26 掌返し

 クレアの物言いたげな視線を背中に浴びながらカルロスは王党派の船団へと帰還した。

 

「無事だったか」


 意外にも二人を真っ先に迎えたのはラズルだ。他の面々の姿は見えない。

 

「他の連中は?」

「物資の補給に出させた。お前の所の連中も借りているぞ」


 聞けばグラムとテトラとライラで買い出しに行かせたらしい。グラムの胃が心配である。対照的に騎士科三人とカルラの方は平和そうだ。

 

「それで。神剣使いの話は一体何だったんだ?」

「……勧誘された」

「何?」


 一瞬何を言われているのか本当に分からなかったのだろう。ラズルの表情には困惑があった。まあ確かにいきなり言われても信じがたい話だと思いカルロスはもう一度繰り返す。

 

「神権守護騎士団に勧誘された」

「……………………あそこは人員を募集していたんだな」


 やっとの思いでラズルが発したのはそんな捻りも何もない言葉だった。神権守護騎士団と言えば大陸で最強の騎士団と名高い集団だ。ただ九人と言う余りの少数精鋭で国を守っているというのは大陸の反対側にまで届くほど。名前だけならば相当数の人間が知っている最高知名度の騎士団と言えた。

 

「なるほど。ウィンバーニ嬢が難しい顔をしている訳だ」

「……していないわよ」

「まあそういう事にしておきましょう」


 クレアの否定の言葉は誰だって信じられないくらいにはクレアの表情は歪んでいた。どう見ても何か言いたい事が二つや三つ出てきそうだった。

 

「さてしかし困った。ここで二人に抜けられると結構な痛手となる……」

「勧誘されたのは俺だけだぞ」

「貴様が抜けるのなら、ウィンバーニ嬢も抜けるに決まっているだろう」


 馬鹿なのか貴様と真顔で言われてしまうとカルロスは黙り込む。状況証拠に基づいたぐうの音も出ない正論であった。

 

「正直に言えば戦力的にも技術的にも当てにしているので、二人にはログニス再興の日まで共に歩いて欲しいというのが本音だ」

「意外と評価高かったんだな俺」

「生身の戦闘力は一切当てにしていないが」

「やんのかてめえ」


 悲しい事に生身の戦闘力に関してラズルの談は見事に的中しているので、カルロスが立ち向かうにはエフェメロプテラに乗る必要があるというのが情けない話だが。その事には目を瞑って、一つ嘆息してカルロスは言う。

 

「安心しろ。ここで抜ける気は無い」

「そうなのか?」

「何で意外そうなんだよ」

「少なくとも武人として最高の栄誉の一つだ。それを蹴るというのは中々に勇気のある決断だと思ってな」


 残念ながら乗り手としてでは無く作り手として勧誘されたのだが、一々訂正することも無いだろう。それを説明しようとするとエフェメロプテラの特異性について語る事になる。

 

「さて戻ってきたのなら二人にも何か用事を……」

「悪いんだけど、ちょっと話し合いたい事があるから後にして貰ってもいいかしら?」


 眉を吊り上げたままのクレアがラズルの言葉をそう遮った。そのまま彼女はラズルの返事を待たずにカルロスの手首を掴んで大股で進む。半ば引き摺られるような状態でカルロスはクレアに連行された。

 

「……どういうつもりかしら」

「正直分からん」


 クレアの言いたい事はカルロスにもすぐに分かった。グランツの真意が掴めない。そして一つ分かった事もあった。

 

「神権機は大罪機みたいに増えないんだな」

「あの口ぶりだとそうよね……カスの聞いた話からすると人龍大戦のきっかけが神権機の損失だって言うんだからそれ以降は増えていないってことになるのだけれども」

「そう考えると俺が作れるっていうのも眉唾なんだよな……俺の位階7だぞ? 上にまだ三つもある」


 こう言っては何だが、カルロスは五法の適性が異質なだけで位階的には当代トップクラス止まりだ。間違っても神域の天才などでは無い。歴史を紐解けばそれなりに見かける凡庸な人間だ。

 

「大体、最初は大罪機ってだけであんなに目の仇にしてたのに掌返しが激しすぎてな……」

「手首が景気よく回っていたわよね」


 言い換えれば、神権機の補充と言うのはそれだけ優先順位が高いという事なのだろう。それだけの大事となるとやはり何故自分程度がと言う疑問が生じてくる。魔導機士とは言っても神権機、大罪機とそれ以外では理論がぶっ飛び過ぎていて別物では無いかとカルロスは推測していた。

 

「死霊術についても話がデカくなりすぎてな」

「話がどんどん大きくなるのは今更じゃないかしら」

「それは確かに」


 クレアの言葉にカルロスは深く頷く。四年前の新式開発からの出来事は余りに事態の変化が速すぎて当事者であるカルロスにも追いつけない。


「くそ、父さんに話を聞ければな」


 アルニカ家現当主。死霊術の神髄を継承してきた彼ならば、グランツの言葉の裏付けとなる情報を知っていたかもしれない。だがログニスの王立魔法学院入学時点で死霊術から距離を置いていたカルロスは本来彼から聞くべきだった話を殆ど聞いていない。それがここに来て痛手となっていた。

 

「まあ断るって決めたんだから関係ない話だ」

「カスがそう決めたのなら良いのだけれど」

「せめて今の大陸の情勢が落ち着いてからじゃないとな」


 何時爆発するか分からない状態で、悠長に神権機の修復を二百年もかけてはいられない。グランツ達は然程深刻に考えていないようだが、人の理から半分足を踏み外している相手の感覚に釣られてはいけない。ましてやカルロスが一因となって生み出してしまったその火種を放置は出来ない。

 

「と言うか少し意外だったのはあのネリンって子の反応が真実なら神剣使いの間でも情報は完全に共有されている訳じゃないみたいね」

「だな……あいつらも一枚岩じゃないって事なのか」


 グランツは明らかに何か情報を伏せている。それは恐らくは遥か昔の古代魔法文明時代についての事。知るべきではないと言った言葉が真実だとしたら、余程不具合な事があったのか。

 

「明かされる情報がどれもこれも断片的で分からん!」

「第三者から見た情報が欲しいわね……」


 現状では制限された情報によって真逆の結論に達してしまいそうな事が怖い。グランツ自身も言葉を尽くしている訳ではなさそうだった。最低限の情報で釣れたら良し。釣れなければそれはそれで構わないという雰囲気を感じた。どうにも帝都で出会った時の即殺と比べて熱意が足りない。

 

「やっぱり遺跡よ。誰かの手が加えられる前の情報を得ないと」

「つっても遺跡自体が古代魔法文明の誰かの手によって作られた物だからな」


 完全な客観視された情報は難しい。その後もカルロスとクレアはあーでもないこーでもないと言い合いながら更に深い情報を得るか検討したのだった。

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