30 砂嵐

 戦果を確認するよりも早く、グラムは第二射の準備を開始した。カルロスもそれに倣う。

 

 穴に落ちた地竜の姿は砂煙に紛れてまだ見えない。どの程度の傷を与えたのかも視認する事は出来ないのだ。生きていると想定して今と同じ威力の魔法を再度使用する。それが元々の作戦だった。

 

 だが二発目は兎も角、三発目はエーテライトの残量的に威力はだいぶ落ちる。四発目は魔導炉の中に補充しないと撃つことが出来ない。

 出来ればこれで終わっていて欲しいとカルロスは願うが、砂煙が晴れて見えてきた光景はその願いを裏切る物だった。

 

「あらら。まだ生きてるみたいね」


 魔導科の中で一番目の良いテトラが真っ先に地竜の状態を確認した。カルロスも己の目で状態を確かめる。まだ生きている、どころの話では無かった。

 

「殆ど無傷じゃねえか……」


 地竜の背中側の羽毛は血で赤く染め上げられている。だが言ってしまえばそれだけだった。致命傷には程遠い。もう一度同じ個所に同じ攻撃をすれば倒すことが出来るか。カルロスは無言でグラムに問いかける。

 

「……駄目だ。僕たちの魔法じゃ奴に止めを刺せない」

「テトラもそう思うな」


 理論派も感覚派も倒せないと言っている。ならば無理なのだろうとカルロスは考えを切り替えた。だったら傷を付けずに倒すだけである。

 

「作戦変更だ。プランBで行く」

「仕方ないな」

「はいほー」


 直接攻撃で仕留められなかった時の予備プラン。死骸の回収が困難になる事から出来れば避けたい手段だった。

 

 大型魔獣の死骸ならば、多少のデメリットに目を瞑ってでも優秀なリビングデッドとなっただろうと思うだけに残念であった。

 死霊術が嫌いとはいっても使えるならば使うだけの柔軟性がカルロスにはある。

 

 三人が大量の砂をかき集める。シンプルに生き埋めにしてしまおうという考えだった。

 魔獣とて生き物。息が出来なければ生きていく事が出来ない。

 

 まるで滝の様に砂が流れ落ちていく。一度空いた落とし穴を埋め立てていく。大量の砂煙が上がるが、気にせず投下、投下、投下。

 

「そろそろ良いだろう」


 その言葉で三人は砂の投下を止めた。既に穴を埋めるには十分な量の砂を落とした。後は埋まっているか確認して、地面を念のために固めるだけである。

 

 砂煙が収まるのを待つ。

 

「ん?」


 その待ち時間にテトラが怪訝そうな声を挙げた。

 

「何だ。何かあるのかマークス」


 グラムが自分の額を叩きながらそう言う。中々収まらない砂煙に焦れている様だった。

 

「いや、何か砂煙が……」


 そう言いかけた瞬間である。砂煙が渦を巻いた。明らかに通常の現象ではない。その正体が何なのか。理論でも直感でもその中庸でも同時に結論に達した。

 

「魔法だ!」


 カルロスが叫ぶと同時、一つの魔法道具を空に向けて放つ。信号弾。赤玉一発。それは作戦失敗を表す。

 

 地の底から響くような叫びが轟いた。最早砂煙が渦巻いたという次元ではない。周囲を削り取っていく巨大な砂嵐へと変貌していた。それは落とし穴の周囲の地面さえも削って、直方体だった穴を擂鉢状に変えていく。

 

「アルニカ! マークス! もう一度やるぞ!」


 我に返ったのはグラムが一番早かった。自身も震えている声で叫ぶと最初と同じ山落としの魔法を立ち上げる。そこにカルロスもテトラも無言で合わせた。

 一発目よりはやや小さい逆さの山が形成される。そこにテトラは炎を創り出す魔法を追加した。爆発を推進力として加速をさせようとしたのだ。

 

「形成、圧縮!」


 更にカルロスが創法を重ねる。山その物を質量はそのままに、形状を細く鋭く圧し固める。強度を増し、貫通力を更に高めた。

 

 そして照準の付けやすくなったそれを、グラムが瞬時に頭部へと照準する。胴体ではこれ一発で倒せない可能性が高い。頭部を貫通できれば魔獣とて生物。生きていく事は出来ない。

 

 一発目以上の運動エネルギーを持つ『山落とし』が炸裂する。

 

 それに対する地竜の行動はカルロスたち第三十二分隊の面々からは見えない。地竜は穴の底で大きく口を開けて山落としを迎え撃つ。口元に砂嵐が収束していく。密度を増した螺旋に回転する砂の塊は凶悪な掘削機だ。それを天に向けて放つ。

 

 『砂の吐息(デザートブレス)』と呼ばれる地竜の固有魔法が『山落とし』とぶつかり合い――一瞬の拮抗の後に岩の槍が砕け散った。

 

 その光景は騎士科の三人も、錬金科の三人も見ていた。砕け散った山の破片が降り注いできていた。

 

「やべえぞ、ケビン!」

「一先ず離れるぞ!」


 今この場で騎士科に出来る事は無い。己の無力さに歯噛みしながらケビンは二人と共に下がっていく。

 己が手にする剣。それがこんなにも頼りなく見えたのは初めての事だった。

 

「二人とも……手伝って。もう一度土を集めてアイツを抑え込む」

「で、でも、私たちが使える土もあいつが」

「これーまずいかもー」


 錬金科の三人とも再び地竜を穴の底に落とそうと魔法を行使する。だが、距離が遠い。何より、一度あの穴を掘るのに全力を費やした。魔導炉の魔力は兎も角、当人たちの魔法行使限界が近かった。

 

「頑張って……! じゃないと騎士科の三人が死ぬ!」


 せめて彼らが逃げられるだけの時間を稼がなければ。最も近くにいる騎士科が砂嵐に巻き込まれたらおしまいである。

 その想いとは裏腹に、地竜の周辺の土に創法での変化を働きかけても上手く行かない。――地竜も同様に自分自身の武器として周囲の土を使おうとしていた。それ故にお互いに命令を書きあって優先権を奪い合い、そして魔法行使限界を迎えた三人の方が根負けする。

 地竜は周囲の土を支配下に置いて更に砂嵐の規模を拡大していく。

 

「……っ! グラム、テトラ。ここは任せる! 少しでも地竜を牽制してくれ!」

「アルニカ!?」

「何か手があるの!?」


 この状況を引っ繰り返す一手……そんな都合の良い物は――ある。だがそれには時間が必要だった。

 

「ちょっと時間稼ぎをしてくる」


 そう言って安全地帯の高台から飛び降りる。向かう先は仕掛けた罠の一つ。グレイウルフの死骸の所である。

 

「よし……まだ原型を留めてる。肉は大分減っているが……行ける!」


 今魔導炉に残っているエーテライト全てを使い切る。大量の魔力をカルロスは己の制御下に置く。

 カルロスがやろうとしているのはグレイウルフのリビングデッド化だ。だがこれほどの大物を使役しようとするのは実に数年振り――実家を飛び出して以来だった。久しぶりの感覚に戸惑う。

 

 そして背後では砂嵐で自身を拘束していた泥さえ削りきり、己の支配下に置いた地竜が地面へと這い出てくるところであった。

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