出来損ないと新たな種族

 舞は、クモビーストから抉り取った心臓を握り潰した。


「……もう慣れちゃってますけど、その戦法どうにかならないんですか?」


 構えたままの『ディバイドロッド』を降ろしながら、ミチルが言った。


「いやいや、こう見えて私って段々と長期戦出来なくなってきてるんだよ? こうでもしないとこっちが危ないんだ」


 舞はおどけた調子で答えて、心臓を握っていた右手を振り、クモビーストの血液を払い飛ばした。

 その時だった。


「素晴らしい……!」


 老人の声が、寸前まで戦場だった空間に響いた。

 舞とミチルが声の源を探ると、そこには上品な黒いスーツに身を包んだ老人がいた。


「お前は……!?」


 舞が目を見開いた。


「誰?」


 ミチルは警戒しながら聞いた。


「……私の体を弄り回した研究所の大元の……『西田製薬』の会長。研究所に一回来たのを見た」

「……そんな人が何でこんな所に?」

「知らない」


 舞が首を振った。

 

「…………素晴らしい」


 会長はミチルを見て、口角を吊り上げて呟いた。


「ホワイトチェイサーだったな……。やはり、君が、君こそが! 人間を越えた『魔法少女新たな種』だ……!」

「……新たな種……? 私が……?」


 ミチルが訝しげな表情を向けるのを見て、会長は力強く頷いた。


「そうとも。ザ・ワンも! ビーストも失敗だった! 繁殖もせず、只々食欲と睡眠欲のみに従うだけでは生物足り得ない! ザ・ネクストも、本来は食人衝動があるにも関わらず、それに従わない!」


 会長は天を仰ぎ、言い放つ。


「それならば……、眠り、繁殖する事も可能、食人衝動は無いが、食欲に従う! 君は、君はまさに……!」


 会長はそこで区切り、勢いよくミチルに顔を向けた。


「私が求めていた、完全なる新種族だぁ……!」


 会長は、不気味な笑顔を向けて高笑いを始めた。


「わ、私は……私は人間で――」

「いいや違う! 肉体の形だけが人間を成しているだけだ! 自分で気付いているはずだ! 変身していないにも関わらず、常に身体能力が高い事に! どんなに食べても食欲が収まらない事に!」


 会長に指を突きつけられ、ミチルは目を見開いた。


「おい……、いい加減にしろよ。いきなり出てきた挙げ句人の存在を全否定するとか、お前ふざけてるのか!?」


 舞が乱暴な言葉を使って怒鳴った。

 それを見た会長は、慈愛に満ちた、穏やかな微笑みを向けた。


「いいや、違う。寧ろ褒め称えてるんだ。『人間が基礎』という枷から解き放たれ、その先に進んだんだ。自らの力で」

「いや……そんな……違う……違う……」


 ミチルが膝から崩れ落ちた。首をゆっくりと振り、そう言い続ける。


「……で? 何で今更首を突っ込む? まさか三橋さんを傷付けるためだけに出てきたとか言う気?」


 舞はそう言うと、ミチルを庇うように歩み出て、会長を猛禽のような恐ろしく鋭い目で睨み付けた。


「いいや、違うさ」


 会長が答えた直後、会長の背後から特殊部隊の隊員のような武装をした人間が現れ、舞と、ミチルに自動小銃アサルトライフルの銃口を向けた。その数、十人。

 舞の双眸が細くなった。


「私がここに来たのは『説得』をするためさ」


 舞は無言のままだった。会長が続ける。


「ホワイトチェイサー、君の血液サンプルを提供して欲しい。全ての魔法少女を君の領域に引き上げるために」


 ミチルはいつの間にか黙り、俯いていた。答えなかった。


「させない」


 答えたのは、ミチルではなく舞だった。


「人の体を平気で弄くり回すような奴に、これからも仲良くしていきたい人を渡す事は、しない」


 静かに、力強く言い放った。


「……出来損ないには用はない。そこをどきたまえ」


 会長が苛立ちが混じった口調で言った。


「どかない。平気で人に銃を向けるなら、ここから一歩も通さない」


 会長が顔をしかめ、


「…………もういい。処分しろ。血液が採取出来ればそれでいい」


 淡々と言った。

 武装した人間が引き金を引き始めるのを見て、舞は両手を広げ、波打つ水面のような青い光の壁を展開した。


「三橋さん、今の内に逃げるよ」

「…………」


 舞が呼び掛けても、ミチルは俯いたままだった。


「…………もう!」


 舞はそう言って、ミチルを担ぎ上げ、振り返り、全速力で逃げ出した。

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