呪い持つ守人
「――ですから、もっと踏み込んでいいのです。女性がより生きやすい社会を目指しましょう!」
二十代後半のリベラル派の女性が講演会をそう締めくくった、その時だった。
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
講演会を熱心に聞いていた女性が、突然叫び出した。
その体から蒸気が吹き出し、その体がゴキゴキと嫌な音を立てて変容していく。
「きゃあああああ!?」
それを見た、周囲に座っていた女性が立ち上がって逃げ出した。
女性の変貌は続き、その顔が溶け、アリクイのような細長い異形の顔が顕になった。服の下からアイボリーのドロドロした液体を垂れ流し、体が膨張する。膨張に耐えきれなくなった服が裂け、その下から白い毛に覆われた体が姿を見せる。
女性の内側から現れたアリクイに似た怪人――アリクイビーストは、奇怪な雄叫びを上げて、周囲の女性に襲いかかり始めた。
「っ!」
ソファに寝転んでいた舞は、アリクイビーストが出現した事を感応波が発生した事で感じ取り、素早く起き上がって、着替えるべく二階に向かおうとして、
「舞ちゃん、どうしたの?」
「ビーストが出た。ちょっと出かけてくる」
「どこに出たの?」
「市民文化センター」
「えっ、遠くない?」
舞の家から市民文化センターまでは、二キロメートルあった。
舞は薄く笑って、
「大丈夫、全速力で走れば変身しなくても五分だから」
「凄い身体能力だね……」
「まあね……」
舞は自嘲気味に笑って、
「とりあえず、着替えてから、行ってくるね」
それを塗り潰すような穏やかな笑みを浮かべて言った。
「うん、いってらっしゃい」
心咲は、微笑みかけて言った。
舞が市民文化センターに到着したのは、着替えて家を出てから五分後の事だった。
舞は、感応波の発生源である二階の大ホールまで一気に走ると、大ホールの入り口の二重になっている扉を開けて中を覗き込んだ。
大ホールの一階部分の床や壁には所々血飛沫が飛び散っていて、血と臓物の臭いが充満していた。その上、避難が完了しておらず、人が十人程残っていた。
「……いた。アリクイビーストか」
避難が完了していない原因であるアリクイビーストが、大ホールの一階部分の中央に陣取り、犠牲者となった女性の耳に細長い舌を突っ込んで何かをしていた。
「ああ、脳を吸ってるのか。……最悪」
舞はその何かを見破り、嫌そうに呟いた。
舞は顔を引っ込めると、扉を閉めた。『エボルペンダント』を胸元から取り出して、蒼い宝石に右手で触れて、
「変身」
静かに、しかしはっきりと言った。
舞の全身を桃色と白が入り交じったオーラか包み込み、同時に爆風が広がる。爆風によって、二重扉が前後に吹っ飛んだ。
『Intellect and Wild!』
奇妙な低い音声と共に、オーラが消滅する。その中から、赤と黒を基調とした攻撃的な姿の舞が現れた。
舞は駆け出すと、入ってすぐの場所にあった金属の柵を踏み台にして跳び上がった。アリクイビーストに向かって突っ込んでいき、倒れ込む勢いを利用して投げ飛ばした。
アリクイビーストは、椅子と椅子の間に勢いよく落ちた。
それを見て、逃げ遅れていた人達は我先にと避難を始め、舞はそれを見ずに素早く立ち上がった。
それと同時にアリクイビーストが立ち上がり、奇怪な雄叫びを上げて、椅子の背もたれを足場にして一気に舞がいる位置に戻った。
舞とアリクイビーストは、後ろを取られまいとゆっくりと円を描くように動いた。
先に仕掛けたのは、アリクイビーストだった。間合いを一気に詰めて、舞に右腕を振り下ろそうとして、
「ふっ!」
舞が腰を深く落とし、カウンターで放った右ストレートをマトモに食らった。
「はっ!」
アリクイビーストが悲鳴を上げたその一瞬の隙を突き、舞は床スレスレのローキックを放ち、足払いをかけた。それを食らったアリクイビーストは転び、仰向けに倒れた。
「ぜあっ!」
舞はアリクイビーストに飛びかかると、左腕を振って首をかき切り、次いで左胸を右腕で貫いて心臓を抉り取り、すぐさま握り潰した。
アリクイビーストは、溶解し、黒いゲル状の物体になった。
舞は、ステージの上で腰を抜かしているリベラル派の女性を見つけた。
舞はリベラル派の女性に近付こうとして、ふと自分の両腕を見た。アリクイビーストの血が滴っていた。
「……あ、これで近付くのはマズイかな」
舞は呟いて、近付くのを止めて、
「……大丈夫ですかー?」
舞が大声で問いかけると、リベラル派の女性はビクリと体を震わせた。
「……私そろそろ帰りますけど、一応これだけ言わせてくださいねー!」
舞はそう前置いて、
「別に私達の事ダシにしてテレビとかに出るのは構わないでーす! それは人それぞれなので! でも、ビーストとの戦いってこんな物だって事、念頭に置いて喋って下さいねー!」
大声で言った。
舞は、駆け足で大ホールから出ていった。
後には、リベラル派の女性一人が残り、スローレイダー隊が駆け付けるまで、そのままそこに残っていた。
まるで、魂が抜けているようだった。
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