打ち上げ 五

 場所は変わらず、廃ビルの五階フロアにある一室。


 委員長とリサちゃんの二人と合流した西野たちは、取り急ぎ男たちを縛り上げて、部屋の隅に追いやった。睾丸を抑えて悶える二人組は、これでもかと叫び声を上げて暴れたが、ローズの人外離れした腕力に抗う術はなかった。


 口の中には床に転がっていた建材の破片を放り込まれて、その上から猿ぐつわ代わりに、これまで委員長たちの腕を拘束していたガムテープがグルグルと巻かれた。こちらは男たちの喚く様子に不満を抱いたガブちゃんの手によるものだ。


 こっちの子もヤバイわね、とは一連の作業を目撃した委員長の思いである。


「ところで一つ訪ねたい。どうして委員長たちがここにいるんだ?」


 現場が落ち着いたところで、西野から志水に声が掛けられた。


 普段より少しばかり声色を固くしてのお問い合わせだ。今し方に見せた委員長のアクションが、西野に対して少なからず警戒を抱かせていた。一方で問われた側はというと、むしろそれはこっちの台詞だとばかりに声を上げる。


「そっくりそのまま尋ねるけれど、西野君たちはどうしてこんな場所にいるのかしら? 私たちは打ち上げの二次会で、隣のビルに入っているカラオケにいたの。そうしたら何故か、ここの非常階段を駆け上がっていくローズさんたちの姿があるじゃない?」


「あら、もしかして私のことを心配して来てくれたのかしら?」


「心配していたのは竹内君とリサよ、私じゃないわ」


 身体を動かして気分が高ぶっているのだろう。委員長は普段より幾分か大きな声で答えてみせた。語る調子にも勢いが感じられる。自身よりカースト上位であるローズに対しても、決して負けてはいない。


「ふぅん? それは悪いことをしたわね」


「いいえ? 別に貴方たちが何をしていようと、私には関係ないから」


「そんなに怖い顔をしないで欲しいわ、志水さん」


「そう思うなら、二人に謝ってくれないかしら? ローズさん」


「ええ、それはもちろん」


 互いに面と向かい、ジッと見つめ合う。


 その様子を目の当たりにした西野は、何故か委員長の背後にフランシスカの姿が重なるのを感じた。フツメン的には決して許される想像でない。いや、そんな馬鹿な、と頭を振って彼は自らの妄想を散らす。


 そして、何気ない素振りを装い、委員長に対して口を開いた。


「だが、それにしては竹内君の姿が見えないようだが?」


「あ……」


 フツメンの突っ込みを受けて、委員長が声を漏らした。


 そういえば、みたいな表情だ。


 四階フロアで分かれて以来、一度も顔を見ていないイケメンだ。


「もしかして、一人で逃げてしまったのかしら?」


「女をおいて逃げルのは、男としてどうかと思います」


 何気ないローズとガブリエラの呟きが、竹内君の立場を著しく攻め立てる。当時の状況を知らない二人からすれば、現場にいないというだけで、そのように思えても仕方がない話の流れだろうか。


「違うわよっ! ちょっとした手違いがあって私たちだけ……」


 好きな相手を悪く言われて、咄嗟に口が動いた委員長。


 これと時を同じくして、廊下の方から人の声が響いては聞こえた。


「おい、そっちに行ったぞっ!」


「回り込めっ! 逃がすなよっ!」


 続いてバタバタと足音の連なる音が響く。


 どうやらこちらの廃ビルには、依然として男たちの仲間が活動している様子だった。しかし、だとすれば彼らから追われているのは誰なのか。皆々の意識が部屋の出入り口の側に向かう。


 するとこれと時を同じくして、廊下を進む人物の姿が顕となった。


「くっそっ、どうすんだよこれっ……」


 それは今まさに話題に上がった人物。


 二年A組が誇るイケメン、竹内君だった。


 その腕の内にはユッキーの姿がある。こちらは依然としてグッタリとしており、未だに意識を失ったままのようである。おかげで彼を抱える竹内君は必至の形相だ。一歩を進むにも苦労している。


「ただでさえ委員長たちが大変だってのにっ!」


 苦虫を噛み潰したように呟いてみせる。


 その様子を部屋の出入り口越しに確認して、委員長と山野辺が声を上げた。


「た、竹内君っ!?」


「ユッキーッ!」


 彼女たちは駆け足で二人の下に向かった。


 どうやら竹内君は、非常口で倒れていた柳田を回収したらしい。エレベータが利用できない現状、非常階段はフロアを行き交う唯一の手段である。他に男たちの仲間が存在していた事実に鑑みれば、彼の判断はユッキーと黒ギャルにとって幸運であった。


 怪我の具合から、彼もまた自分たちと同じ被害者だと判断したイケメンである。


「えっ……い、委員長? それにローズちゃんまで……」


 部屋の中に見知った面々を見つけて、一瞬呆け顔となる竹内君。


 今の今まで探し求めていた相手が、いつの間にか自由となっている姿に驚いた様子だ。しかも隣にはローズやガブリエラ、更には西野の姿まで見受けられるから、いよいよ事情が分からなくなってきた竹内君だ。


 ただ、それも束の間の出来事である。


「ちょっと待った! すぐそこまで来てる! 男の仲間がっ……」


 近くまで迫った男たちの存在に声を荒げる。


 おかげでここぞとばかり、一歩を踏み出したのがフツメンだ。


「よくやった、竹内君。後は俺に任せろ」


「バカ言ってんじゃねぇよ! さっさと逃げるぞっ!」


 竹内君、マジギレである。


 委員長ほどではないものの、彼も彼でまたフツメンに対して鬱憤を貯めていたようである。学内では見られない素直な怒り方だった。すぐそこまで迫った男たちの気配や、これに一度は捕らえられた委員長たちの存在も手伝ってだろう。


 だが、その程度の咆哮では動じないのがフツメンである。


「部屋の中に入っているといい」


 部屋に入るよう進路を取った竹内君。


 これと入れ違うように、西野は廊下に出ていく。


「あ、おい、なにやってんだよっ!」


 そんな彼に少しでも心配をしてあげるイケメンは良いイケメンだ。


 一方で相手の心配を意に介した様子もないフツメンは悪いフツメンだ。


 竹内君が部屋に入ったことを確認して、後手にドアを閉める。


「ちょっ……」


 いくら格好つけたいからって、それは何でも身体を張り過ぎだろう、とは彼の喉元まで出かかった突っ込みである。まるで躊躇した様子を見せない西野の立ち振る舞いには、驚愕を通り越して尊敬の念を抱きそうになった竹内君だった。


「あ、ありがとう! ユッキーのこと助けてくれてっ!」


「いやそれはいいけど、あの馬鹿が一人で格好つけに行きやがった!」


 彼は自身の下まで駆けつけてきた山野辺に、ユッキーの身柄を預けた。


 黒ギャルは柳田を抱き取って感謝の声を上げる。


 その姿を尻目に、竹内君は大慌てで廊下へ引き返そうとする。


 どれだけ西野が役に立たなくても、男二人なら多少は持ちこたえられるかも知れない。そんな淡い打算をしつつの判断だ。これがローズちゃんの為だったら、などと考えずにはいられない勇み足である。


 まさか他者に助けを求めることはできなかった。


 何故ならば彼以外、部屋には女の子しかいないのだ。


「警察には連絡してあるから、ドアを閉じて部屋に籠もっててねっ!」


 爽やかに言い残して外に飛び出していくイケメン。


 その背中を眺めては、やれやれと言わんばかりの表情でローズが言った。


「物事を知らないというのは恐ろしいわね」


「知ラないほうが幸せなことも多いと思います」


 同意はガブちゃんの口から上がった。


 委員長はノーコメント。


 山野辺はユッキーにかかりきり。


 おかげでリサちゃんは混乱の只中である。


 急に委員長がハッスルし始めたかと思いきや、竹内君の乱入と西野の格好つけである。数瞬ばかりを呆けたところで、このままでは不味いと考えたのか、リサちゃんは声も大きく居合わせた面々に語りかける。


「わ、私たちも助けに行かないとっ!」


 ただ、全ては彼女が驚いている間に終わっていた。


 涙目で部屋を後にした竹内君。


 廊下に出た彼が意識を向けた先、そこには床に倒れた男たちと、その只中で唯一、自らの足で立っているフツメンの姿があった。男たちは身体のあちらこちらを刃物で刺されて、床に転がっている。


 彼の記憶が正しければ、それは刺されている本人たちが振り回していたものだ。


「に、西野、オマエ、それ……」


 おかげで訳がわからないイケメンだ。


「仲違いがあったようだ。まあ、半グレなどこの程度だろう」


「いやいやいや、ちょっと待てよ。コイツら一緒になって、今の今まで俺のこと追い掛けて来てたんだぞ? どうしてそんな急に仲間割れを始めるんだよ。流石にそれはちょっとおかしくないか?」


「この者たちの事情は俺も理解しかねる」


「…………」


 西野の言葉を耳にしても、男たちの口から声が挙がることはない。


 どうやら一人の例外もなく、意識を失っている様子だった。


 そうこうしていると、遠くビルの壁越しに警察のサイレンが聞こえてきた。その音を耳にして、これ幸いとフツメンは会話を切り上げるように動く。何気ない調子で語りながら、竹内君の隣を過ぎて、委員長たちが待つ部屋に向かう。


「警察が来たようだな。竹内君が通報してくれたのか?」


「ま、待てよっ! 幾らなんでも、これっておかしいだろっ!?」


 ここまで露骨に見せつけられては、声も上げたくなるイケメンだった。


 目の前のフツメンには何かあると、過去の経緯も手伝い、少なからず疑問に思っていた彼である。それでも賢い竹内君は、見ざる聞かざる言わざるを徹していた。関わったところで碌なことにならないと、正しく理解していたからだ。


 しかし、こうまでも顕著に示されては、疑念の一つも口をついて出た。


 一方で西野は、普段と変わりない飄々とした態度で語ってみせる。


「こんな連中に付き合って竹内君の経歴を汚すことはない。相手は身元どころか戸籍も怪しい連中だ。刺し傷の一つや二つで警察が捜査に乗り出すことはないと思うが、この場はさっさと逃げるのが吉だろう」


「っ……」


 振り返りざま、流し目と共に語ってみせるフツメン。


 それはイケメン的にも正論だった。


 もしも現場に居合わせたことを警察に知られたのなら、まず間違いなく警察署へ赴いての事情聴取を求められるだろう。当然、試験の打ち上げも仕切り直しだ。更に自宅や学校にも連絡が行く。


 これといって罪を問われることはないだろうが、無駄に時間ばかりを費やす羽目になる。一方で騒動の相手はどこの誰とも知れない不法者であるから、慰謝料などを請求しても支払いを受けられる可能性は薄い。


 更に黒ギャルとユッキーが抱えた問題を思えば、その内容如何では、彼ら二人に対して警察から声が掛かる可能性もある。彼らを擁護した面々に対しても、世間はあまり良い顔をしないだろう。そうなっては百害あって一利なしである。


 おかげで竹内君は、憤りを堪えて頷く他になかった。




◇ ◆ ◇




 すったもんだの末、西野たちは逃げるように廃ビルを脱出した。


 黒ギャルとユッキーはそのまま病院へ直行である。もしかしたら今日は家に帰れないかも、とは別れ際に西野に伝えられた山野辺からの言葉である。


 一方で残る面々は、隣のビルのカラオケ店に向かった。何故ならば竹内君たちは、打ち上げの途中でトイレに行くと言って部屋を出てきた経緯がある。後々要らぬしこりを残さないためにも、クラスメイトの前で言い訳を並べる必要があった。


 どれだけ竹内君がイケメンであっても、打ち上げを抜け出しての3Pはインパクトが大きい。事実はどうあれ、三十分以上にわたって三人同時に部屋を出ていたのだ。そのように勘ぐられるだろうとは、三名の間で何を語ることもなく共通した見解だった。


 しかも一緒に出ていた相手が、クラスでも綺麗どころとなる委員長とリサちゃんの二人とあっては、男子生徒からのやっかみも大きいものになることが予想された。特に委員長に惚れている鈴木君からの反発は避けられない。


 また、それは委員長とリサちゃんも同様だった。他の女子から顰蹙を買うだろうことは間違いない。女子グループではトップ層の二人だが、部屋に居合わせた他の女子たちも、それなりにカースト上位に位置する。そして、数の上で言えば相手の方が遥かに多い。


 そんなこんなで苦労して戻った三人は、隣のビルでの騒動を多少リメイクしつつ、クラスメイトに共有した。一時の留守を事件に巻き込まれた為だと主張して、どうにかこうにか当座の危機を乗り越えた次第である。


 際しては委員長の腫れた頬が役に立った。


 最後の最後まで大活躍である。


 他方、これに付き合う西野たちはというと、同じカラオケ店で彼らとは別に部屋を押さえて一休みである。事情の説明に協力して、竹内君たちの部屋に顔を出していたのも束の間、すぐに分かれて場所を移した次第である。


「ねぇ、西野君は何を歌うのかしら?」


 歌う気満々のローズが西野にリモコンを差し出して言う。


 手元にはマイクの支度もされている。


 ただし、応じるフツメンは呆れ顔だ。


「……歌うのか?」


「だってここはカラオケ店じゃないの」


 彼女にしてみれば、愛しい彼と迎えた念願のカラオケである。過去に幾度となく望んでは断念してきたイベントであった。おかげで笑みが絶えない。西野の隣を陣取り、これでもかと身体を寄せている。


 竹内君たちのクラスメイトに対する事情説明に、わざわざ足を運んで付き合った理由も、ひとえに彼とのカラオケを求めた結果である。そうでなければ協力するつもりなど、微塵もなかった金髪ロリータである。


 しかしながら、これには竹内君からも待ったが掛かる。


「あの、ローズちゃん。流石に歌うのはちょっと……」


「駄目なのかしら?」


「話が終わってからゆっくりと歌ったほうが、き、きっと楽しいよ?」


「……それもそうね」


 現在、部屋には西野とローズ、ガブリエラの他に、クラスメイトに対する事情の説明を終えて戻ってきた竹内君と委員長、リサちゃんの姿がある。近隣の部屋から賑やかな歌い声が聞こえてくるのとは対象的に、同所ではこれといって曲も流れていない。


 空き時間に流れる宣伝映像の音声が精々である。


 ローズやガブリエラが一緒だと知ったことで、他の打ち上げのメンバーは当然のように合流を希望した。特に男子生徒からの声は大きなものだった。これを面倒事の後始末と称して、なんとか切り上げてきた竹内君たち三名である。


「けれど今更、話し合うことなんてあったかしら?」


 対面の席に腰掛けた竹内君を眺めて、ローズが問い掛けた。


 ちなみに皆々の配置は、向い合せに設けられた大きめのソファーに、方や西野を中心として右にローズ、左にガブリエラ。その対面にローテーブルを挟んで、竹内君を真ん中に据えて右に委員長、左にリサちゃんといった塩梅だ。


 カラオケのモニターは、空席となるお誕生日席の対面延長線上に設けられている。卓上にはフリードリンクのグラスが人数分だけ並ぶ。ガブちゃんだけ色がおかしいのは、生まれて初めて経験するドリンクバーに興奮して、色々と混ぜまくったからだ。


「あ、まずは俺から委員長とリサちゃんに謝罪したいんだけど」


「え? どうして竹内君が謝る必要があるの?」


「いやだってほら、二人のこと見捨てるような展開になってたし」


 背筋を正した竹内君が、幾分か厳かな調子で話題を切り出した。


 普段と比べてちょっと声色が低い感じ。


「そ、そんなことないでしょ? 竹内君も大変だったみたいだし」


「むしろそれを言うなら、私が下のフロアに飛び降りようなんて提案したから、委員長を巻き込んで大変なことになっちゃったんだよね。今考えれば、あのまま部屋に残って警察を待つこともできたんだし」


「いやいや、そこは俺もリサちゃんの提案に納得してたから」


「っていうか、リサが言い出さなかったら私が提案してたって!」


「こっちは二人と分かれてから、四階より下のフロアを見て回ってたんだよね。ただ、どうしても見つけられなくて、それで今度は五階に向かおうって考えたんだけど、階段の途中でぐったりしている人がいたりしてさ」


 女子二人に対してイケメンが口にしたのは、彼が彼女たちの下に到着するまでの顛末。竹内君としては、これを二人の前で語ることが、この場を設けた理由の大半である。まさか一人だけ逃げたと思われては堪らないイケメンであった。


「どんな時も人助けできるって、私は素敵だと思うなっ!」


「それを言うなら、委員長もめっちゃ格好良かったと思うけどねー」


「いや、あ、あれはその……」


 ここぞとばかり、竹内君にアピールしてみせる委員長。


 そんな彼女を逆に褒めてみせるリサちゃん。


 竹内君の懸念についてはユッキーの存在も手伝い、これといって恙無く納得を得られたようだ。彼女たちは普段と変わらず、学校で言葉を交わすかのように声を掛け合い、きゃっきゃと賑やかにしてみせる。


 おかげでつまらないのがローズである。


 彼女にとっては非常にどうでもいい話題だった。特に褒められてテレテレしている委員長の姿が、無性に腹立たしく感じる金髪ロリータだ。おかげで意識は目の前の三人から離れて、隣に座ったフツメンに向かう。


「そういえば西野君、私たちは話が途中だったわよね」


「……なんの話だ?」


「あらやだ、もう忘れてしまったの?」


「…………」


 廃ビルの九階フロアで、西野の勘違いから、ローズの両手両足を一方的に削ってしまった一件である。このまま有耶無耶にしてしまおうと考えていたフツメンだから、こういった場所で問われると耳の痛い話である。


 万が一にも委員長や竹内君の耳に入ったら大変だ。


「悩むというのであれば、幾らでも悩んでくれて構わないわよ? 時間はたっぷりとあるのだから。この機会に自身を改めたらどうかしら? いつも金銭のやり取りで、他人の感情が片付くとは考えないほうがいいわよ」


 ローズは卓上に放置されていた部屋の予約明細を片手に、意気揚々と語る。


 同所は彼女の手によりフリータイムで押さえられていた。


 カウンターでの手続きを我先にと買って出た、彼女の強い意志による成果だ。本来であれば二時間が上限であったところ、通常の十倍という破格の金額交渉を行った結果、フリータイム、フリードリンク、一番綺麗なお部屋、と至れり尽くせりだ。


 おかげで今回のトークにはタイムアップが見込めない西野である。


「先刻にも伝えたが、謝罪の意志は本当だ」


「その台詞は聞き飽きたわ」


 ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて、ローズは語りかける。


 廃ビルで幾度となく繰り返したやり取りだ。困惑するフツメンが愛しくて堪らない金髪ロリータである。放っておけば一晩中、ネチネチと身体を擦り寄せながら、質疑応答を繰り返しそうな雰囲気がある。


 だからだろうか、西野を挟んで反対側から声が上がった。


「お姉さま、そういったネチっこい言いがかリはどうかと思います」


 西野を独占されて面白くないガブリエラだ。


「これは私と西野君の問題なのだから、貴方には関係ないでしょう?」


「彼の代わリに訪ねますが、金銭以外に何が欲しいのですか?」


 こうなるとローズも彼に対してネチネチし難くなる。一方的にネチっている彼女としては、こうした交流も含めて楽しんでいるのだが、傍らで二人の会話を耳にしていた銀髪ロリータには、到底理解できない行いであった。


 聞いていてストレスが溜まると言わんばかりの表情である。


「そうねぇ? まごころが欲しいわ」


「……お姉さま、とうとう頭がイカレましたか?」


 どうやらガブリエラも、ローズの真意には気づいていない様子だった。冗談めいた表情で本音をチラつかせた捻くれ者に、問うた側は眉を顰めてみせる。そんな彼女の姿を確認して、こっちは大丈夫そうね、などとローズは当面の姿勢を決定した。


 すると時を同じくして、苦言を上げたのが西野である。


「アンタのそういうところが売女だと言うんだ。せめて時と場所くらいわきまえたらどうなんだ? いくら冗談とはいえ、竹内君に失礼だろう。仕事の話であれば、この場でなくともマーキスのところで聞いてやる」


「あら、どうしてそこで彼の名前が出てくるのかしら?」


「何を言っている、そんなの当然だろう?」


 西野とローズ、二人の間で言葉が交わされる。


 そこで響いた竹内君なるキーワードは、すぐ正面に座った本人の耳にも届いた。同時に彼は戦慄を覚える。フツメンがどういった意図で自身の名前を口にしたのか、イケメンは自らの過去の行いを思い出した。


『俺、ローズちゃんとヤッたわ』


 当時はまさか、西野とローズがプライベートな会話を交わすほど、仲良くなるとは夢にも思わなかったイケメンである。だからこそ、嘘を付いてでも一手を掛けることに、何ら躊躇はなかった。


 そのツケがいよいよ回ってきた竹内君である。


「なぁ西野。友達のことをそういうふうに言うのは止めろよな?」


 二人の話題を反らすべく、強引にも竹内君が声を上げた。


 しかし、それは返って火に油を注ぐ結果となった。


「すまない、竹内君の女を悪く言ったことは謝罪する」


 ローズに対するのとは一変して、他のクラスメイトに対しては、どこまでも素直なのがフツメンだ。悪怯れた様子で粛々と頭を下げてみせる。結果的にその口から漏れたのは、竹内君が隠したかった過去の失言だ。


 何気ないフツメンの呟きを耳にして、皆々の注目が彼に向けられた。


 当然、ローズからは疑問の声が挙がる。


「……ねぇ、西野君」


「なんだ?」


「誰が誰の女ですって?」


「そんなの決まっているだろう? アンタが竹内君の女だと言ったんだ」


「…………」


 西野の言葉を受けて、部屋の雰囲気が変化を見せた。







---


9月25日に書籍版「西野 ~学内カースト最下位にして異能世界最強の少年~」の3巻が発売となります。西野を筆頭として、各キャラの魅力的なイラスト満載の一冊でございます(イラストを担当して下さるのは、金髪ロリータ業界の大御所「またのんき▼」先生でございます!)。どうか何卒、よろしくお願い致します。

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