19 地下の男たち

「いやー最高だな」


 ガランが手ぬぐいを額に乗せたままご機嫌な様子でそう言った。彼の声が地下空間に反響する。それに応じるように、ラズルも明らかに機嫌が良い事が分かる声音で言う。

 

「全くだ。これだけの規模。うちの本家にも無かったぞ」

「ノーランド家にも無いってすげえな……」

「公衆の物なら……いや、それでもこのサイズはそうそうないな。王都に一つだけあったと記憶しているが……」


 ログニスを支える四家の一つ。大陸内でも上から数えた方が早い大家にも存在しなかったと聞かされて逆にトーマスは恐縮している様だった。足先だけ入れて恐る恐る全身を浸していく。ケビンは記憶を手繰ってそれに匹敵するサイズの物を挙げるがむしろそれはこの場の規格外を証明するだけだった。

 

「はっはは! もっと褒めたまえ。僕らで暇を見て頑張ったんだからな!」

「やー全くだ。岩盤掘り抜くのとか凄い時間かかったよな」


 この空間を演出した二人が得意げな顔を隠そうともせずに自慢げに言った。大変だった苦労話を語っているがどう聞いても褒め待ちだった。それが分かったラズルは素直に褒め称える事にする。

 

「ああ、二人の働きは素晴らしいな。良くぞこれだけの物を誰にも気付かれない様に用意した」


 ――きっかけはそう大した物では無かった。何となく、カルロスが穴を掘り始めたのが大本だ。その時点で少々首を傾げたくなるきっかけだが、一応動機はまともなものだ。エフェメロプテラを秘匿する為の地下格納庫を作れないかと言う地質調査を始めたのだ。結論から言うと魔導機士を格納できるほどの地下空間は危険という事で却下された計画だが、人間が気楽に過ごす為のスペースならば十分に可能だ。最初はカルロスが秘密の部屋感覚で作っていたのをグラムが見つけ、ケビン達に明かし、ラズルを誘って気が付いたらここは男たちの秘密基地になっていた。

 

 最近のカルロスとグラムの活動は、合間を見て地下を掘り進めている事だった。カルロスの解法による分析から――地下に地熱によって暖められた水源、つまりは温泉がある事が分かっていたからだ。ハルスでは気候の関係か、湯船に浸かるという文化が無かったため彼らは少しばかり風呂と言う物に飢えていた。その結果が只管に創法で地面に穴を穿つという作業であり、掘り当てた温泉を自分たちで楽しむための地下空間だった。

 

「やはり風呂は良いな……」

「ああ……最高だな」


 しみじみと呟くラズルにグラムが気の緩んだ表情で同意した。砂っぽい環境で、彼らも彼らでストレスが溜まっていたのだ。故郷から遠く離れた異国の地。文化も気候も何もかもが違う土地でその程度のストレスで済んでいるのは幸いと言うべきだろう。

 

「水浴びも良いけどやっぱ風呂は別格だよな」

「流石に水の中でこうしてのんびりも出来ないしな」

「まあ迷宮の中だと水浴びも出来なかったんだけどな……」


 その言葉をきっかけに彼らの迷宮暮らしに興味を持った三人が聞き返すと彼らの迷宮での武勇伝が始まった。同じ様な迷宮内の探索の依頼で潜っていた傭兵との共闘やら魔獣の群れに遭遇してどうにか切り抜けた話など彼らの話題は尽きなかった。

 

「それから最後に潜った迷宮だが……あれなら魔導機士が入り込めるな」

「迷宮が深くなればなるほど通路も広くなるっていうけどあれは本当だったのか」

「ああ。まだ大深度迷宮と呼べる物じゃなくてもあれだけの広さだ。大深度迷宮何て魔導機士の編隊で進めるんじゃないか?」


 大陸の癌とさえ呼ばれている大深度迷宮を排除する事が出来れば人類の生存域の安全性は更に高まる。何れは閉所での戦闘を主眼に置いた迷宮攻略用の魔導機士を考える必要があるかもしれないとカルロスは思った。

 

「そう言えば新しい機体今作っているんだろ、カルロス」

「あ、俺も聞いた聞いた。何かスゲーのだって!」

「乗ってみるか、トーマス? ちなみに最初のは多分操縦感覚から滅茶苦茶だから死ぬ気でやらないと死ぬが」


 興味津々のトーマスに、カルロスは意地の悪い笑みを浮かべてそう言う。実際、フレームの大型化によって操縦感覚は大きく変わる。第一弾の操縦系からその全てに追随できるとは思えないので、恐らく当面は動かしながら作り込んでいく事になるだろう。そんな状態の魔導機士は高価で巨大な棺桶と大差ない。

 

「え、遠慮しておく……」

「余としては三人は迷宮の方を頑張って貰いたいな。極論、魔導機士の試験操縦者は紅の鷹団から選抜しても良い。だがお前たちの様に迷宮探索の経験を積んだ者は希少だ。その経験を活かしてほしい」


 ラズルからするとそう言う考えらしかった。カルロスとしても、以前は彼らしか操縦者がいなかった第三十二工房の時代と違って今は操縦者を任せられる人間は複数いる。今回は新型機開発という事で更に絞り込む必要があるが、零では無い。ならば彼らにしか出来ない仕事をしてもらうのが良いだろう。

 

「まあ完成した暁にはお前らにも乗って貰うから覚悟しておいてくれ」

「ちゃんと動く物なら大歓迎だ」


 ケビンが三人を代表してそう答えた。実績を積んで来たので段々と彼らが調査する迷宮も深い物が増えてきた。何れは魔導機士で探索も行う事になるかもしれない。彼らにとってもその時に強力な機体が得られるというのは有難い話だった。

 

「それから、カルロス……相談があるんだが」


 トーマスが控えめにそう話を切り出す。

 

「相談?」

「ああ……実は結婚したい人がいるんだ」


 カルロスが盛大に咽た。ケビンとガランは心当たりがあるのか軽く頷いた。グラムは驚いた表情を作り、ラズルは呆れたように首を振った。

 

「やれやれ、スレイ先輩。己から墓場に足を突っ込むとは愚かな事を……」

「遊び回ってるお前と一緒にするな……で、結婚って……本気なのかトーマス」

「ああ、本気だ……と言ってもまだ申し込んでもいない状態だが」


 カルロスは長い息を吐きながら天を仰いだ。今年で彼らも二十一を数える年だ。適齢期が十八かその辺りと考えるとむしろ遅い部類になる。だが自分たちでそんな話題が出てくるとは……と言う思いもある。

 

「それでカルロスに聞きたいんだが……俺達って子供作れるのか?」

「……何でそれをアルニカに聞くんだ、お前?」


 一人、事情を知らないラズルはそう疑問を口にするが、上手いごまかしの思いつかなかったカルロスは適当に言葉を濁す。

 

 そしてその話題はカルロスにとっても些か以上に重大な物だった。

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