Human Identity

「…………撒いたか……」


 変身を解いた舞が、路地裏の入り口を睨んで言った。


「……三橋さん、大丈夫?」


 舞は変身が解けたミチルを見て言った。ミチルは俯いたままだった。


「……大丈夫なの?」


 舞がもう一度聞いたが、ミチルはただかぶりを振るだけだった。


「そっか。……そういえば、ビーストが出た時にいつも三橋さんと行動してる人達はどうしたの?」


 路地裏の入り口に視線を向け直した舞が聞いた。


「……別の場所に出たビーストの対処に向かいました」


 ミチルは俯いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。


「そっか。じゃあ、援軍を呼ぶのは厳しいかな。……どうしたもんか……」


 舞が呟き、長ズボンのポケットから開け口が閉じられたビーフジャーキーの袋を取り出し、中からビーフジャーキーを一切れ取り出して口の中に入れた。ビーフジャーキーを噛みながらもう一切れ取り出し、ミチルの目の前でしゃがんだ。


「食べといて。さっきの様子だと、蛋白質切れたんでしょ」


 ミチルは首を振った。


「……もう」


 舞はぼやいて、ビーフジャーキーを無理矢理ミチルの口の中に突っ込んだ。

 ミチルが目を白黒しながら舞を見た。


「今は食べなきゃだめだ。相手は十人か十一人。三橋さんを庇いながら戦うのは厳しいからさ」


 舞は首を振って言った。


「……さて、どうするか。『魔法機構日本支部』に逃げ込めばどうにか出来そうだけど、私と三橋さんも、たぶん顔が割れてるだろうしなあ……」


 舞はビーフジャーキーを飲み込み、思案顔になった。


「…………真野さん……」

「ん?」

「その……私って……どう、見えますか?」

「三橋さんに見えるよ?」

「そうじゃなくて! 目が見え過ぎるし、耳も聞こえ過ぎるし……食欲も……知ってるでしょう? 少し前からずっと、給食を沢山食べて、余った分も沢山よそって……。あの人が言ってた事は全部正しいんですよ……!? だったら、私は……、私はもう、人間じゃあ……!」


 ミチルはそう言って、頭を抱えた。頭皮に指先が少し食い込んでいた。

 アスファルトの地面に、何滴も何滴も雫が流れ落ちていく。


「…………」


 舞は暫く考え、


「…………いいや」


 そう呟き、舞はしゃがんだ。右手を差し出し、ミチルの左頬に触れる。


「三橋さんは、人だよ」


 舞は穏やかに言った。


「眼がよくなっても、耳がよくなっても、お腹がずっと空いてても、人だよ。大丈夫、人だって到底言えない体の私が、保障する」


 ミチルが顔を上げた。涙で顔がくしゃくしゃになっていた。


『…………あのさ、ミチル。今まで黙ってたけどさ』


 控えめに切り出したのは、ミチルの右腕の『エボルブレスレット』だった。


『ミチルが初めて変身してから今まで、ずっとバイタルチェックとかしてたんだけどさ……、どこも変わってないよ。ずっと。そういう方面から私も保障するよ』


 『エボルブレスレット』は静かに、はっきりと伝えた。


「『エボルブレスレット』……」

「三橋さんの一番近くでずっと一緒に戦ってきたブレスレットが言うんだ、三橋さんは人だよ。大丈夫。ね?」


 舞はそう言って、ミチルの頭をそっと撫で、微笑んだ。


「…………あ」


 ミチルが何か言いかけようとしたが、舞は立ち上がった。


「……こういう時でも、ビーストって出てくるんだよな……」


 舞はどこか疲れたような声で言った。振り向いて、ミチルを見て、右手を差し伸べる。


「行こう。今ここで戦って被害を抑えられるのは、私達しかいないからさ」


 ミチルは一度俯き、すぐに顔を上げて、舞の手を掴んだ。



 舞とミチルが辿り着いたのは、駅に程近く、周囲をビルに囲まれた百貨店の前だった。そこには先程まで二人を追い回していた、自動小銃アサルトライフルで武装した五人の人間がいた。空中にいるカラスビーストの大群に向けて自動小銃を乱射していた。残りの五人は、血塗れになって倒れていた。


「うわ、私らもあっちも運がないわこれ……」


 舞はぼやくと、ミチルを見た。


「あいつら助ける事になるけど、どうする? 私はやるけど」


 ミチルは俯きがちになり、少し考え、答える。


「……あの人達に否定されても、真野さんや、『エボルブレスレット』が私を肯定してくれたんです。だから……」


 顔を上げたミチルの目に、強い意志が宿った。


「私は人間だ! どんなに否定されても、たとえ、人じゃなくなっていたとしても! 私は、人間として皆を守る!」


 ミチルの声がビルの谷間に響き渡った。


「そうだね。私もそうだ。人間かどうかは別としてね。……じゃあ、行くよ」


 舞はそう言って、首から提げた『エボルペンダント』の蒼い宝石を指で挟んだ。


「あの」

「ん?」

「その……『へんしん』って言うの、揃えてもいいですか?」

「……いいよ」


 舞が快く承諾するのを見て、ミチルは少し笑った。


「行くよ『エボルブレスレット』、今日から変身魔法のコードは『心を変える』で『変心』だからね」

『コードを勝手に変えるのはどうかと思うんだけど……、まあ、戦友の頼みだし、了解したわ』

「ありがとう。……真野さん!」

「わかった、行くよ!」


 舞とミチルが並び、同時に祈るように唱える。


「変身」「変心!」


 桃色と白のオーラが舞を包み込み、同時に爆風が発生した。

 蒼白いオーラがミチルを包み込み、同時に衝撃波が発生した。

 爆風と衝撃波がビルの谷間を駆け巡り、強化ガラスを震動させた。


――Intellect and Wild!――『Change Your Body!』


 『エボルペンダント』、『エボルブレスレット』のそれぞれから変身魔法の起動コードが流れ、直後にオーラが消滅する。オーラの中から、赤と黒の攻撃的な姿の舞と、蒼白のフードがないローブ姿のミチルが姿を現した。

 舞が走り出し、ミチルが『ディバイドロッド』を虚空から出現させて掴み、それを追う。

 一体のカラスビーストが武装した男の自動小銃を弾き飛ばし、その嘴を首に伸ばそうとする。


――Particle feather!――


 舞が素早く伸ばした右手から光刃が放たれ、カラスビーストの首を撥ねた。

 舞は右腕を降ろしながらさらに走り込む。上空から強襲してくるカラスビーストを両腕を広げるように降って光刃を放ち、片端から胴体を分断して撃ち落としていく。

 武装した人間達の元に到着すると、カラスビーストを右手を突き出して光刃を放ちつつ、立っている全員を見渡す。


「倒れてる仲間連れて逃げろ! 早く!」


 舞がそう言うと、武装した人間達は自動小銃を投げ捨て、血塗れになって倒れていた仲間を連れて逃げ出した。


「正直で良かった……」


 そう呟き、光刃を回避して突撃してきたカラスビーストを地面に投げ倒し、心臓を抉った。


「真野さん伏せてっ!!」


 直後、駆け込んできたミチルが叫んだ。『ディバイドロッド』の先端が強烈な光に包まれていた。

 ミチルは急激な減速をかけ、舞の隣で停止した。同時に舞がしゃがんだ。それを見た、生き残っていたカラスビーストが一斉に急降下を仕掛けていくが、


「ウルティメイトパニッシャアアアアアァァァァァァッ!!」

『Ultimate punisher!!』


 それよりも早く、およそ少女らしからぬ、鬼のような形相になったミチルが天に向けて『ディバイドロッド』を突きつけた。その先端から、高密度かつ極太の蒼白い熱線が放たれる。

 カラスビーストは自分から熱線に飛び込む形となり、跡形もなく消滅した。



 戦闘が終了して暫くの間、舞とミチルは並んで座り、透き通るような蒼空を見上げていた。


「…………あのさ、」


 不意に、舞が口を開いた。ミチルが舞を見る。


「その……私達さ、友達に……なれないかな? 時々一緒に戦うのにさ、いつまでも三橋さんじゃよそよそしいかなって」


 舞がミチルに顔を向け、目を合わせて言った。

 ミチルは暫く考えて、


「……はい。じゃあ……私も、舞ちゃんで、いいですか?」

「……うん、わかった。いいよ。後……敬語はナシで、ね」


 そう言って、どちらともなくクスクスと笑い出した。

 暫く、そうしていた。

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