04 カルロスの足取り

「カスが見つける前からすでに右腕が付いていた……?」

「ああ。だからこの右腕が何なのかよく分かってない。神権機に由来があるのは間違いないだろうけど」


 グランツやレグルスの発言を信じるならば、六百年前に唯我の大罪に敗れたとされる共存の神権機の物らしい……が、何故そんな物がエフェメロプテラにくっついていたかと言うのは不明のままだ。

 

「湖底に沈んでいたエフェメロプテラを這い出させて、俺は一人でログニスを脱出した」

「一人だったの?」

「まだその時は他の奴らを顕現させられなかったんだよ」


 第三十二分隊の面々を呼び出せるようになったのは割と最近の事なのだ。それまでカルロスは人との接触を最小限に。只管隠れ潜みながら旅を続けていた。

 

「一息つけたのはメルエスに入ってからだな」


 メルエス親龍国。長耳族と唯一の龍族が治める国。人族を排除する国。皮肉な事だが、人族にとって最も危険な地に入り込んだことでカルロスは逆に己の安全を確認できたのだ。

 この国に魔導機士は存在しない。魔導機士を必要としないほどに、種族単体としての能力に秀でているのだ。その頂点に立つのが龍皇イングヴァルド。この一人のみで他国の軍勢を圧倒できるというのだから恐ろしい話である。

 加えるとまだこの龍は若く――龍基準だが――人龍大戦時に敵対していた龍族と比べるとまだまだ弱いというのだから当時の戦いの激しさが垣間見える。

 

「……人間を排斥している国だって聞いてたから基本的に人里には余り近寄らないで、森の中を移動していたんだけどある日見つけられてな……魔獣と勘違いされて追い回された」

「是非も無いわね」

「エフェメロプテラの何がいけないっていうんだ……ログニスに潜伏中だって偽装していないころから魔獣扱いされたし」

「強いて挙げるまでも無く見た目だと思うのだけれども」

「かっこいいだろう!」

「私、カスのそのセンスだけは追従できない」


 最大の理解者であるはずのクレアにまで首を横に振られてカルロスは若干憮然としながらも話を続ける。

 

「そこでまあ……ぼこぼこにされて」

「ぼこぼこにされたんだ……」

「あの時のエフェメロプテラ殆ど修理もしていない、地竜戦直後の状態だったんだぞ……? ああ。そうだ……地竜の革巻いているってのがバレてからまた激しく攻め立てられたんだった……」


 嫌な事を思い出したのか。カルロスが表情を青くする。それを見ていたクレアは血流が途絶えているのにどういう理屈で顔色を変えているのだろうと首を捻る。

 

「ぼこぼこにされて俺は捕縛された」

「なるほど。お揃いね」

「お揃い……か? まあいいや。で、何かよく分からない内に龍皇の前に出された」

「生贄ね」

「違う」


 クレアはこんなにボケ倒す人間だっただろうかとカルロスは首を捻る。クレア自身も気付いていない事だが――この四年間レグルスに無理難題を押し付け、更には言質を取らせない様に立ち回っていた結果……隙があればボケる様になってしまった。特に久しぶりのカルロスとの会話で浮かれている事もあっていつもより多めにボケている。

 

「まあそれで色々と言われて何か客人っていう扱いになった」

「色々? 例えば」

「ん? 例えばね……あー『くくく。万象と共に生きる事を望んだ堕天使よ。ここに大いなる天上の宴を開こうではないか』とかそんな感じの言葉遣いで正直何言ってんのか一割も分からんかった。やっぱ1400年も生きてると言葉遣いも古い物になるんかな」


 通訳めいた長耳族が居なければ多分何を言われているのか全く理解できなかっただろう。ちなみにさっきの発言は「客人よ、歓迎しよう」という意味だったらしい。分からない。

 

「難解ね」

「難解だった。と言うか未だに何で客人として迎えられたのか分からない」


 長耳族の一人が監視役として付いていたが、カルロスは殆ど制約も受けることなくメルエスで活動することが出来た。

 

「後は長耳族の魔法制御力はすごかったな……皆位階が5以上だった」

「それは凄いわね……」


 ログニスだったらそれだけで貴族からのスカウトが来るだろう。そんなのがゴロゴロいる国と言うのは軍事力としてもかなり高いと言える。

 

「ああ、そうだ……新式の魔導機士に付いて知られたのもあいつがきっかけだった」

「あいつ?」

「俺の監視役で付いていた子。……いや、子って言っても見た目だけで実際は百何歳とか言ってたけど」


 量産型魔導機士の開発者である事を融法で――監視役の彼女の位階はカルロス以上の八だった――悟られた後に、それを聞いた龍皇がその時だけはまともな言葉で発したのだ。

 

「『哀れな事よ……人の子よ。お主は良かれと思って人を滅ぼす種子を植えたのだ。何れ、お主の蒔いた種から大罪が芽生え、人の世を滅ぼすであろう』」

「それは?」

「新式の事を聞いた龍皇が言った言葉だ。その時は何のことかわからなかったけど……今なら分かる。新式の魔導機士が大罪機の土壌になりかねないと分かっていたんだ」


 大罪機は通常の魔導機士が変質して生まれる物だ。そこに新式古式の区別は存在していないという事なのだろう。新式から大罪機へと変化したという例は今の所カルロスは知らないが、母数が増えれば当たりが出る確率は増えるだろう。

 

「あのバカ皇子は大罪機は神権機へのカウンターだって言っていたわ。神権を破壊するために生れ出る機体だって」

「神権の破壊。それが人間の世界を滅ぼす事に繋がっているのか……?」

「後は……神権機と大罪機はベクトルが違うだけで同一の存在だとも言っていたわね」

「同一、か。だとしたら神権機が増えないのは何でだろうな」


 カルロスの何気ない呟きにクレアは確かにと頷く。

 

「仮にあのバカ皇子の話が事実だったとして、邪神は封印されている。それでも大罪機を生み出したり、あの神の欠片とかいう存在を生み出す余力はある」

「そうだな」

「……だったらその邪神と敵対している神様の方は? どうして神権機を増やさないの? 現に一機失われている。なのに何もせずに残りの負担を増している」

「そもそもその敵対とかもレグルス・アルバトロスの発言だけだからな……。あの神権機の口振りからして大罪機を目の敵にしているのは間違いなさそうだけどそれだけじゃな」


 そう言えばあの神権機の乗り手の声はどこかで聞いたことがあると思うカルロスだった。どこで聞いたのかは思い出せないのだが。

 

「アルバトロス以外の所から情報を得たいわね……メルエスか」

「流石に今から行く余裕は無いな……」


 ラズル達を放置していいのならばその選択もありだが、王党派に協力すると決めたのだ。そんな不義理は出来ない。


「ハルスか……そこで何か分かれば良いのだけれどもね」

「そうだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る