30 欠陥機

 そしてさっそく転んだ。

 

 地面に溝を刻んで、新品の装甲を歪ませたデュコトムス。砂煙の中を突っ切りながらカルロスは装甲に手を振れて解法で損傷状況を確認する。

 

「よし、フレームは歪んでないな」

「俺の心配もしてくれよ!」


 機体しか見ていないカルロスに、背部ハッチを開けて飛び出してきたトーマスが文句を言った。その勢いのままトーマスは叫ぶ。

 

「っていうかダメダメじゃんか! 手足の動きは大分ましになったけど凄いふらつくぞ!」

「バランス調整の補正が間に合ってないんだよ。リレー式だとそのサイズの機体の補正は間に合わないんだ」


 厳密に言うと、魔導機士の機体は意図的にバランスを崩してある。そうする事で完全な静止状態になる事を避けて咄嗟の動きをしやすくしているのだ。何事も、完全に止まった状態よりも動いている状態の方が動かす為に必要なエネルギーは少ない。

 その為、直立させるにも操縦が――延いては魔法道具による補佐が必要だ。今回はその補佐が間に合っていなかった。

 

 リレー式は言ってしまえば複数の魔法道具を物理的に連動させている状態だ。ドミノの様な物と言っても良い。従来型のサイズでは間に合っていたバランス調整も、大型化した事によって計算が複雑化。結果、補正が間に合わず時間が経てば経つほどバランスを損なっていくという状態だ。

 これはもう根本的なリレー式コントロールユニットの限界だ。今カルロスが作っているライター式のコントロールユニットが完成しない限り改善されることは無い。

 

「此処までとは思わなかったぞ」

「口で説明するよりも一度乗った方が理解が早いと思ってな……」

「え、っていうか。俺こんなので模擬戦するの? マジで? 完全に欠陥機じゃん」

「欠陥機言う無し……何とか頑張ってくれ」


 とは言えカルロスも今のデュコトムスを形容する言葉に欠陥機以外の単語を見つけられない。機体の不備を操縦者に補わせるなんて無能も良いところだとカルロスは自嘲する。幾らトーマスと言えど、この状態ではまともな機動を取れるかも怪しいところだ。

 トーマス自身は死とは縁遠い存在ではあるがそれも絶対では無い。万が一核となっているブラッドネスエーテライトが破壊されたらカルロスの生み出したリビングデッドと同様に崩壊するだろう。

 

「だあ! ふらふらしてやりにくい!」


 拡声器越しにトーマスのイラついた叫びが聞こえてくる。まるでつかまり立ちを覚えたばかりの子供の様なよちよち歩きにカルロスは何となく甥っ子を思い出した。まだジュリアスの方がしっかりした足取りだった様に思える。

 

「なあカルロス! もうバランサー引っこ抜いちまおうよ! 邪魔なだけだ!」

「バランサー無ければ歩くのも厳しいと思うが……ちょっと駐機体制になってくれ」


 取り外すとまでは行かずとも、コントロールユニットの一部を不活性化させればいい。そう考えれば難しい事では無かった。よじ登ったデュコトムスの背から入り込んだ操縦席の中でカルロスは機体の調整を行う。トーマスの言葉にも一理あるのだ。最初からまともに動いていないのならば、思い切って止めてしまった方が良いかもしれない。

 

「これでよしっと……本当に何も補正かかってないから気を付けろよ?」

「おう。任せてくれ」


 大丈夫かなあ、と思いながらカルロスは少し離れた所から見守る。案の定、幾度と無く転んで地面に溝を量産していく。余りに荒れてしまうと整地の必要があるのだが……それどころでは無い。

 

「不味いな……流石にこれは……」


 バランサーの機能不全は致命的だった。そろそろとした足取りでならば問題は無いのだが、戦闘機動などあれでは論外だ。コントロールユニットの調整でトーマスに乗って貰った時はその忍び足の様な状態の確認しか出来なかった。島の魔導炉から切り離されて単独での確認が行えるようになったのが今日なので発覚がここまで遅れた。もう少し早ければ……と思わないでもないが、そもそものリレー式では解決が困難な事象だ。対策も難しい。

 

 カルロスが乗れば何とか動かせると言った状態だったのだが、トーマスには厳しかったらしい。そもそもカルロスの場合もそれはもう操縦じゃないと断言できる状態――自分の身体と同一化させるという物だったので彼もまともに操縦は出来ていなかった。

 

 あの様な赤子歩きで戦闘など望めるはずもない。どうにかして選考会を引き延ばす方向で考えた方が良いかもしれないとカルロスは思い始めた。

 

「トライアル計測を一番最後に回せばそこで一週間は時間が稼げる。開催その物を一週間遅らせて……二週間でライター式を形にする。出来るか……?」


 不眠不休で作業を行えば可能かもしれない。ただ、その間カルロスは予定していたお偉いさんの案内と言う役割は全て放棄せざるを得ない。表舞台から遠ざかっているクレアに代役を頼むわけには行かない。テトライラは論外。そうなると消去法でグラムに代わりを頼むべきだろうか。だが彼も彼で武装班の指揮を任せている。今度はそちらが遅れるとなれば問題だ。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。カルロスが調整の難しい今後の予定について思索する。ふと気が付くとデュコトムスが地面を滑る音が聞こえなくなっていた。代わりに聞こえてくるのは雄々しく大地を蹴る音。

 

 意識を引き戻されて顔を上げたカルロスの視界に飛び込んで来るのは先ほどまでの醜態が嘘の様に機敏に動き回るデュコトムスの姿。

 地面に足跡を刻み込んで疾走。一際強く踏み込んで跳躍。空中で機体を捻り、単調な放物線とならない様に軌道を変更しながら腕を振っているのはその手にクロスボウを握っていると想定しての模擬射撃だろう。着地から間髪入れずに再度の疾走。ウルバールを超える駆動系は重量の増加した機体を力強く加速させる。

 

 この光景を見てあの機体はバランサーが無い欠陥機であるなどと信じられるだろうか。新型機の名に恥じない機体機動だった。

 

「おーいカルロス! やっぱりあれ、無い方が良いぜ!」


 幻覚でも見ているのかと疑ったカルロスはトーマスの言葉で現実に引き戻された。まさか、バランサー無しであそこまで動けるとは、と言う驚きしかない。機体の背中から上半身を出して手を振るトーマスに手を振りかえす。

 また慣熟に戻ったトーマスを見送り、小さく首を振って呟く。

 

「俺も後でやってみよ」


 トーマスに負けっぱなしと言うのは少々納得が行かない。第一人者は自分だという自負があった。何だかんだで彼も負けず嫌いである。

 それはさて置いて、カルロスは表情を綻ばせる。これだけ動けるのならばトライアルは問題ない。模擬戦も悪い結果にはならないだろう。何とか予定通りになりそうだとカルロスは安堵の息を吐いた。

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