11 解放祭

 姿の見えぬ相手の思惑は不明だが、少なくともこの点だけは素直に感謝が出来るとカルロスは思った。

 

 エフェメロプテラの改修だ。この研究所で試作されているランダートの部品を提供されたのだ。この時点で明確に思考の誘導が行われている事が分かる。そうでも無ければアルバトロスの最新の技術に触れる事など出来ない。遠慮なくカルロスはランダートについて調べさせてもらった。何れ戦うかもしれない相手だ。

 

 次期主力量産機のエルヴァートをベースに近接性能を強化した機体と言う触れ込みのランダートだが、格闘性能は完全に古式に匹敵するだろう。むしろ、機体出力だけならば最早上回っている。光学偽装能力を加味すれば、不意打ちによる一撃で仕留める事が可能だ。

 無論、アルバトロスの古式は新式の新技術に合わせて筐体をアップデートしているのだからあくまでこれはアルバトロス以外の古式の話となる。

 

 光学偽装性能についてがカルロスにとっては一番関心のある事だった。エフェメロプテラの物とはどう違うのか。この機会に徹底的に調べておきたい。エルヴァート、そしてエルヴァリオンとはクレアを奪還出来た後も戦う可能性が高い。カルロスを狙ってきた部隊だ。今は研究所との関係もあって退いたらしいが、生存が発覚すれば再度戦う事になるだろう。その時にまた不意打ちを受けては溜まった物では無い。

 

「エフェメロプテラとは大分違うな……」


 エフェメロプテラは自身の装甲色を変化させるある意味で迷彩色の様な物だ。周囲の風景と同化することで姿を隠している。その分、周囲の変化には弱い。移動も低速でしか行えない。

 エルヴァート系列の偽装は厳密に言えば透過では無かった。機体の上から別の幻影を被せて、岩や茂み、木立ちなどに偽装させているのだ。それらが動いていればこの上なく目立つので、実質待ち伏せ専用だ。だが周囲の状態に左右されず安定した偽装を施せる。

 

 それぞれに利点はあるが、根本的に原理が違う。併用は可能かもしれないが、エフェメロプテラはギリギリの構成だ。改造は出来ない。精々がガタの来ている箇所の部品を交換してカルロスが調整する位だ。解法で解析を行い、創法で規格の合わない部品のすり合わせを行う。カルロス以外に真似のできない修理方法だった。

 

 この環境を整えた誰かの狙いを考える。少なくとも――アルバトロスに利益を齎そうとしている訳ではないだろう。これからカルロスがやろうとしている事を考えれば、アルバトロスには害しかない。敵の敵は味方などと単純な話ではないが、現状罠らしい罠も見られない。情報収集は密にして、利用できる限りは利用しようと決めた。

 

「『|土の槍(アースランサー)』をこんな場所に取り付けるのかよ……その発想は無かった……」


 変な事を考える奴もいる物だと、思いながらカルロスはランダートの調査を取りやめる。大体の性能は把握できた。そして、エルヴァート系列の幻影偽装への対策も。熱源さえも誤魔化しているが案の定匂いまでは誤魔化せていない。つまり、必要なのは嗅覚だとカルロスは結論付けた。

 

「……グレイウルフの鼻でも取り付けるか?」


 嗅覚の同調はやったことが無いが、出来ない事は無いだろう。独特の鉄の匂いが分かれば完全な不意打ちは避けられる。

 

 そうして改造を進めていくが、一つ予想外の事が起きた。

 

「……エフェメロプテラの反応が鈍いな」


 直接操縦している時ではない。自分が操縦席の外にいて、遠隔操作する時だ。その理由はほどなく分かった。魔獣由来の部品は広義での死体と認識されている。だが機械部品はそうではない。ランダートの部品を流用した事で全体の魔獣部品の割合が減り、エフェメロプテラがカルロスの死霊術の対象外になりつつあったのだ。

 

 とは言え、魔獣素材の調達は今は難しい。遠隔操作は行わず、乗ったまま操縦すべきだろう。純粋な魔導機士(マギキャバリィ)としての運用になる。

 

「帝都に向かうならもう一週間待った方が良いね」

「理由は?」


 出立を告げたカルロスを引き留めたのはジュリアのそんな言葉だ。聞き返すと意外な顔をされた。

 

「来週から解放祭だからだよ。知らないのかい?」

「アルバトロスの祭り何て知る訳ないだろ……」

「そうかい? まあ内乱の終結日であり、レグルス皇子が奴隷を解放した日なのさ。アルバトロスの奴隷は仮面で顔を奪われて、番号で名前を奪われていたからね。その二つを奴隷に返した事で奴隷たちは人間に戻れた……そんな事もあって皇子の人気は高いのさ」

「ふーん」


 興味の無い話だった。私情を抜きにすればレグルス・アルバトロスの統治手腕は悪くないどころか良好だ。従う者には飴を。逆らう者には鞭を。その使い分けが巧みだ。そしてその飴は非常に甘美だ。ログニスの辺境部の生活水準の向上は目覚ましいと聞く。戦闘被害が皆無だった一部地域ではアルバトロスの統治を歓迎さえしていた。

 

 カルロスも、ただの学生だったのならばその流れを歓迎していたかもしれなかった。だがクレアを攫い、第三十二工房を攻撃した時点でレグルスへの恨みは消えない。剣を突き立てられる機会があるのならば、是非とも聞いて見たい物だった。一体何の大義があってあんな真似をしたのかと。納得の行く答えなど返ってこない事は分かっているが。

 

「解放祭は各地から帝都に人が集まる。期間中はどこも警備が忙しい。平時よりも隙が生まれるだろうね」

「なるほど」


 群衆に騒ぎを起こさせれば更に警備を減らせるかもしれない。そしてそれだけ人がいるという事は――。カルロスは己の頭に浮かんだ考えを吟味する。帝都と言う巨大な城塞。それを攻める以上犠牲者をゼロにすることは不可能だ。だからと言って無駄に出すつもりはない。可能な限り少なく。

 

 クレアと会った時に、お前に会う為に死体の山を築いた何て言う必要が無い様に。

 

「死ねたら行く場所は地獄だろうな……」


 奇しくも、レグルスと同じような事を思いながらカルロスは帝都ライヘルに攻め込む算段を考える。

 

「――そんな由来がある訳だからその日は皆昼間仮面を付けて、夜に叩き割るのさ。その仮面ってのも色々とあって――」


 ジュリアは長々と祭りについて説明していた。これは謎の融法による物では無く本人の性格だろう。説明したがり。自分の知識を披露することに快感を覚えるタイプだ。

 

「仮面、か」


 その単語にカルロスはレグルスへの意趣返しを思いついた。

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