12 理論値

 目が覚めたら研究所の医務室だった。外界から独立しているバランガ島の施設らしく、ある程度まではこの医務室で処置が行える程度には充実した設備を持っているが今回はベッドだけが活躍したようだった。

 

「目が覚めたか」

「グラム……か? 俺は……」

「行き成り倒れたんだ。大丈夫か。指は何本に見える?」

「六本……お前、幻像作ってるだろう」

「良かった正常そうだな」


 非常に雑な確認をされてカルロスは身体を起こした。

 

「どのくらい意識を失っていた?」

「三十分くらいだ。誤魔化すのが大変だったんだぞ。触診でもされたら大騒ぎだ」

「まあ動いていなければ完全な死体だからな……」


 改めて自分たちの歪さを実感させられる。間違いなく昏倒の原因は神様だろうとカルロスは当たりを付けているが、それを説明するのも難しい。頭がおかしくなったと思われては元も子もない。せめてグランツに事の真偽を確認してからだ。

 

「やっぱり無理が祟ったんじゃないか? 少し休みを入れたらどうだ?」

「図面が書き終わったらな」


 そこまで作業が進められたらしばらくは機体の部品加工などで待ちの時間が生じる。逆を言えばそこまで進めないと他の部署は作業を進められないのだ。

 

「今、いい感じなんだ。この流れを途切れさせたくない」

「……分かった。確か近い内にクローネン達も戻ってくる。そこら辺で一度しっかり休みを取ろう」

「そうだな……地下のあそこに行くというのも良いな」

「ふっ。名案だな。ノーランドも誘ってみよう。多分腰を抜かすぞ」

「違いない」


 凄い事に成りつつある地下の秘密の空間を思い浮かべてカルロスとグラムは顔を見合わせて笑う。男だけの秘密の場所だ。

 

「それじゃあ僕は戻るぞ」

「面倒を掛けた。ありがとう」

「気にするな」


 今回は上手くグラムが誤魔化してくれたが、次も偶々近くに事情を知っている物がいるとは限らない。次の接触があるかは分からないが、昼間は避けて貰いたい物だ。言って考慮してくれるかどうかは謎だが、一応こちらの話を聞こうとはしてくれている。言うだけ言ってみるべきだろう。

 

 さて、思わぬ介入で中断されてしまったが早速新たな図面の作成に入ろう。そんな事を考えながら部屋に戻ってきたカルロスは凝り固まった身体をほぐす様に大きく伸ばす。思えば、三日間着替えてすらいなかった。汗などの代謝活動とは無縁だが、袖口辺りが乾ききっていなかったインクで薄汚れている。

 一先ず着替えようと上着を脱いで上半身裸になった辺りで僅かに困惑する。

 

「……着替えどこにしまったっけ」


 そもそも前回洗濯に出した物はどこだろうかと部屋の中をうろうろしているとノックも無く部屋の扉が開けられた。

 

「カス! 倒れたって聞いたけど大丈夫なの!?」

「の、ノック位しろよクレア!」


 咄嗟に引き寄せたシーツで上半身を隠しつつカルロスは叫ぶ。下は脱いでいなくて助かったという安堵と、非常に情けない格好になってしまった事への屈辱。そんなカルロスをクレアは鼻で笑った。

 

「何を今更恥ずかしがっているのよ」

「誤解を招く発言しないで貰えますかね!」


 単純にクレアは学院時代も含めてもっと情けない姿を見ているが故に、今更と言ったのだろうが残念な事にそう取ってくれる相手は少数派だろう。ラズルからの苦情を考えると、普段から上半身裸程度は見慣れているというに取られてしまうだろう。周囲に聞いている人間がいなくて幸いだったとカルロスは胸を撫で下ろす。

 

「それで、大丈夫なの?」

「まず服を着させてくれ……」

「着替えならそこよ」


 何故クレアが自分の部屋の着替えの位置を知っているのだろうとカルロスは首を傾げながら指差された場所を探す。本当にあった。少し怖い。

 

「まあとりあえず大丈夫だ」

「本当に?」

「ちょっと疲れが出ただけだよ」


 直前に三日間部屋に籠った事を知っているクレアの表情にはむしろ納得の色が宿った。むしろそれで平然としている方がおかしいとでも言いたげだ。

 

「三徹なんて無理しちゃだめよ」

「気を付ける」


 今度からはカモフラージュを、と心の中で付け加える。折角の特性を利用しない手は無い。今回の件は疲労とは無関係なのは分かりきっているので残念ながらクレアの忠告は聞けなかった。

 

「それで、図面は出来たのかしら?」

「いや、これから書き直すんだけど。ちょっとクレアの意見も聞きたいんだ」


 ざっくりと、カルロスは魔導機士のフレームを大型化させることを提案する。するとクレアが渋面を浮かべた。

 

「え、何か不味かった?」

「いえ、不味いというか……カス。このサイズのフレームに乗せる駆動系の消費魔力は計算したかしら?」

「したぞ。新型魔導炉の理論値ギリギリだったけど」

「ああ、やっぱり」


 頭痛を堪えるようにクレアは額に手を当てた。

 

「この前の実験結果のレポートを持ってくるわ」


 赤髪を揺らしながらクレアはカルロスの部屋を退出する。カルロスは何となく嫌な予感がした。そして残念な事にそれは的中した。

 紙の束を持って戻ってきたクレアはその中の一枚をカルロスの作業机の上に広げる。細い指が資料の一節をなぞる。

 

「ここの数字見てちょうだい」

「……ああ、なるほど」


 その数値を見てカルロスも溜息の様な声を漏らす。量産試作用の新型魔導炉。クレアのエーテライト特性の理論を元に、魔力の中にエーテライトを浸すのではなく、魔法によってエーテライトの安定性を崩して一気に崩壊させて魔力に変える新方式の魔導炉。従来型よりも一気に魔力を生み出す事が出来るが――その生成魔力量は理論値の九割程度だった。

 

「現状だと、カスが考えている大型フレームの機体は実現できないわ」


 どうしても、理論通りの物を用意できない箇所がある。例えばそれは一切のずれの無い金属加工だったり、元々存在している大気中の魔力の干渉だったりだ。そう言ったイレギュラーを減らしていく事は出来るがそれを成すには指数関数的に費用が増大していく。そしてどれだけ努力してもゼロにすることは不可能だった。

 

 新型魔導炉の出力を当てにしていたカルロスはいきなり躓くことになった。

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