」

「ほ?」


 飛び出しかけたマリンカが虚を突かれてたたらを踏んだ。これを狙っていたのだとしたらマリンカは手痛い反撃を受ける事になっていただろうが、幸い相手にその気は無い様だった。

 

「あなた! 一体その格好は何!?」

「え……普通の皮鎧だけど」

「あなた戦いを生業にする者ね? 確かに戦場では気を遣う余裕がなくなるけど……それでもおしゃれの心を捨てちゃ駄目よん!」

「え? ええ?」


 そんな事を言われるとは全く予想もしていなかったのだろう。紅の鷹団の団員が同じ事を言ったのなら一言怒鳴って殴り飛ばして終了だろうが、相手が違うと勝手も違うらしい。どう対処していいのか分からなくておろおろしている。

 

「素材は良いんだから……こんなガサツな男達と同じような格好していちゃ勿体ないのよ!」

「いや、その……」

「女の子にとってお洒落も戦場よ! あなたは今、戦わずして負けているの!」

「いや、だってその……あたしなんかがお洒落したって可愛くなんてならないし……」

「何言っているの! お洒落は神が人に与えた最強の力よ! 可愛くならない女の子何ていません!」


 お洒落は神権だったのか、とカルロスは投げやりにそう考える。こうして強烈なインパクトを持つこの男から離れると、先ほどの発言の真意が分かる。微かな共鳴感覚。この漢こそが今バランガ島に運び込まれた大罪機の乗り手なのだと。

 

「ちょっとこの子を借りていくわよ! 後で話しましょう。兄弟!」


 後輩の次は兄弟か。カルロスはそれ以上考えるのを止めた。怪力のマリンカが、力任せに引き摺られていくという珍しい光景を見ても心は動かない。今のカルロスは石である。

 

「ちょ……助けてカール!」

「……仮にも同盟相手だ。命は取られないだろう」


 大罪機の乗り手同士の共感とでもいうべきか。悪い人間ではなさそうだった。故にカルロスは安心してマリンカを見送れる。ハルスの船に担ぎ込まれる彼女を見送って。カルロスは困った顔をしているハルスの担当官に同情の視線を送る。名前も聞いていないあの男を一緒に迎えに来たのだが、段取りは狂いまくりだろう。

 

「ハルスには人の話を聞かないのが多いな……」


 そう声をかけると力の無い声が帰って来た。

 

「あの二人が特級の例外なんです……」


 テジン王家と、テュール王家の問題人物。きっと後二人くらいいる。カルロスはハルスの担当官の言葉を全く信じていなかった。

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