29 模擬戦終了

 試作二号機が盾を捨てた。

 それはガランが防御を捨てたことを意味する。これ見よがしに構えられた左腕は『|土の槍(アースランサー)』による幕引きを望んでいる事が分かる。

 

 トーマスは遂に来たかと気構えを新たにする。ガランならばそうするという信頼感があった。

 

 騎士科はまず防御を徹底的に叩き込まれる。それは魔獣相手に戦う際に彼らに求められる役回りが盾役という事もある。それでも防いでいるだけでは魔獣は倒せない。どこかで攻勢に転ずる必要がある。

 

 その呼吸とも言うべきタイミング。散々共に訓練してきたトーマスにはそれがよく分かる。射撃武器として使うのではなく、近接武器としての使用を狙っている。その事も読み取れた。

 トーマスの対処は大きく分ければ二つだ。避けてからの反撃か、魔法道具が起動する前に潰すか。

 

 その決断も結局は性格が出る。トーマスが好むのは後の先。相手の動きを待ってそこに合わせるカウンター戦法だ。当然、ガランにもそれは分かっているはず。

 

 ここで下手に裏を掻こうとしても碌な事にならないのは経験済みだ。慣れない先の先で速攻を仕掛けてもトーマスからすれば不思議な位にガランはそれを読んで合わせてくる。それならば自分が慣れ、そして最速の戦法で迎え撃つのが上策だろう。

 

 試作二号機が左腕の拳を構える。大胆な事に、直接殴りつける気らしい。その事にトーマスは驚きながらも一挙手一投足を見守る。

 タイミングが全てだ。

 ガランもそれが分かっている。じりじりと機体の足で円を描く様に回り込もうとする。少しでも反応の遅い個所から。少しでもトーマスがやりにくい場所から。その戦術眼は流石だった。

 

 そうした最中――試作二号機の足が跳ね上がった。まだ蹴りなど届かない位置で、トーマスも足元は警戒していなかった。その爪先に沿って土が飛ぶ。

 

「っ!」


 新式の魔導機士で明確な弱点と呼べる物はもう一つある。

 いや、これは新式に限った話ではないが、弱点は弱点だ。

 

 外部の光景を操縦席の投影画面に映す為の魔法道具。エーテライトアイと名付けられたその機能は当然ながら、目の前を塞がれていると何も見えない。例えば泥が付着するなどだ。無論、洗浄用の魔法道具は付いているが、それでも一秒にもみたいない時間だが視界は失われる。

 

 不味い、とトーマスは思った。今踏み込まれたら対応できない。どう動けばいいのか。ここまで迷いの無かった思考に僅かだが迷いが生じる。視界が開ける。試作二号機は動いていない。

 

 否――左腕が。

 足元を。

 向いて。

 

 それらの思考を断片的に、一瞬で行ったトーマスはだからこそ困惑する。何が目的なのかさっぱりわからない。それ故にまた反応が遅れた。

 

 トーマスの反応速度はその真っ直ぐな思考にある。そこが崩れてしまえば彼だけのアドバンテージは失われる。

 そしてガランもただトーマスの虚を誘う為にそんな事をしたわけではない。

 

 魔法道具が発動する。切り札たる『|土の槍(アースランサー)』。それが後方(・・)に向けて。

 

 当然、試作一号機に被害は無い。だが試作二号機狙いはそれではない。機体の踏込に合わせた噴射。そう、噴射である。ガランはこの一瞬のみの加速装置として自機の最大攻撃力を持つ武装を使ったのだった。

 

 来ると分かっていればトーマスにも反応が出来た。だがここまでの二つの虚を立て続けに突かれたトーマスにはそこまでの速度は望むべくもない。試作一号機の機体が大きく揺らされた事で彼は自分が今しがた負けたことを認めた。

 

「くそっ!」


 苛立ち紛れに操縦席のシートを叩く。その程度で小揺るぎもしないが、まるでそれを見透かしたかのようなタイミングでカルロスが拡声の魔法道具で両機に声をかけた。

 

「お前ら機体を破壊する気か」


 当然の言葉だった。模擬戦である以上破損の可能性もある。だが今の二人は機体へのダメージなど一切考えていなかった。事実、装甲はあちこち歪んでいた。

 

「糞、午後の試験は延期だなこれは……」


 損傷具合を外部から見ていたカルロスはそうぼやいた。

 両機共に一度分解整備が必要だろう。関節部に土などが入り込んでいる以上仕方ない。戦場ならまだしも試験で事故の元になるような要因は排除すべきだった。

 

「よし、それじゃあトーマス。焼肉奢り頼むぜ?」

「分かったよ」


 ガランの言葉は平然としたものだった。最後の奇策も彼にとっては取れる手段を取っただけなのだろうとトーマスは思う。

 実際の所、ガランは内心ヒヤヒヤ物だったと汗をかいていた。密着距離から撃つのは無理だと咄嗟に判断した結果の作戦変更だったが博打も博打だった。実戦だったら選ばない様な策だ。だが、魔導機士の中にいる以上それらの思考が外部に漏れる事は無い。

 

「二人とも機体をエルロンドに戻してくれ」


 試験日程の変更を頭の中で組み立てる。一先ずは、損傷の軽い試作二号機の整備から先に入るべきだろうと結論付けた彼は近くにいた観測班の技師の一人に言伝を頼む。

 

「工房の方に試作二号機のフルメンテをするって伝えて来てくれ」

「分かりました。親分」

「すっかり親分呼びにも慣れてしまった」


 山賊の頭領になったみたいだと思いながらカルロスは白い試作一号機と黒い試作二号機を見上げる。

 

「大体仕上がったな……」


 これだけの戦闘が行えるのならば、十分だろう。後は比較試験でデータを取ったら、完成という事になる。

 終着点が見えて来ていた。

 

 新式の魔導機士。新たな時代の標準となるべき機体。喜ばしい事の筈だ。念願がかなった筈だ。

 

 だというのになぜだろうか。カルロスは嫌な予感がした。

 それはアリッサと言ういつも賑やかな存在がいないことに起因している。何かあったのだろうかと心配になる。とは言えエルロンドでの犯罪件数は非常に少ない。滅多な事など、文字通り滅多に起こらない。非常に稀なそんな事態に巻き込まれたのだろうか。

 

 そんな事を考えながらカルロスは工房へと戻る。

 

「あ、お帰りなさい、先輩!」


 その元気な声に心配は杞憂だったかとカルロスは胸を撫で下ろした。

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