13 バランス
「出力が足りないか……」
「ええ。フレームサイズをもう少し小さくするとかしないと……」
「うちの技術力じゃ駆動系の出力を高めるとサイズが大きくなる。サイズ当たりの出力比は高くなるんだけどな……」
兎に角コンパクトにまとめる事が苦手なのだった。
「まあ正直、ギリギリだと今後の発展性が皆無だったから対策は考えてあった」
「後から言うなんて人が悪いわね。それで、対策って?」
「魔導炉を二つ乗せる」
あっさりと言うカルロスにクレアは再度額に手を当てた。本気で頭痛を覚えている様だった。
「ごめんなさい、もう一回言って貰えるかしら」
「魔導炉二個乗せだ」
「頭が痛いわ」
「疲れてるのかもな」
「疲れさせられているという発想は無いのかしら?」
そんな軽口を叩きあってクレアは改めてカルロスの話を聞く姿勢に入る。
「具体的なサイズを聞いていなかったけど、フレームは倍のサイズにするのかしら?」
「いや、1.5倍……大体15メートル辺りだ」
「一応言っておくけど、新型魔導炉をそのサイズに二個積むのは無理よ」
「ああ。分かってる」
「だったら――」
「だから詰めるように小型化してくれないか?」
再度あっさりというカルロスにクレアは酸素の足りない魚の様に口元をパクつかせた。ちょっと間抜けで愛嬌があるな、と思ってしまったのはカルロスの惚れた弱みか。
どうにか正気を取り戻したクレアは喘ぐように言葉を発する。
「本気で言っているの?」
「ああ。本気だ。というか、ずっと考えていたんだが魔力絡みは根本的に手を加えない限り、新式の性能は現状で頭打ちになる」
それは魔導炉から毎秒生み出される魔力の量と、魔導機士が全体で使う毎秒の魔力消費のバランスの問題だ。何らかのブレイクスルーが有れば別だが、基本的に魔導炉の出力が機体性能を大雑把に決めると言っても良い。そう言った意味ではエルヴァートは秀逸なバランスの機体だったと言えよう。あれは最初期の中型魔導炉の出力を活かしきった機体だ。
ケルベインもそこに近い。彼らはそこに敢えて機体の性能を尖らせることで一部能力で突出させている。
そうした機体群を超えるにはどこかで帳尻を合わせる必要がある。古式であってもその縛りからは逃れられていない。ただ彼らは失われた技術によって作られた高出力の魔導炉によって性能を支えられているだけだ。――それさえも対龍魔法(ドラグニティ)を使用するには足りていない。
「出力か消費か……どちらかには手を加えないと」
「それで出力をまずは変えると?」
「というか一番変えやすいと思ったんだよ。違ってたら違うって言って欲しいんだけど、この新型魔導炉の小型化って難しくないよな?」
「まあそうね。今までの方式よりは楽だと思うわ。エーテライトの崩壊速度を調整してあげられるようになったから制御機構は大分簡略化できるし」
「それじゃあ後はよろしく」
「待ちなさいカス」
自分に全て丸投げしようとしていると感じたクレアは何故か自分の部屋から立ち去ろうとしているカルロスを引き留める。
「せめて具体的な数値を出して行きなさい! 私も他の人にどう説明すればいいのか分からないわ!」
「ちょっと待って。図面を引くから明日まで待っててくれ」
そう言いながらカルロスは製図器具を取り出して白紙の上に次々と線を引いて行く。その横顔を見ながらクレアはそっと溜息を吐いた。あっと言う間にカルロスは集中している。その没我振りは隣にクレアがいる事も忘れ去っている様だった。
「本当に、夢中になると何時もそうなんだから」
呆れたように、どこか憧れるようにクレアはそう呟く。こうなってしまってはクレアが何を言ってもカルロスは手を止めないだろう。一先ずどんなサイズの物を要求されるかを想定しながらクレアは小型化案を考える。
「……単純な話として、エーテライトの崩壊速度を速めれば出力は上がるのよね。その分エーテライト消費が激しくなる訳だけど……」
現状は、炉の中のエーテライトが不足するたびに新たなエーテライトを追加で投入しているのだが、その機構も無駄が多い。何より結晶化状態のエーテライトを詰め込むタンク部分にも隙間が多過ぎるのだ。そうした諸々も見直すべきだろうかと頭を悩ませる。
「そうね。要は固体なのが悪いのだわ」
閃いた、という様にクレアは指を鳴らした。これならばカルロスが余程の無茶を言って来ない限りは何とかなるかもしれないと打開策を思いついたクレアは軽い足取りで彼女の研究室へと向かった。これから数分後に、クレアによって彼女のチームが絶望に叩き落されることになるのだが致し方の無い話だ。
クレアが退室した事にも気付かずにカルロスは図面を引く。魔導炉を二つ乗せる。機体が大型化した分、内装のスペースには余裕が出来ている。現在のサイズで二つは厳しいだろうが、多少の小型化が叶えば二つ乗せる事も難しくは無いだろう。
「その分、エーテライトの貯蔵タンクを拡張して。それから戦闘補助の魔法道具も……ここらへんは既存の物を流用して工数を削減して……」
鼻歌でも歌いかねない調子でカルロスは図面を書き続ける。手が一瞬たりとも止まる事は無い。既にカルロスの頭の中には完成形が見えていた。
「駆動系はこの前テストした外部強化ユニットの仕様そのまま取り付けてっと」
失敗作の烙印を押された装備だが、そこで培った技術は無駄にはならない。最新鋭機の一部として生まれ変わるのだ。
「操縦系の魔法道具も……手を加えないとな。サイズが違い過ぎるし新しい機能も多い。いっそライター式に切り替えるか。特許料は必要だけど、そっちの方がスペース少なくて済むしな。どうせ今後はこっちが主流になるだろうし」
再三検討を行ったが、やはり魔導機士サイズではリレー式よりもライター式の方が向いている。それは覆しようの無い事実だった。悲しい事だがそこは認めて良い物を取り込んでいく姿勢で行きたいと思うカルロス。
「そして、腕部に武装供給可能な機構を加えてっと」
以前に検討していたクロスボウへの魔力供給。それを更に発展させて今度現れるであろう魔力を必要とする武装の為の供給機構を取り付ける。
「ふっふふ。これが規格化されたらまたお金が入ってくるぞ……」
だいぶ先の話になるだろうが、もしそうなれば今回の様に資金に困る事は減らせるはずだ。共通規格は素晴らしい。カルロスは今回奪われたリレー式のシェア分は取り戻す気満々だった。
「……出来た」
そして再びの徹夜から夜明け。他の人間が動き出した辺りでカルロスは、遂に彼も満足の行く図面を引き上げた。――その隅っこに図面名としてスーパー新式などと書いてあるのは彼の為にも見なかった事にすべきだろう。
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