現地 七
ところ変わってこちらはサントリーニのフィラに所在するホテルの一つ。
破落戸(ならずもの)に捕らわれた竹内君グループと太郎助が荒縄に縛られていた。縄は胴体を腕ごと巻き込みグルグル巻き。その一端がスルリ伸びて、部屋に数多ある柱の一つへ固く結びつけられている。
口元には猿ぐつわが回されて、まともに喋ることすら叶わない。椅子へ腰掛けることすら許されず、土足上等の床上へ直接、尻を落としている。何処からどう見ても立派な拉致監禁の被害者然とした格好だ。
抵抗する気力も失ったのか、皆々大人しくしている。
「このアジア人たちが、お姉さまの知リ合いなのですか?」
リビングの中央、ソファーに腰掛けた少女が竹内君たちを眺めて呟いた。
彼ら彼女らが捕まる部屋は、それなりに値の張る一室だ。他に幾人か人を収めても、十分に余裕のある、広々の百数十平米。他に二つの寝室、キッチン、シャワールームなどが設けられている。
こうして顔を合わせるリビングルームもまた、二十平米以上ある立派なものだ。
「え、えぇ、恐らくは」
「ふぅん?」
偉そうに語ってみせるのは、つい先刻まで西野とやり合っていた少女だ。
現在は義手と義足が嵌められて、五体満足、人間らしい格好で振舞っている。かなり精緻に作られたそれは、繋ぎ目さえ衣服の下に隠れてしまえば、パッとみたところ生来のモノと判断はつかない。
派手なゴスロリ仕様の衣服と相まっては、一目見てその事実に気付いく者も皆無と思われる。何気ない仕草一つ取っても極めて自然に動いている。内部から駆動系の作用する音が聞こえてくることもない。
「…………」
「……ど、どうされました?」
ゴスロリ少女の周りには、ソファーを囲うように二十代から四十代と思しき西洋男性が数名ほど並び立っている。彼女と会話をしているのは、そのうちで唯一、スーツを着用してサングラスを掛けた、一番に年配と思しき男だ。
「本当にこんなのが、お姉様の知リ合いなのですか? 信じラレません」
「恐らくは観光客だろうと当たりを付けて、空港の監視カメラを確認したんですが、コイツらと一緒に姉御の探しているヤツが映っていたんですよ。もしよければ、その時の映像も持ってきてますが……」
「ヤツ?」
「あ、い、いえ、姉御の探されている方が……」
ギロリ、少女の一睨みで男は身を震わせた。
これはスーツの男に限らない。
どうやら彼女は彼らを完全に掌握しているようだった。前者が可愛らしくも歳幼い少女であるから、一見して両者の関係は謎が残る。事実、一連のやり取りを目の当たりとした竹内君たちは、状況が飲み込めずに混乱するばかり。
この歳幼い少女は何者なのだと。
更に耳へ届く言葉が、自身の理解できない言語でやり取りされていれば殊更に。
「見間違いではないのですか? どうしてアジア人なんかと一緒に?」
「カメラを複数を照らし合わせて、繰り返し確認したんで間違いはありません。ただ、理由はどうにも分からないもんで、お手上げです。こいつら見ての通り日本人ですから、碌にイタリア語も喋れないものでして」
「分かリました。そレならそレで構わないです。けレど貴方たちこそ、英語くラい話せないのですか? そんな為体だかラ、イタリア人は馬鹿だと余所かラ言わレルのです。少しは勉強をすルべきだと思いますよ」
「す、すみません……」
素直に頭を垂れて謝罪するスーツの男。
ゴスロリ少女は幾分か不服そうな表情となり、言葉を続ける。
「そレで私はいつになったラ、お姉様と再会できルのでしょうか?」
「今まさに下の人間を使って、街中のホテルに手を入れています。遅くても今日中には所在を確認できるんじゃないかと。東洋人が一緒であれば人目にも付きますから、日が落ちる前に見つかる可能性も高いですね」
「ふふふ、そうですか? とても楽しみです。わくわくします」
男の言葉を受けて、少女はニヤニヤと瞳を細めて笑った。
童女のあどけない笑みというには、些か不気味な笑顔だ。
「事情は分かリました。貴方たちは外へ出て良いですよ」
「あの、ところでコイツらは……」
「他に確認したいことがあルので、貴方たちだけ出て行って下さい」
「しょ、承知しました」
男たちは少女が命令されるがまま、雁首揃えて部屋から出て行った。非難の声は一度として上がらなかった。誰も彼も表情は強ばっており、そこに恐怖があることは、人種を違えて竹内君たちにも理解できた。
やがて、幾分か静かになった一室でのこと。
「とリあえず、そうですね……そこの貴方、少し話をしましょう」
太郎助を目掛けて、少女が腕を振るった。
応じて彼の口元を覆っていた手ぬぐいが千切れ飛んだ。まるで刃物に切り飛ばされたようだった。一端が切断されて、はらり、布切れが床に落ちる。同時にその頬を浅く切り裂いては、ツゥと赤いモノが垂れ始めた。
「おいおいおい、アイツだけじゃないのかよ……」
かまいたちを思わせる摩訶不思議な現象を目の当たりとして、けれど、他に覚えのある太郎助は、多少なりとも落ち着きを伴い対応できた。もしも西野と出会う前の彼であったのなら、大いに取り乱したことだろう。
「あラ、驚かないのですか?」
「アンタみたいなのには、こっちも少しばかり慣れているんでね」
とはいえ、怖い物は怖い太郎助だ。
ビビり震える身体を鼓舞すべく、精々軽口を叩いて応じる。何故ならば、すぐ隣には十代の少年少女、しかも知り合いのクラスメイトの姿がある。ここは大人の自分がなんとかせねばと、大いに気張っている太郎助だ。
使命感めいた気概が、イケメンの心を奮い立たせていた。
「なるほど、意外と知っていル者は知っていルのですね」
「コイツらに何の用だ? 悪いがイタリア語はサッパリだ。教えてくれ」
「アジア人の癖にブリティッシュ・イングリッシュを話すのですね」
「この状況で褒められてもな……」
「いいでしょう。私も貴方たちに確認したいことがあります」
ちなみに少女と彼の間で交わされる言葉は英語である。
それまでグラサンスーツと彼女の会話が全てイタリア語であった手前、辛うじて単語を拾えるようになった竹内君が、必死の形相で二人のやり取りに耳を傾けている。伊達に医者の家系に生まれていない、理数と英語は得意な坊っちゃんだ。
一方で松浦さんとリサちゃん、鈴木君の三名は、共に英語が嫌いであることも手伝い、完全にお手上げだ。更に言えば鈴木くんは、数学も物理も国語も嫌いである。顔面偏差値とサッカー性能で学園カーストを生き抜いてきた猛者だ。
「私は貴方たちの知り合いに用があルのです」
「俺たちの知り合い?」
「友人と観光に来ていルのですよね? 貴方が引率だと判断しました」
「そういった意味だと、俺はコイツらと無関係なんだがな」
「……無関係なのですか?」
「目の前で同郷の子供が、見るからにヤバい連中に攫われようとしていたんだ。それを止める為に動くのは、大人としてのは当然のことだろう? まあ、結果として一緒に攫われてちゃ世話無いがな」
「なるほど、そレなラ貴方は不要ですね」
今一度、少女の腕が頭上に掲げられる。
その挙動が意味するところを理解して、太郎助は慌てた。
「ちょ、ちょっと待て。だが話くらいは聞いてやれる」
「本当ですか?」
「あぁ、アンタの目的はなんだ? 俺に教えてくれ」
胸のドキドキが収まらないイケメン。その下着は今し方のやり取りを受けて、少しばかり湿っていた。その侵食は薄い生地を越えて、続くズボンの表面を指の先ほど色濃くする。これを余所から見られないよう、シャツの裾で庇いつつの交渉劇だ。
品川埠頭での一件は、未だ彼の中で強烈なトラウマのようだ。
それでもこうして驚異を前に堂々と振る舞えるのは、それもこれも偏に、脳裏に描いたどこぞのフツメンの姿が所以である。アイツだったらこうする、アイツだったらああする。そんな他愛ない仮定が、太郎助の今を支える全てである。
「人を探していルのです」
「人? それは男か? 女か?」
「女です。とても、とても美しい女なのです」
「名前は何というんだ? 外見的な特徴は? というか、それとコイツらを攫うことに、何が関係しているんだ? もしかしてアンタが探している相手ってのは、コイツらの知り合いだったりするのか?」
「こちらの方です」
少女がソファーテーブルの上に置かれていた写真の一枚を放り投げた。それは綺麗に宙を滑空して、ヒラリと太郎助の元まで届けられた。自然と意識の移った先、彼の目に映ったのは、つい数日前に津沼高校の文化祭で出会った少女の姿である。
「おいおい、よりによってアイツの女かよ……」
「この方を知っていルのですか?」
「……知っていない、といったら嘘になるな」
素直に呟いてしまった手前、ばつの悪い太郎助だろうか。
他方、彼の反応に少女は幾分か態度を軟化させる。
「連絡はつきますか? 私はどうしてもこの方に会いたいのです」
「悪いが連絡先までは知らない。そこまで大した仲でもないからな」
答える太郎助の傍ら、チーム竹内の面々もまた、放られた写真に意識は釘付けだった。そこに収められていたのは、他の誰でもない、同じ学校に通う同級生の姿だ。特に竹内君としては、今まさに求めて止まない意中の相手である。
「この方、名前はなんと言うのでしょうか?」
「……ローズだ」
西野と当人のやり取りを思い起こして答える。
名前くらいなら問題ないだろうとの判断だ。今の太郎助にとって優先すべきは、自身の傍らに並んだ西野のクラスメイト一同の安全確保である。その為には、多少なりとも情報を渡して、自分たちの有用性を訴える必要があるだろうと考えた次第だった。
そして結果的に、彼の思惑は良いように転がった。
「ローズ? ローズというのですね? ふふふ、とても素敵な名前です」
「知り合いじゃないのか?」
「つい数時間前に知リ合ったのです。非常に刺激的な出会いでした」
少女の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「一目見ただけで、私の心は捕らわレてしまいました」
「……そうか」
彼女の振る舞いを受けて、太郎助は多少ばかり余裕を取り戻した。
その勢いで彼は、交渉に向けて一歩を踏み出す。
「ところで嬢ちゃん、悪いがこの縄をとってはもらえないか?」
「どうしてですか?」
「アンタたちの凄さは俺も十分に理解している。まさか逃げようなどとは思わない。その腕が振り下ろされた時、この首がどうなるかは重々承知している。しかし、ずっと縛られたままってのは、これが思いのほか辛いものなんだ」
「ええ、知っています」
「そして、こいつらは折角の海外旅行だ。それならせめて子供たちだけでも、セレブ気分ってやつを味合せてやっちゃくれないかね? ここは随分と良い部屋じゃないか。テラスにはプールもある」
「駄目です。お姉さまを呼ぶための餌なのですかラ」
「コイツらは恐らく、ローズという娘のクラスメイトだ。無理強いをしたとあっては、あまり良い顔をされないと思うんだが、そこんところ考えてくれないか? こう言っちゃ悪いが、今ならまだ十分に言い訳は利くだろう」
「……なルほど」
一連のやり取りから、太郎助は正しく読み解いていた。
この少女は同性愛者だと。
仕事柄、多彩な人間関係を背景に持つ彼だから、そうした手合いとの交友も相応だ。取り立てて理解に苦しむこともなく、多少の会話から相手の嗜好を把握した次第である。ちなみに彼自身は至って普通の性癖の持ち主である。
「どうだ? このままじゃ便所に行くこともできやしない。旅先で別れた友人が、糞尿まみれで見つかったとあったら、流石のアンタも弁明に苦労することだろう。流石の俺もそこまでは面倒見られない」
「…………」
「こっちは丸腰だ。別に逃げようってわけじゃない。せめて、この部屋の中でだけ自由にさせて欲しい。アンタに危害を加えようだなんて、夢にも考えちゃいない。どうせ廊下にも人が立っているんだろう?」
必死の形相で交渉に当たる太郎助。
実は今まさに便意を催していたりするから、語る表情は真剣だ。
そんな彼の必死さが、相手にも伝わったのだろう。
「……分かリました。縄を解きましょう」
ゴスロリ少女は小さく頷いて応じた。
「あぁ、とても助かる」
太郎助は早々に交渉を成功させた。
少女が頷くに応じて、その腕が振るわれる。下から上へ救い上げるよう、何気ない調子に小さく一振り。すると先程、太郎助の口に嵌められていた手拭が切断されたのと同様に、皆を拘束している猿轡と縄が断ち切られた。
その断面は、鋭利な刃物に裂かれたようである。
「懐の広いお嬢さんで助かる」
「縄を解いたからといって、逃げ出そうなどとは考えないことです。この部屋の周りは、先程の者たちが囲っています。一人や二人は欠けたところで、幾らでも言い訳が利くということを理解して欲しいです」
「大丈夫だ。重々承知している」
これでなかなか機転の効く男、緒方屋太郎助である。
◇ ◆ ◇
一方でこちらは名もない教会に佇むフツメン一行。
クラスメイトが危機に瀕する一方、変わらず観光を楽しむのがローズを筆頭として、西野、委員長の三名である。つい今し方のこと、トイレに行っていた志水が頃合いを見て二人の下まで戻り、三人は教会の前で合流した。
ここで小一時間ほど同所を留守にしていた委員長のダイジェスト。
二人と別れた彼女はといえば、本当に便所へ籠もっていた。
ローズ悲願の教会観光を発ってから、彼女は近隣に喫茶店を見つけた。多少の躊躇から、それでも他に行く宛もなく入店。そして、まずはティープリーズ、ティープリーズ。東京外国語大学を目指す最強英語パワーで紅茶を注文。届いたのはコーヒー。
度重なるボディーランゲージの末、ようやっと腰を落ち着けたのは、窓際に設けられた二人掛けの席。その片割れを陣取っての暇つぶし。連日に渡る苦労から、日本語でローズへの愚痴をブツブツと垂れ流していた。
そんな彼女の下に訪れたのは、慣れない単車での移動が祟ったのか精神性の下痢、過敏性大腸炎。ここ最近で改められたローズとの関係も、多分に影響しての発病だろう。それは若くして彼女の持病欄に、向こう数年を刻むこととなる難治性の病である。
結果、コーヒーを飲んでは便所に向かい、コーヒーを飲んでは便所へ向かい。幾度となく繰り返す羽目となった。更に同所では彼女の他にも客の姿が多く見受けられて、便所へ向かうにもタイミングを計るのに神経を磨り減らす。それが更に腹部を苛む。
終ぞ出すものが無くなり、ようやっと彼女は二人の元まで戻った次第である。
委員長にとっては一生の思い出に残る、海外、初体験一人カッフェだった。
「次はどうしようかしら?」
ローズが西野に問い掛ける。疲弊した表情を晒す志水を、何ら気遣うことのない発言だった。その眼中には、彼以外の誰も彼もが入ってこない。彼女にとって、既に志水は空気以下の何かだった。
一方で問われた側はと言えば、むしろ委員長の方が重要度は高い。
「委員長、顔色が悪いようだが大丈夫か?」
「…………」
西野が問い掛けるも、彼女は足元を見つめて浅く呼吸を繰り返す限り。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
腹部の異常を受けて、少しでも排便を遅らせんと挑むものの呼吸法だ。
「委員長?」
「……え?」
「顔色が悪いようだが、体調は大丈夫か?」
「あ、そ、その……」
改めて西野からの問い掛けに気づいた志水だ。
彼女はチラリチラリ、ローズの顔色を窺いつつ答えた。
「……できれば、ホテルに戻りたい、かも」
「具合が悪いか?」
「ちょっと、お腹の具合が、その……」
割と本気で顔色の悪い志水だった。
しかしながら、まさか精神性の疾患だとは思わない。リア充の自分が精神を病んで、それが肉体にまで波及しているとは考えない。きっと海外での飲食が腹に合わなかったんだろうと、当人で勝手に結論を出していた。
紅茶の代わりにコーヒーを持ってきた店員へ、恨みプラスワンである。
きっとあのコーヒーが悪かったのよ、とかなんとか。
「それなら今日のところは戻るとするか」
「そうして貰えると、その、ありがたいわね……」
弱々しい振る舞いで応える腹痛系女子。
他方、これをジッと見つめるのがローズだ。
「…………」
見つめている。ひたすらに見つめている。
瞬きすら忘れてしまったように、志水を凝視している。お前は何を言っているのだと、言外に訴えんばかり。その表情には感情らしい感情が窺えない。それがまた恐ろしい。太郎助あたりが目の当たりとしたのなら、身を震わせたことだろう。
おかげで流石に西野も気付いた。
「……どうした?」
「これを使うと良いわ」
西野の問い掛けに構わず、ローズが志水に向かって何やら放り投げた。
「えっ!?」
委員長は咄嗟に腕を伸ばしてこれを受け取る。
チャリンと音を立てて、掴んだ手に硬い感触が伝わる。掌を広げてみると、そこには同所へ至るまで金髪ロリータが運転していたバイクのキーがあった。そろそろエンジンも冷えようかという一台である。
「ちょ、ちょっと、使えばいいってっ……」
「委員長は運転の経験があるのか?」
「ないわよっ!」
あんまりな質問を受けて、志水は吠えた。
真顔で問うた西野は阿呆である。
対してローズはといえば、事も無げに語ってみせる。
「エンジンを回してクラッチを繋ぐ。どう? とても簡単よ?」
「全然簡単じゃないでしょっ!? しかもこれ凄く速いヤツじゃないの!」
ローズが乗ってきたレプリカを指して、委員長が声も大きく言う。見るからに早そうな日本車は、事実、見掛け通り自動二輪の中でも群を抜いて速い車種である。以前は最高速度を巡ってギネスにも乗っていた。
父親が愛読するバイク雑誌に、その記事を見た覚えのある志水だった。
けれど、ギリシャ観光を優先するローズには知ったことではない。
「大したことないわ。馬種で言えばポニーのようなものね」
西野の面前にありながら、いつになく猛って見せる金髪ロリータ。どうやら他に巡りたい場所があるようだ。彼女の旅行に向ける思いは本物である。伊達に自宅を旅行のパンフレットで埋めていない。
しかしながら、フツメンの判断は非情であった。
「馬鹿なことを言うな。ホテルへ戻るぞ」
「まだ日も暮れていないのだけれど」
イアの丘で二人きり、静かに夕日を眺める。
それがローズの期待する本日の〆だった。
しかし、望みは薄い。
「それなら一人で巡れば言い。俺は委員長をホテルへ送る」
「…………」
頑なに語る西野。
そうした二人の言い合いを受けて、自然と志水の意識は、自らと金髪ロリータを比べるように動いた。伊達にローズは美少女していない。もしも志水と併せて二人が並んだのなら、誰もがローズを取ることは間違いないだろう。
他の誰でもない、志水自身もまたそのように考えた。伊達に顔面偏差値で人生を取捨選択していない。もしも自分が西野の立ち位置にあったのなら、間違いなく自分を捨ててローズを取るだろうと。
だが、当のフツメンはと言えば、志水を優先した。
「じゃあな」
「あら、こんなに良い女を一人で巡らせるつもり?」
「アンタより委員長の方が良い女だと判断したまでだ」
きっぱりと言い放つ。
「っ……」
ローズの表情が強張った。
一方で良い女扱いされた女は、ズキリと胸を痛ませる。
それは偏に良心の呵責だ。
「あの、に、西野君っ……」
自ずと委員長の脳裏に思い起こされたのは、本日を迎えるまでに交わした目の前のフツメンとの交流だ。その全ては酷く一方的であって、凡そクラスメイトに対するそれとは、到底思えないような、あれやこれやである。
少なくとも彼女は、それを自らの家族に誇れない。
「……そうね。同じアジア人だもの、その可能性は否めないわね」
当然、面白くないのがローズだ。
糸巻き人形のように、キリキリと首の傾げられた先には、委員長の姿がある。語る口元には嘲笑必至。ニヤニヤと笑みを浮かべて、西野共々、黄色い肌の二人を見下したような態度を取ってみせる。
ただ、その強がりには何ら意味がない。
「俺はアンタやフランシスカのそういうところが大嫌いだ」
「あの女と一緒にされるのは屈辱なのだけれど」
「こうして思えば、先程の賭は破格だったな」
「…………」
「三ヶ月後、忘れるなよ?」
語るフツメンは容赦がなかった。
目の前の相手から惚れられているとは、まさか夢にも思わない。だからこそ、どこまでも非情な言葉を向けることができる。彼にとってのローズとは、甘い蜜に寄ってきた虫以外のなにものでもなかった。
「イアでもティラでも好きなところへ行けばいい。一人でな」
言うが早いか、西野はローズから踵を返した。
一方で彼が選んだ志水はと言えば、呆け顔で硬直していた。
フツメンの後を追うことも忘れて呆然と。視線は自らの足下に落とされて、なにやら頭の中をグルグルとさせている。グルグル。平素から毅然とした態度を崩さない彼女の、非常にらしくない振る舞いだろうか。
若干、頬が赤い。
「委員長、どうした? そんなに具合が悪いのか?」
「え?」
数歩を歩んだ西野が、続く姿がないことに気づいて尋ねた。
学園での肩書きを呼ばれて、ようやっと我に返った委員長。
「移動が辛いようならタクシーを呼ぶが……」
「べ、別にっ!? そこまで悪くないわよっ! 病人扱いしないでっ!」
酷く慌てた様子で、彼女は西野の背中を追い掛ける。
「本当か? 旅行先での体調不良は甘く考えない方が良い。国外あれば尚更だ」
「だから大丈夫だって言っているでしょうっ!?」
繰り返し問い掛ける西野に、委員長は吠えたくる。その頬に刺した紅は、決して一連のやり取りに憤怒を成したからではない。ただ、これに気付いたのは、惜しくも同所ではローズが限りだった。
もしも西野が感づいていたのなら、いつぞや文化祭の準備の最中、熱気籠もる二年A組の教室で掲げた一連の目標は、今この瞬間にも達せられたに違いない。
その紅を恒久的なものとすべく、必然的に続く言葉も変わっただろう。或いは戸惑いから彼の頬もまた、真っ赤に染まったかも知れない。いずれにせよ、このフツメンの尋常でない行動力を鑑みれば、近い将来、ゴールすることは間違いなかっただろう。
しかし、そこは童貞が所以。
「分かった。ならホテルへ向かおう」
答える調子は、至って素面だった。
「……ゆっくり走ってよね? 後ろはハンドルが無くて怖いんだから」
「ああ」
二人で連れ添い、アメリカンな方のバイクに歩んで行く。
当然、これを眺めるローズは心中穏やかでない。
「…………」
ギリリ、並びの良い歯が、小気味良い音を立てて鳴った。
ついでに挙げれば、彼女の乗ってきたバイクのキーは志水の手の中である。
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