15 クレイフィッシュフライ

 まずは尾だ。オートバランサーをオフにしながらカルロスは狙い目を決める。

 

 魔獣の尾と言うのは兎に角厄介な物が多い。以前に交戦した地竜もそうだったが、魔獣たちは尾による攻撃が人型に対して有効だとすぐに学んでくる。事実、足元から滑り込むように来る一撃は避けにくい物だ。

 加えて、そこに魔法を宿らせてくる。避けにくく、多角的で強力な一撃。面倒以外の何物でもなかった。

 

 このキメラは未だ魔法行使を行っていない。それは魔法に不慣れなのか、単に使うまでも無いと思っているのか。恐らくは後者。

 

 魔導機士三機に囲まれても未だ脅威と認識していない。その思い上がりを正してやると思いながらカルロスは機体を前に出す。

 

 キメラの猿頭が一瞬、クレイフィッシュの方を見た。一度倒した筈の相手が起き上がってきた。魔獣に魔導機士の知識がある訳が無く、操縦者が変わった事など分からないのだから当然なのだが、非常に不思議そうな顔をしている。

 それでも深く考えない性質なのか。再度尾で足元を狙ってきた。同じことをしてやればまた同じように倒れるだろうと。二度目ともなると団員達も最初から姿勢を低くしていた。即座に伏せてやり過ごしている。

 

 当然、カルロスにも同じ事が出来ない訳がない。

 魔導機士の視界は限られている。生身と比較すると死角が多い。それ故に先の操縦者は不覚を取ったのだが、来ると分かっていれば避けるのは難しくない。

 

 跳躍。

 

 助走無しで下半身の駆動系の力をフルに活用した垂直跳び。その赤い軌跡を追いすがる様に尾が向きを変える。暗がりに隠れ見えなかった尾の先端は鋭い針となっている。蠍か、と元になった生物をカルロスは推測した。

 その針から液体が噴出される。たかが液体と油断はしない。カルロス自身、液体を――水を使った攻撃について模索した事がある。その際倉庫の壁が一つ犠牲になったがその威力はかなりの物だった。今回の物がそうでないという保証はない。

 

 既に宙にある魔導機士が移動することはできない。この世界で自由に空を飛ぶことが許されているの知恵ある者は龍族だけだ。

 だがカルロスが乗るクレイフィッシュはその例外となる。

 

「……付与」


 機体の機能を上書きする。感覚器であるエーテライトアイ。そこから得られる視覚情報は、射法によって魔力を打ち出し、反射してきた魔力を投影画面に映像化するという物だ。特定の魔獣の水晶体から取れる天然の魔法道具とも呼べる箇所だ。本来ならば手を加える事など出来ないが、創法と解法、融法に長けたカルロスならば話は別だ。

 現在の機能を阻害しない様に、新たな機能を加える。解法で視線の先にある物体の強度を解析させる。そして巨木の中から魔導機士の重量にも耐えられる物を見つけ出し、そこへと腕を向けた。

 

 操縦桿の釦を押し込む。与えられていた機能に従ってクレイフィッシュの右肘から先が真っ直ぐに飛んでいく。拳代わりの鋏が開き幹を掴んで固定する。

 そして肘から伸びたワイヤー――アルジェントストリングと水銀伝達路を内部に持つ――を巻き取る。宙にあったクレイフィッシュが落下軌道を変える。クレイフィッシュの背中を通り過ぎた液体が別の大木にぶつかり、貫通した。更にもう一本の木を貫通して漸く勢いが止まる。

 

 右腕の鋏を開き、腕を戻しながら左腕を地面に向ける。団員のいない場所を狙って突き刺さった左腕を起点に腕を巻き取り、自由落下よりも早く地面へと戻る。

 

 キメラの視線がクレイフィッシュを捉えた。その顔面に向けて戻し終えた右腕を突き立てるべく、殴り掛かる。

 上から殴り掛かってくるクレイフィッシュの攻撃を、キメラは二足で立ち上がる事で避けた。着地の衝撃を受け流すために膝を大きく曲げて身体を静めこませているクレイフィッシュは直ぐには立ち上がれない。その無防備な頭上に向けてキメラは両足を振り下ろす。四足歩行の大型魔獣による踏み付け。

 

 それを防いだのはキメラから無視された形になっていたアイゼントルーパーの二機だ。

 

「すげえ動きだな、カール!」

「後でコツ教えてくれよな!」

「ああ、後でな」


 短距離通信の魔法道具で会話をしながらカルロスはクレイフィッシュを立ち上がらせる。

 ワイヤーアームによる空中軌道の変更は中々に有効だった。尤も、支えとなる箇所の強度が十分でなければ空しく落下するだけだ。カルロスの解法が無ければ難しいだろう。

 

 それはさて置いてキメラだ。今の立体軌道で大分警戒されてしまった様だった。尾の先端がこちらを狙っている。

 

「取り敢えず二人とも。オートバランサーをオフにしてくれ」

「忘れてた」


 これで少しはましな動きになるはずだと思いながらカルロスはこの先の展開を考える。

 

 かつてエフェメロプテラで地竜を撃退できたことを考えると、このキメラを撃退する戦力は十分だ。問題は如何に被害を少なくするか。この一戦で終わりではない。まだこれからしばらくはこの森の探索を続けるのだから。修理費用はこちら持ちなのだから無駄な損傷は負いたくない。

 

「取り敢えず……二人は援護してくれ」


 まだ不慣れな二人を前に出すわけには行かないとカルロスはクレイフィッシュを前に出した。一塊の鉄塊と化している腕でキメラの腹部を殴りつける。苦悶の声を上げながらも尾と爪での連続攻撃。

 

 気になるのは翼の存在だ。先ほどから一切使っていない。頭の片隅に飛行による逃亡の可能性を入れながら更に追撃。一方的に殴られる状況に苛立ったキメラは長大な尾を伸ばして再度足元から攻撃しようとして来た。

 

 そのタイミングを待ち望んでいたカルロスは左ワイヤーアームを撃ちだす。鋏によって尾を掴んだ。だがそれだけで尾を握りつぶす事は出来ない。頑丈な甲殻がそれを邪魔する。

 

「さあ、回すぜ!」


 潰せない事は予想済み。カルロスは慌てることなくもう一つの機能を起動させる。ワイヤーアームの手首。鋏の部分が高速で回転を始める。創法によってワイヤーと腕が一塊の剛体となる。甲高い回転音と共にキメラの尾が徐々に巻き込まれていった。

 四足でキメラは踏ん張り、クレイフィッシュを引き倒そうとする。だがクレイフィッシュも負けてはいない。左腕を巻き取りながら両足で耐える。チェーン式の駆動系が限界まで出力を振り絞る。パワー勝負を挑んだ時点でキメラの敗北は決まっていた。圧倒的な膂力の差が無い限り、疲れを知らない機械相手に勝てるわけがない。

 

 肉が引き千切れる音。キメラの尾が根元から引き抜かれた。猿頭から絶叫が上がる。

 

 苦悶している今がチャンスだった。アイゼントルーパー二機もそれぞれの長剣で切りかかる。流石にキメラの表皮は頑丈だった。それでも動きの止まっている相手に剣を叩き込むことは難しくない。操縦に不慣れであっても二度三度と切り付ければ切り裂き、出血を強いる。

 

 遂に耐えかねてキメラは逃亡を選択した。大きく羽ばたき空へと旅立つ。本来ならばあの巨躯で飛ぶなど不可能なはずなので、何らかの魔法事象が関わっているのは確実だった。

 ここで問題は魔導機士は飛べないという事だ。クレイフィッシュもあくまで跳躍後の軌道変更であり、飛行ではない。

 

 が、そもそもワイヤーアーム自体が何のために取り付けられたか。

 魔獣の逃亡阻止の為である。

 

「逃がすか!」


 温存していた右腕のワイヤーアームが宙にいるキメラに向けて放たれた。

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