09 終わりなき停滞

 ハルスへの脱出計画が遂にまとまった。カルロスのラーマリオン対策――その準備の為に必要な資材を求めて物資を管理している幾人かが忙しそうにしていた。

 

「……念のため言っておくけどな。お前ら。前みたいに横領するなよ? 絶対するなよ!?」


 若干の時間の余裕。それは即ち……暇になると何をするか分からない問題児二人が解き放たれるという事だった。

 

「はっはは。何を言っているのかな。あるにか。テトラ達は横領なんてした事無いよ?」

「そうそう。私たちはちゃんと手続きを踏んでいたのさ。ちょーっとだけ量を間違えたけど」


 頭が痛くなった。慣用句として「死ななきゃ治らない」という物を思い出す。誰だそんなのを考えたやつはとカルロスは八つ当たり気味に悪態を吐く。死んでも治ってないじゃないか、と古の人間へと文句を言った。

 

「分かった。あの時のあれが横領だったかどうかは別として……前にみたいになんか作って物資を消耗するなよ?」

「……もちろんさあるにか」

「俺の眼を見て言ってくれ。マークス」


 思いっきり顔毎視線を逸らすテトラの顔を掴んで自分の方へと向けるカルロスと、それに必死で抵抗するテトラの図が出来上がった。それを見ていたライラが楽しそうに言う。

 

「何だかあるあるがてとてとにキスを迫っているみたいだねー」

「はっ?」


 その言葉に動揺してしまったカルロスは思わずテトラの顔を離してしまう。その隙にテトラは脱兎のごとく逃げ出して距離を取る。

 

「あるにかのばかー。くれちゃんに言いつけてやる!」

「やめろ。俺が殺される!」

「もう死んでるよね……?」

「言葉の綾だ!」


 ライラが周囲に聞こえないように小声で突っ込んできたがカルロスはそれに叫び返した。追いかけようと思ったがテトラの姿はもう見えない。

 

「……まあ好都合か」

「んー? 好都合?」

「ああ。ちょっとレギンに話が有ってな」

「おやおや? もしかして私に乗り換えちゃうのかなー? んーくれくれとは友達でいたいんだ。ごめんねー」

「真面目な話だ」

「分かってるよー」


 どことなく、ライラは悲しげな瞳でそう言った。ここでは誰が聞いているか分からないので屋上へと移動する。

 

「それで話ってー?」

「お前の、兄の話だ」

「……ああ」


 そう溜息を吐く様に、ライラは呟いた。

 

「馬鹿だよねー私の兄ちゃんも」

「お前を探していたぞ」

「……だからー?」

「ライラが望むなら――」

「無理じゃないかなー?」


 カルロスの言葉を遮ってライラは否定の言葉を何時もの調子で吐いた。テトラみたいに表情を変えることなく、それでも有無を言わさない強さがあった。

 

「まず、予め言っておくけど私はあるあるを恨んだりはしていないよー。感謝してるー」


 でも、と続けた。

 

「私たちが人間の中に溶け込むのは無理だと思うなー」

「そんな事は……」

「無いって言えるー? うんー。多分ねー。一年とか二年位なら何とかなると思うんだー」


 気付いているんでしょ、と視線を向けられたカルロスは言葉に詰まった。ライラが言おうとしている事に気付いたのだ。

 

「私たちはもう変化しないでしょー? あの時から止まったまま、変わらないよねー?」

「それ、は……」

「さっきも言ったけどー。感謝してるんだよー? でもねー」


 ――何時か。私たちはこの永劫に耐えられないくなるんじゃないかなー?

 

 ライラの言葉がカルロスの胸に突き刺さる。

 

「私たちの容姿、四年前から変わってないよねー?」

「ああ」

「体温も、死んじゃった時から変わらないよねー?」

「そうだ」

「私達、死んだ瞬間で固定されているんじゃないかなーって思うんだー」

「その通りだ……」


 カルロスの死霊術は死者を蘇らせる類の物では無い。詩的な表現をするならば、死の瞬間を無限に分割して永遠の様に見せかけているだけ。そこから先に進むことも、後戻りすることも無い。ただの一瞬を切り取った残像。

 

「そんな私がお兄ちゃんの所に戻ってもーいつかきっと気付かれちゃうと思うんだー私が生きていないって」


 嗚呼。とカルロスは己の浅慮を悔いた。自分の身体の事だ。変化が無い事には気付いていた。だが――カルロスだけは何とかなるのだ。己も死体として考え、死霊術で別人の顔を張り付ける。それを応用すれば徐々に加齢した様に見せかける事は可能だ。

 だがライラには――カルロス以外の七人にそれは出来ない。彼らはカルロスとは少し違い、魔力で編んだ肉体だ。それは彼らの魂の形とも言うべき物で固定されている。そして、彼らの魂は全て深紅の血の色をしたエーテライトとして物体化している。そこから変化することは無い。死の瞬間で固定されている。ライラの言葉は正鵠を射ていた。

 

「すまなかった……」

「あるあるは結構抜けているよねー。隙が多い。だからくれくれも目が離せないのかなって思うけど……」


 ライラはそこで言葉を切ってにっこりと笑った。

 

「ま、どんまい」


 彼女は軽くそう言ってくれているが、何時かこれもクレアに明かさなければいけないだろう。何れ気付かれることだ。或いは、もう気付いているかもしれない。

 終わりなき停滞。それは何時かカルロスが乗り越えるべき物だった。

 

 実の所、それを解決するための方法は一つある。

 ――完全なる死者蘇生。アルニカ家が初代から連綿と研究を続け、未だに辿り着けていない死霊術の秘奥。むしろその研究課程の失敗が死霊術と名付けられたと言った方が正しいのかもしれない。

 

 初代にはどうしても生き返らせたい人が居たという。だが己の寿命が尽きる前にそれを成すことが出来ず、子孫に託した。

 

 それが実現できれば、死者では無くもう一度生者としてこの世にある事が出来る。世界の条理に真っ向から逆らう奇跡をこの手に収める事が出来れば……。

 

 そう考えた所でカルロスは皮肉気な笑みを口元に浮かべた。どこかで聞いたことのある言葉だったのだ。世界の法則に喧嘩を売るという無謀さ。妙な因縁を感じる。

 

 ハルスへの脱出。だがそれがこの因縁の初期化となるとは思えなかった。レグルス・アルバトロス。正しき願いの為に狂った手段を用いている覇王。自分の生み出した物への決着を付けるためには、何れ再び対峙する日が来るのだろう。その予感がカルロスの中にはあった。

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