28 名付け
ログニスの工房に戻ってきたカルロスは一応の完成を迎えた試作機を見上げる。その隣にカルロスは先ほど見たケルベインの姿を脳裏で並べてみる。
「……太いな」
単純にサイズが大きいという事を差し引いても、こちらの機体の方が一回りは大きい。ケルベインが軽装の歩兵だとしたら試作機は重装歩兵だ。
「改めて見ると本当にデカいよな」
「そうね……」
気が付いたら隣に立っていたクレアにカルロスはそう声をかける。本当に組み上がったのはつい先日。トーマスには慣らし運転が二日程度で選考会に挑んでもらう事になる。
「それで、クレアの言っていた技術流出対策ってのは何なんだ?」
「ふっふふ。これよ」
得意げな笑顔と共に示されたのは機体では無く、工房の片隅に設置された見慣れぬ魔法道具だった。一見すれば魔導炉の様だが、伸びるのは白金繊維でも水銀循環式魔力伝達系でも無い。変哲もないホースとその先端に付けられた漏斗の様に先が細くなっている器具だ。
「これ?」
「そう。名付けてエーテライト液化装置よ!」
「お前、俺にネーミングセンス無いとか言える資格ないと思う」
「分かりやすさ重視よ。カスのは……単純にかっこ悪いじゃない」
「はあ?」
「やるのかしら」
センスに関してだけはどうしても意見の一致を見ることの無い二人は火花を散らし合う。グラムとテトラが何時もそうしている様に睨み合っていると若干呆れた顔をしたグラムが溜息を吐きつつ言う。
「二人ともじゃれてないでくれ。作業の邪魔になる」
「お前が言うな」
「アッシャーが言わないで頂戴」
「何でだ!? 後息ぴったりだな!」
ショックを受けた様子のグラムには残念なお知らせだが、二人の意見は非常に真っ当な物だった。これほど見事なお前が言うなも珍しい。
「それで、エーテライトを液化する事がどう流出対策に繋がるんだ?」
「答えは簡単よ。液化エーテライトが無いと、この魔導炉は動かない」
「ほう」
堂々と胸を張るクレアは続けて説明する。
「現状、エーテライトを液化、直接魔力に変換する技術はログニスの独占だわ」
「そうだな。液化に関しては俺が今初めて知ったレベルだし」
「拗ねないでよ。つまり、この機体が万が一奪われたとしても早晩魔導炉への補充が出来なくなって動かせなくなるわ」
「なるほど。液化エーテライトによる運用に特化した魔導炉ではそう言うことも出来るのか」
これについてはグラムの方が理解が早かった。一拍遅れてカルロスにも理解の色が広がった。
「従来型に差し替えても魔力不足で碌に動かせない。まあ大型機の技術流出は避けられないけど最悪にはならない、って事か」
「そういう事よ」
地味ではあるが、効果的な対策だった。機体運用に必要な技術。その一つを前線に出さなくていいというのは鹵獲のリスクを下げるだろう。少なくともエーテライトの液化に関してはクレアの様な発想の出来る所謂天才が必要になる。ジュリア・クライス・クラリッサを始めとしたアルバトロスの研究者が辿り着けるかどうかだが――少なくとも年単位の時間は稼げるだろう。
「悪くないな」
「いや、カルロス。素直に認めよう。悪くないどころか、液化したエーテライトは純度を上げるのも容易だ。純粋なエーテライトだけを輸送可能になるっていう事だぞ」
「分かってる。問題は、そうした時にウルバールとのエーテライトの互換性がな……」
量産した際にはウルバール用の固体のエーテライトと大型機用の液化エーテライト。その二つを前線に輸送する必要がある。却って補給経路を圧迫する結果に繋がらないかが心配だった。
「あら。ならウルバールも新型炉に換装すればいいわ」
「簡単に言ってくれるなあ……」
その折衝を行うのにあたって苦労するのはラズルなのだろうが、検討する価値のある提案だった。ウルバールの筐体には上昇した出力を活かす為の機能が無いが、継戦時間を大幅に伸ばしてくれるだろう。それは戦場では重宝される性能だ。
「まあそれはラズルに提案してみる。液化エーテライトのお陰で積載量もアップか……。俺の計算した物よりも稼働時間は増えてるな」
「1.1倍と言った所ね。丸一日の稼働は不可能よ」
「無補給で19時間か……大型機だけに大喰だな」
ウルバールと比べてもやや短い。ケルベインは燃費も良くなっているという事だから性能が上がりつつも稼働時間が増えている可能性もあった。
「ところでグラムは何でここに来たんだ?」
「危うく忘れるところだったな。あの二人からの伝言だ。ごめん、まだ武装の感想には時間がかかる……だとさ」
「まあだろうな……大型機にはクロスボウを持たせておくさ」
「完成次第交換するしかないわね」
「そういう事だ」
テトラもライラも遊んでいる――かもしれないが真面目にはやっているだろう。それでも間に合わないのだから仕方がない。想定されていた事態でもあるので既に準備は出来ていた。
「それはそうと、この試作機名前はどうするんだい? 何時ぞやみたいにずっと試作機だの一号機じゃ呼びにくい」
そのグラムの言葉にカルロスとクレアの視線が一瞬交錯した。そして互いに競い合う様に口を開く。
「デュコトムスね」
「スーパー――」
「デュコトムスか。良い名前だ」
「スーパー……」
カルロスの発言は聞こえていなかったかのようにグラムはクレアの付けた名前を褒める。カブトムシの古い呼び名だが、確かにこの機体は厚い装甲と強力なパワー。似ていると言えば似ている。カルロスもそこは認めるにやぶさかでは無い。
だがこの身体になってから涙が出ないのは幸いだったとカルロスは思う。じゃなかった今頃人目も憚らず泣いていただろうから。
「そう拗ねないで頂戴。カス。ただカスのセンスはちょっと万人受けしないというか……」
「そう言うのが好きな人もいるさ。多分な」
「お前らフォローするならもっと気合い入れてフォローしてくれよ!」
若干雑な慰めにカルロスは叫ぶ。トーマスの気持ちが今になって分かる。もう少し優しくしてやろうと心の中で誓った。
「そう言えば紅の鷹団の連中から聞いたんだが、カブトムシって揚げて食べると美味いらしいぞ」
「……想像できないわね」
「……あの二人には言うなよ? 試そうとするから」
そしてグラムは巻き込まれてしまうのだろう。工房の入り口に背を向けているグラムはまだ気付いていない。だからカルロスは先に言っておくことにした。
「すまん。グラム」
「何がだい?」
「もう遅い」
カルロスの視線を追い掛けると興味深そうな顔をしていたテトラとライラが工房の入り口に立っていた。
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