34 ハルスの魔導機士

 ラズルから怒られた翌日からカルロスは精力的に活動を始めた。

 

 と言ってもやっている事は殆ど間諜だ。フィンデルで行った死霊術で使役する小動物の群れによる諜報活動。今回探させるものは簡単だ。新式魔導機士の中で主要な部品の幾つか。仮にカルロスが提供した資料から改良を加えていたとしてもそれらの部品の全てを使わずに魔導機士を成立させるのは相当に難しい。

 例とすれば魔導炉のクレアが苦労して加工してた出力制御に使う機械部品。例えば水銀循環式魔導伝達路の根幹をなす水銀から魔力を抽出するための繊維膜。

 

 そうした部品を重点的に探す。今回は完全に勘頼りだ。土地勘も無いハルスでの捜索には相応の時間がかかった。どうした物かと悩んでいたカルロスに手を差し伸べたのは、遥々ここまで連れてこられ里帰りすることになった紅の鷹団だ。

 

「あたしらは安くないよ。相場の倍は覚悟しておきな」


 そんな頭領であるマリンカの言葉と共に、彼女たちはログニス王党派――ログニス亡命政権に雇われることにしたのだ。その手始めとして、彼女たちの伝手で幾つかの商会と接触することが出来た。流石にオスカー商会もここまでは進出してきていない今、そちらへのパイプは貴重だった。商会で噂話を集めていたら商会の進出も時間の問題だろうという結論が出たが。

 

 そうして得た情報――物資の流れから新式魔導機士に使用する材料の行き着く先を幾つか絞り込み、その街を重点的に調べる。

 

「一か所、二か所、三か所……多いな」


 実際に部品を発見した箇所を地図上に赤点で記載していくとその数は決して少なくない。そして何より面白いのはその配置だ。

 

「一つの街の中でも一つの工房で作っている訳では無いな」


 一枚目はハルス全域の大雑把な地図。地形などは記載されていないが、ざっくりとした街の名前と方向くらいは把握できる。そんな粗略な地図を手に入れるのにもログニス人のカルロス達には苦労させられた。

 二枚目にはその中の一つの街。その内部の見取り図だ。こちらはカルロスが自筆で作った物で、はっきり言ってこれで街を散策したら迷子になる事間違いなしだ。それを予め理解した上で見ても、一つの重要な事が浮かび上がる。それが部品を作成していた工房が分散しているという事だ。


「どうも、各工房でバラバラに部品を作らせているらしい。多分だが工房では自分たちが何を作っているのかも理解していない筈だ」


 上手いやり方だとカルロスは思う。一つの工房で作り上げるよりも、大量生産が可能だろう。ただその分、質の問題がある。全ての工房が均一な品質で作り上げている訳では無いだろう。その精度の差がどう出るか。気になるところだった。

 

「分かっていた事だが、ハルスが新式を量産しているのは確実か」


 忌々しそうにラズルが吐き捨てるが対照的にカルロスは歯を見せて笑った。その表情を見てラズルは嘆息する。


「貴様がそんな笑みを浮かべている時は大体相手にとって碌でも無い事を考えている時だな」

「酷い言いがかりだ……」


 知恵を絞った結果だというのにあんまりな反応にカルロスは少し肩を落とすが、気を取り直して報告を続ける。

 

「部品を見つけたのなら後は簡単だ。部品の流れを追いかけて、組み立てている場所を探せばいい」

「見つかったのか」

「ばっちりだ。試作一号機型……面倒だな。アイゼントルーパータイプの魔導機士が建造されていた」


 装甲形状など細かな差はあるが、性能的にはほぼ互角だろう。強いて違いを挙げるのなら、アイゼントルーパーの様に対人・遠征戦のセッティングでは無く、忠実に試作二号機の機能を模倣している所だろうか。だが長距離進攻をするのでなければ些細な差だ。

 

「なるほど。アイゼントルーパータイプか」

「ああ。アイゼントルーパータイプだ」


 その言葉にラズルも笑みを浮かべた。

 

「ならば当初の貴様の予定通りに行こう。ふ、ふふふ。次の会合が楽しみだな」

「……大分ストレス溜まってんだなー」


 どこか暗い笑みを浮かべるラズルにカルロスは労りの言葉を投げかける。ハルスの文官との交渉は難航していたらしい。兎に角相手は上から目線でログニスに不利な条件を付きつけてくる。新式の技術を手にする前はまるで救世主の様な扱いだったらしいので熱い掌返しだった。

 

「次の会合には貴様も同席しろ。ウィンバーニ嬢は死亡した事になっている。公爵家の肩書が使えないのでは連中への説得力が薄い」


 生きていたのか。本物なのか。そんな水掛け論に使う時間が惜しいとラズルは言う。典型的な男社会であるハルスでは女性の言葉よりも男性の言葉の方が通りが良い。魔導機士の技師、ログニス代表として会合に参加しろとラズルは命じていた。

 

「まあそれは構わないけどさ……どこまで喋っていいんだ?」

「こちらから話を振る。アルニカはそのタイミングで所見を話せ。正直にな」


 それはログニスに取って都合の悪い面でも正直に話していいというラズルの許可だった。魔導機士の技術がログニスの大きな財産となる事は疑いようは無い。下手に虚言を用いるとその技術への信頼が揺らぐ。信頼を取り戻すのにかかる時間をラズルは重要視していた。

 

「準備を進めろ……こうなるとあれが手に入ったのは幸運だったな」

「……そうだな」


 カルロスは少しばかり暗い表情で頷く。あれ――操縦席周りが潰されたエルヴァリオンの事だ。現在与えられた倉庫で急ピッチでの改修作業が進められている。と言ってもそこまで大規模な物では無い。戦場への再投入が可能な様に操縦席を修理し、破損した機体の装甲の一部をカルロスが加工したエフェメロプテラの物を流用した程度だ。パッチワークの様な継ぎはぎだらけに見えるが、機体性能に影響はない。

 

 起動可能状態にまで持って行けるように修理したのは、新式であるエルヴァリオンに一仕事させる必要があったからだ。こればかりは古式であるエフェメロプテラやガル・フューザリオンには出来ない。

 

「精々奴らの肝を潰してやれ。頼んだぞアルニカ」

「任せておけ。そう言うのは得意だ」


 表情を切り替えて、カルロスは笑みを浮かべる。この策が上手く行けばハルスとの交渉はまとまる。そうなればハルスとの交渉がまとまるまではと棚上げにされてきた問題も解決に向かうだろう。その問題の中に捕虜への対応も含まれている事に、カルロスは目を逸らした。

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