11 ざりがに

「……出来た」


 二週間を掛けた大改修。それを成し遂げたカルロスは達成感に包まれていた。対照的に整備兵を始めとする周囲の人間たちはぐったりしていた。この二週間昼も夜も無くカルロスにこき使われたのだから当然と言えば当然である。

 

 完全にカルロスは自重と言う言葉を投げ捨てていた。アルバトロスがカルロス・アルニカについて未だに名前を出す程度に興味を持っているのだとしたら、潜伏しながらクレアを探すのは至難だ。どう足掻いてもクレア・ウィンバーニを探している誰かの存在は隠しようがない。

 カール・ストロニカと言う架空の人物とカルロス・アルニカがイコールで結ばれるよりも早く、クレアを見つけないと行けない。『枝』は何れ必ずクレアに辿り着くと信じているが、それよりも前にタイムリミットが来そうだった。

 

「カールさん。貴方本気で何をしてた人なんですか」

「ただの魔獣調査員だよ」

「うちに来ませんか? これだけ魔導機士の知識があって改修指示も出せる人ならすぐに工房の一つくらい預かれると思いますよ」


 もう一度やってるんだよなあ、と思ったがカルロスは口を閉ざした。流石にそこまでぺらぺらと喋る必要も無い。

 

 第三十二工房で自分たちが襲撃を受けたのは、相手にとっても時間が無かったからだとカルロスは認識している。ならば今回も相手が強硬手段を取らざるを得ない状況を作りだす。そして襲ってきた相手からクレアの手掛かりを探る。

 襲ってきた相手の命令先を辿って行けば何れクレアを拉致する人間に辿り着ける……と言う理屈だが上手く行くかどうか。カルロスとしても疑問だ。だが、他に手が思いつかない。

 

「宮仕えって向いてないんだよなあ……こうやって偶に横から口を出すくらいが丁度いい」

「そうですか……気が変わったら何時でも言ってください。上司に推薦状をお願いしますから」

「……ありがとう」


 すっかり信頼を寄せてくれる整備兵にカルロスの胸が痛む。この改修は何時かアルバトロスに向ける刃となる、なんてことは言えた物では無かった。

 

「お、終わったのかいカール」

「ああ。満足の行く出来栄えだ」

「……こりゃまた随分と形が変わったねえ」


 マリンカは呆れているのか。感嘆しているのか。判断に迷う様な表情と声音で改修の終わった魔導機士を評した。


「まあな」


 改修の大半は腕に集中している。宣言通り……腕を飛ばす機構も着いた。元々実用化されていた技術だ。それほどスペースは取っていないし、消費魔力も対した物では無い。通常型との最大の違いは手の部分だ。人間の様に五指を備えた物では無くもっと無骨な、ペンチの様な挟むための機構だけとなっている。

 

 分厚い鉄板さえも歪ませる程の強靭な挟力。それは一度掴んだら離さない捕獲兵器としての側面が強い。

 本来ならばそれだけで十分だったのだが、そこでカルロスが遊んだ。もう1機構を組み込んだ結果、大幅な近接能力向上となったのだ。その為の専用武装さえ用意された。

 

 満足の行く出来だ。

 だが悲しい。ここまで趣味に走れてしまったのは何時もならば静止してくれる相手がいないからだ。クレアは自分にとってのブレーキだったと今になって自覚する。やはり彼女がいないと調子が出ない。

 

「カールさん。特許申請しておいた方が良いですよ」

「……良いのか?」


 整備兵の言葉にカルロスは意外さを覚える。マリンカは特許? と首を傾げていた。

 

 今回の改修はカルロスの思いつきの結果独自技術が使われている。確かに特許を取得するには十分な物だが、カルロスはてっきりアルバトロスに技術を奪われる物と覚悟していた。実際に一度奪われているのだから自然な考えだ。それでも自分を売り込めるならばと明かしたのだが。

 

「ええ。もちろん」


 だからこそその言葉が意外であり、嬉しくもあり、辛くもあった。

 今の自分は偽りを重ねている。

 

 復讐。自分の奥底で燻っている想いに名を付けるならばきっとそれになる。クレアを奪われた。だから取り戻す。それを目的として、この数年間一人で力を蓄えてきた。

 今はもう詰めの段階と言える。準備を終え、もう止められない場所に来ている。博打も博打。緩慢な自殺か、断崖を飛び越えられるかどうかのギャンブル。そのどちらかしか選択肢が無い。

 

 だというのに、この三週間ほどの時間。それが楽しくて捨て難い。ともすれば四年前の激情を、忘れてしまいそうなほどに。

 

 忘れてしまえば、この時間はこれからも続くのだと。潜伏が難しいというのは、クレアを探そうとすればだ。完全にただの傭兵団員として埋没するのならば、見つけられない自信がある。そんな誘惑が聞こえてくる。

 

 それが一番許せない。

 

 あの復讐を。自分以外の誰が果たせるというのか。

 

 それでもまだ迷う。何もかもを裏切っていいのかと。そうした後に、自分はクレアの顔を見る事が出来るのだろうか。

 

「それじゃあ申請を頼もうか」

「ええ。お任せを。物が物ですから使用料はそんなに入ってこないかもしれないですが、軍で制式採用されたらがっぽりですよ」

「良いね」


 そう言えばリレー式魔法道具の特許料はどうなったんだろうとカルロスは疑問に思う。死亡したことになっているから引き出すことも出来ないし、ログニスが併合された以上支払いが続いているとも思えないが、それ以前の段階でも相当溜まっていた。

 あれが引き出せれば色々と捗るのだけど、と思考が脇道に逸れる。

 

「ね、ねえカール。特許って何だい……?」

「そこからか」


 マリンカに特許について説明しながら残り二機に視線を移す。

 

「……こっちはドノーマルだな」

「まあ流石に時間も予算も足りませんから……比較試験用として通常型と指揮官型のアイゼントルーパー一機ずつ。そして改修型の――」


 そこで整備兵が言葉に詰まった。

 

「名前、どうしますか?」

「な、名前か。マリンカ良い案あるか?」


 ちらりとマリンカに視線を向ける。ネーミングに自信の無いカルロスとしては他人にお任せしたい。

 

「ん? ザリガニみたいだからクレイフィッシュでいいんじゃないかい? ……ザリガニ食べたくなって来たね。街に戻ったら食べに行こうか」

「ザリガニ……」

「ザリガニかあ……」


 苦労してここまで持って来た二人はザリガニ呼ばわりに少々凹んでいた。吹っ切れた顔をした整備兵がカルロスに提案する。

 

「赤く塗りますか?」

「紅の鷹団だしな……赤くしようか」


 仕上げとばかりに地金を晒していた装甲を赤く染め上げた。近接格闘能力を高めるために装甲にスパイクを追加した。

 

 ――ますますザリガニっぽくなった。

 

 クレイフィッシュと名付けられた魔導機士を見た傭兵たちが揃いも揃ってザリガニを食べたいと言い出したのには流石のカルロスも頬を引き攣らせていた。

 

 短距離通信魔導道具の通信範囲強化のための角。それを見た傭兵たちはザリガニの髭みたいだと好評だった。

 

 ザリガニの尾を模した尻尾を付けようと団員が挙って提案しに来たがカルロスは全力で却下した。

 

「お前らザリガニ以外にいう事無いのか!」

「良いじゃねえかカール。ザリガニかっこいいぞ」

「そうだぜ。カール。ザリガニ良いじゃないか」

「くそ、どいつもこいつもザリガニザリガニ言いやがって! 乗せてやらねえからな!」

「いや、アンタのじゃないからねそれ」


 傭兵団の中でローテーションで三機に搭乗することが決まり、ここでも自分は魔導機士に存分には乗れないのかとカルロスは少しがっかりしたのは他の面々には言えない言葉であった。

 

 魔導機士クレイフィッシュ。それは紅の鷹団の旗機として名を馳せる事になる。ソレで良いのか紅の鷹団。

 

 そして、ザリガニザリガニと連呼された結果、カルロスの中で密かにザリガニ料理への興味が高まって行くのだった。

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