第十二話 線引き

悪辣

「…………」


 舞は握り潰した心臓を暫く見つめて、それから適当に投げ捨てた。


「さて……帰るか」


 舞はそういうと、変身を解き、青いシャツとベージュの半ズボン、白い靴下にレモン色のスニーカー姿になった。右手が血塗れではない事を確認して、『エボルペンダント』の宝石をシャツの中にしまった。歩き始めようとして、


「あの、真野さん!」


 ミチルに呼び止められた。舞は、どこか気怠げに振り返った。


「……どうかした?」

「あの、これ、何とも思わないの……!? せめて警察とか救急車とか……!」

「ああ……。いや、三橋みつはしさん達がいるし、大丈夫かなあ、と」


 舞はミチル、溝呂木みぞろぎ、翔子の順に見てそう言うと、半ズボンのポケットからビーフジャーキーが入ったチャック付きの袋を取り出し、ジャーキーを一つ取り出して口に運んだ。少し噛んでから飲み込んで、


「冥福なら、もう祈ったよ。変身する前に……カラスビーストの出現を感知した時点で。……それじゃあ、またね」


 舞はそう言うと、今度こそその場から立ち去った。

 ミチル達は、ただ見送る事しか出来なかった。



 ミチル達が立ち去る舞を見送った、その二十分前。

 エドと石掘は、中古車販売店の店長を呼び出し、ミチルが気になった事について話始めた。


「……という訳で、あなたが仰ったのを聞いた当人が不在なのは申し訳ないのですが……霜野さんが、まだ殺人と断定されていない段階で『非道ひどい事する奴もいるもんだよな』と仰ったのはどうしてなんですか?」


 ミチルや翔子、溝呂木が不在の理由を簡潔に伝え、エドは、単刀直入に言った。


「ああ、あれが聞かれていたのですか……」


 霜野は苦笑して、


「いやあ、お恥ずかしい。別に深い意味はないですよ。『奴』はビーストの事ですよ」


 頭をガシガシ掻きながら言った。


「……そう、ですか」


 エドは微妙な角度で頷いた。


「はい」


 霜野は、真面目な表情になって頷いた。


「石掘さん、何か質問ありますか?」


 エドは念のため石掘に聞いた。


「いえ、特にはないです」


 石掘はかぶりを振りながら答えた。


「……では、これで失礼しますね。ご協力、ありがとうございます」

「失礼します」


 エドと石掘は口々に言って、踵を返した。



 エドと石掘が返った後。

 周囲に誰もいない事を確認した霜野は、バッテリー等の自動車用品が整然と並べられた倉庫の最奥部に向かった。

 最奥部に着くと、『立ち入り禁止』と書かれた張り紙が貼られたドアを、持っていたマスターキーで何の躊躇いもなく開けて、ドアノブを捻って押し開けた。

 中は二畳半程の狭い空間で、そこには、赤黒い何かがこびりついた鉄パイプや、ガムテープ、ここ数日起こっている連続殺人事件の被害者の遺体に巻き付けられていた物と同じ太さの鎖等が、乱雑に、空間一杯にしまい込まれていた。

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