19 城壁

 内城壁を超える。不気味な程に静かだった。貴族街と呼ばれる区画には魔導機士の一機も存在しない。

 

 おかしいとカルロスは思う。まさかここに至ってエフェメロプテラの侵入に気付いていないと考えるのは楽観が過ぎる。そうだとしたら、この静寂には意味がある。

 罠だろうか。そんな考えが頭をもたげる。誰か相手の兵士がここに居たら融法で聞き出す事が出来るのに、と考えてしまう。融法で相手の言葉の真意が分かるからそれが使えないとなると不安になる。そんなのは当たり前の話なのだが。

 

 仮に罠だったとして。ならば退くかと問われれば否だ。最大限の警戒をしながら帝城へと近付く。

 

 近付く度に帝都突入前に感じていた不思議な共鳴感は強まっていく。弱い方は真正面から。強い方は――。

 

「……地下?」


 地面の下から感じる鼓動。ここまで接近するともう一つ分かってくることがある。

 

「俺を呼んでいる、のか?」


 そうとしか思えない感覚だった。手招きをするかのようにカルロスを――エフェメロプテラを呼んでいる。薄気味悪さにカルロスは身を震わせた。生憎と、彼に地下から呼ぶような知り合いはアルバトロスにはいない。

 

 気になるが、それを調べに行く余裕は無いだろう。地下からの感覚を無視して、カルロスは篝火に照らされた帝城の眼前に立つ。正真正銘の城壁に取りついた。ワイヤーテイルを駆使して城壁の上に機体を持ち上げたエフェメロプテラを迎えたのは。

 

 城壁だった。

 

「は……?」


 予想外の光景にカルロスは一瞬呆ける。だがその城壁が動き出したのを見て何時までも呆けているわけには行かなかった。

 

「な、ん、だ、これは!」


 今しがた昇ってきた城壁を叩き潰さんばかりの勢いで振り下ろされたそれは拳――と言えばいいのだろうか。魔導機士とは比較にならない質量が降り注ぎ、一撃で城壁が破壊された。

 

 距離を取った事でカルロスにもその全貌が把握できる。魔導機士を以てしても見上げる事しか出来ない巨躯。まるで城壁の様な、厚みを持った四肢。遥か上方には尖塔の様な頭部が見える。

 

「……嘘だろ」


 思わずカルロスの口から驚愕の言葉が漏れた。俄かには信じがたい光景だった。人間の五倍近い魔導機士の更に五倍程のサイズ。五十メートル近い巨体のそれは――人型だった。

 

 重機動魔導城塞(ギガンテスフォートレス)。人龍大戦時に人類の守りの要として存在していた魔導兵器であった。

 

 規格外の存在は外城壁からもその姿が見えていた。城の一部だと思われていた部分がまさか立ち上がって戦闘を始めたのだからケビン達も度肝を抜かれた。

 

「何だありゃ!」


 ガランの驚愕の声は全員の心中を代弁していたと言えよう。重機動魔導城塞が動くのを見たヘズンは表情を歪めさせた。

 

「やはり、こやつらは陽動だったか」


 他に選択肢は無かったとはいえ、彼は主君の膝元に敵を通してしまった事を恥じる。ここを放置していく事が出来ない以上、後は同輩に任せるしかない。

 外城壁から帝城までは距離がありすぎた。彼らには見る事しか出来ない。

 

 ゆっくりと――それはあくまで対比物が無いからそう見えるだけで、実際には相応の速度で足が振り下ろされた。地面に窪みが生まれ、地響きが城壁の石造りを崩していく。一歩歩くだけでもエフェメロプテラは足元を掬われそうになる。大きいという事はそれだけで武器になる。アイゼントルーパーが歩兵に対して圧倒的優位を持っていた様に。

 

 つまるところ、今のエフェメロプテラは魔導機士に立ち向かう歩兵と大差が無かった。

 

「あんなサイズの物体……どうやって動かしてんだよ!」


 魔導機士の魔導炉ではどう考えても魔力が足りない。あれだけの巨体ならば複数積んでいるのだろうか。だとしたらとんだ大喰いだとカルロスは計算する。二十基近い魔導炉が必要だろう。エーテライトの消費量だけでも相当な物だ。

 

 半ば無駄と思いながらもカルロスは水撃で重機動魔導城塞を攻撃する。脚部へと突き刺さる高水圧の水流だが、微かに表面を削ったのみだった。返礼は蟻を潰すかのような挙動で振り下ろされた足だった。全力で移動をしてその影響範囲から逃れる。

 

 ただでさえ直接的な攻撃力に欠けるエフェメロプテラではこの重機動魔導城塞を破壊することはできないだろう。魔力切れを待つという手もあるが、そんな事をしていたら今度は後詰めの魔導機士部隊に囲まれているだろう。或いはそんな硬直を狙っているのかもしれない。

 

 いや、とカルロスは思い直す。確かに足元からの攻撃では歯が立たないだろう。だが――無力化する事くらいは出来る。

 

 これだけの巨体だ。死角は多い筈と判断したカルロスは足元へと駆け寄る。案の定、その動きを厭って重機動魔導城塞はエフェメロプテラを正面に押しだろうと足を動かす。機体の三倍以上の太さを持つ足に触れたらそれだけでエフェメロプテラは機体のどこかが押しつぶされる結果になるだろう。注意しながら背後に抜け、ワイヤーテイルを飛ばす。

 

 狙うは重機動魔導城塞の城壁にしか見えない装甲だ。まずは脚。エフェメロプテラが空を舞う。両者の質量に差があるとはいえ、脚部に着地(・・)したエフェメロプテラの存在には気付く。振り払おうと腕を振るってきた。それが到達するよりも早く、エフェメロプテラは次の足場、重機動魔導城塞の背中へと向かう。そこへ手を伸ばそうとするが、関節の限界か。そこまで腕が届かない。

 

「はっ! 柔軟が足りてないぞ!」


 嘲りの言葉を吐きながらカルロスは次のポイント――後頭部を狙う。

 エフェメロプテラで重機動魔導城塞の全身を破壊することは出来ない。だが、その一部なら。例えば――目。どうしても装甲を施すには限界のある視覚を司る魔法道具を破壊出来れば。

 

 帝城を巻き込みかねない重機動魔導城塞は事実上無力化されることになる。

 

 後頭部からワイヤーをスイングさせて肩に着地する。そんな登山経路を頭に思い浮かべながらワイヤーテイルを射出し――アンカーが食い込む前に後頭部に割り込んできた物体に突き刺さった。

 

「まずい!」


 その物体とは重機動魔導城塞の右腕。その掌。ワイヤーテイルが命中した瞬間にしっかりと拳が握り締められる。ワイヤーを握られた。カルロスの背筋に悪寒が走る。相手の手に、自機の主導権を握られた。慌ててワイヤーを切り離そうとするがそれよりも向こうの行動の方が早かった。そのまま頭越しに腕が振られ、エフェメロプテラは無防備な体勢のまま、自由の利かない空中に投げ出された。

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